続き→ トップへ 目次

■塔の夕暮れ・上

「ユリウス、外に行こう。こもってばかりじゃ、カビが生えるぞ!」
「生えるか……はなせ!」
騎士は腕をグイグイ引っ張る。ユリウスは机にしがみついて抵抗した。

「ほら、往生際が悪いぜ。俺と旅に出よう!」
騎士は信じられないほど力が強い。
身長差から言えばユリウスの方が高いのだが、そのユリウスを軽々と抱える
くらいのことは、本気でやってのけるのだ。
「……私は仕事がある!外には出たくない!!」
騎士はニコニコと、こちらの嫌がることを強要する。
「本当に引きこもりだな、ユリウスは。それじゃ健康に悪いぜ」
「悪くて結構だ!私は塔から出ない!仕事をしていたいんだ!」
「仕事仕事って、いつ来てもそれだけだろ?こもりっぱなしじゃ、体に悪いって」
「私の仕事場は塔だけではない。夢や監獄にも出向く」
普通に説明した。

だが、その瞬間、騎士は止まった。

「夢や監獄って……他の役持ちにも会ってるってことだよな」

静かな声だった。
「あ、ああ。悪いか?」
事実を言っている。何ら後ろ暗いことはない。
なのに……なぜか空気が冷え込んでいく気がした。
「いいや。悪くないよ。あはは」
騎士は笑っている。
だが、その目には何も見えない。

「ユリウスは俺のことを全然歓迎してくれないし、会っても嬉しそうじゃない。
なのに、他の役持ちとは会ってるし、仕事を任せたりもする……」
「あ、当たり前だ。あいつらは仕事仲間だからな」
ウサギが仲間かといえば違う気もするが、他に表現しようがない。
「俺は、仕事仲間でもないんだよな……」
騎士の笑みは、今となっては素直に見ることが出来ない。
「仕事仲間だからといって仲がいいとは限らない。お前もそうだろう?」
ユリウスは最近、この騎士が、嫌われているのではないかと思うようになっていた。
宰相や女王とは険悪。むしろ毛嫌いされている。
仕事をしなくてもいい、会うのも嫌だと思われるほどに……。

騎士も笑った。
「あはは。それなら分かるぜ。嫌でも会わなくちゃいけないって面倒だよなあ」
だが、同時に肩を落とす。
「俺は、いつになったらユリウスの仕事仲間になれるんだ?」
未練たらしく言われ、ユリウスの方が逆に驚く。
「時計回収は顔なしでさえ嫌がる陰惨な仕事だぞ。
地位も誇りもある騎士が、そんな底辺の仕事をしてどうするんだ」
ハートの城の人間に仕事を手伝われたくない。それは本音だ。
だが、騎士の外聞をはばかったのも確かだ。欠点は多々あるが、自分などをかまって
くれる気のいい男にそんな仕事をさせたくなかった。
「そうか。ユリウスは優しいんだな」
空気がやや緩み、ユリウスはホッとする。腕から離れようとし、

「!?」

一瞬、何が起こったのかわからなかった。
騎士に抱きすくめられている。女のように、赤いコートの腕の中に。
「あー、ますます、ユリウスから離れたくなくなったぜ。困ったなあ」
馬鹿にされている――カッと頭に血が上り、恐怖が多少薄れた。
「おい、ふざけるのもいい加減にしろ!
そもそも私に親しい相手がいたらどうなんだっ!!
お前、まるで悋気(りんき)を焼いている女のようだぞ?!」
「悋気って焼きもちってことだよな。うーん、そうなのかなあ。
俺、そういう趣味はないはずだったんだけど……」
言いながら、ユリウスの頬をなでる。
指が耳に触れ、ゾッとした。騎士を押しのけようと必死にもがく。
だがビクともしない。体をがっしりと固定され、身動きが取れない。
騎士はゆっくりとユリウスに顔を近づけ――キスをした。

「ユリウス、好きだぜ」

「な……」
爽やかに、とても優しく爽やかに言う。
「俺は本気だ。愛してる」
「……何をバカな冗談を」

「うん、冗談だぜ。あははははっ!」
騎士はニッと笑った。

ユリウスは不機嫌に眉をひそめる。
男に冗談でキスをされた。
気色悪すぎて、今すぐにでも口をすすぎたい。
「私はこんな悪趣味な冗談は好まない。
今すぐに帰れ!当分、姿を見せるな!!」
『二度と』、と言わないのが最大限の温情だ。
けれど騎士はユリウスを抱きしめたままだった。
「まあ、俺も男を愛するなんて、気色悪い趣味はないけどさ」
手が優しく頬をなでる。
女なら少しはときめく場面なのだろうか。
だが自分は男だから、正直、寒気しか感じない。
「時計回収だって喜んでやったんだ。
ユリウスが頼んでくれたのなら、何でもしてあげたのに……」

瞬間、世界が反転した。
「っつう!!」
騎士がユリウスの腕をつかみ、力任せに床に叩きつけた。
そう分かったのは、床に転がって背に激しい痛みを感じた後だ。
「……う……」
目を開けると、目の前に騎士の顔があった。
押し倒されている。いつの間にか手足をしっかり押さえられ、身動きが取れない。
「!!」
騎士の唇が重なり、口内に舌がねじこまれ、動き出す。
かみついてやりたいが、それを許さないほど激しく蠢く。
「ん……んん……ぅ……」
先ほどの優しげな口付けとはほど遠い強引な行為だった。
酸欠させる気か、と思うほど長く蹂躙し、ようやく騎士が離れる。
「はあ……はあ……」
唇に残る唾液の感触が気持ち悪い。
ユリウスは荒く息をつき、騎士をにらんだ。
「おい、どういうつもりだ!そういう趣味はないんだろう!?」
「え?どういうつもりって……いや抱こうかと思ってさ」
「…………」
一瞬、真顔で言われた言葉が信じられなかった。
「……はあ?」
「ほら、騎士だけど、俺も健全な男だからさ」
むしろなぜ聞くんだ、という不思議そうな顔。
「……男を抱く趣味はないんだろう?」
「うん、そうなんだけどさ」
騎士もよく分からない様子だった。

3/6

続き→

トップへ 目次


- ナノ -