続き→ トップへ 目次 ■冬の時間 「クビだ」 作業場のユリウスは、七十八時間帯遅刻した部下に告げた。 「あはは!」 部下は血みどろローブのまま、爽やかに笑っている。 「解雇事由は任務遂行における重大な遅延。以上だ」 「あははは!」 「時計を置いてとっとと出て行け!おまえの顔など見たくもない」 「あはははは!」 しかし馬鹿は笑って受け流し、時計をユリウスの作業台に置く。 「いい加減にしろ、おまえは!この狭い国でなぜそこまで迷う!」 ガミガミと怒鳴りつけるが、それでもエースは笑っている。 「もういい!次の仕事もたまっている。さっさと行け!」 するとエースはようやく笑いをおさめ、 「えー!今帰ったばっかりだぜ?少しは休憩させてくれよ!」 「おまえが道に迷わなければ、休憩時間もきっちり取れたのだが」 ユリウスは、皮肉をたっぷりこめた目で部下を見る。 「ユリウス、なあユリウス」 するとローブと仮面を外した馬鹿が、すりよってくる。 時計を修理していたユリウスは気色悪い行為に眉をひそめ、エースの手を叩く。 「そんなことするんだ。ユリウスは俺がいないとダメなのに」 「おまえはただの手駒だ。用がなくなればいつでも切り捨てる」 「あはは。強がっちゃって」 ……明らかに足下を見られている。 だがエースへの仕事上の依存度が増しているのは、指摘されるまでもない事実だ。 「……次は遅刻するなよ」 ついに折れて言うと、 「うんうん!ユリウスは俺が必要なんだよなー」 嬉しそうに騎士が後ろから抱きついてきた。 ……うっとうしすぎる。 名ばかり上司のユリウスは拳を握りしめるしかなかった。 エースは珈琲を飲み、ご機嫌な顔だった。 「美味いな……紅茶もいいけど、ユリウスの珈琲は本当に美味いぜ!」 人に淹れさせておいてよく言う。 ユリウスは自分も珈琲を飲みながら、窓の外の雪を見た。 「それで、三月ウサギ君はいつ捕まえる?」 部下は簡単に口にする。 「……可能な限り速やかに。罪人に猶予を与えるつもりはない」 「はいはい。まあ、帽子屋屋敷の方へはあまり迷い込まないんだけど、努力するぜ」 ――迷子でたどりつかない限り、捕らえないとでも言うのか? 「おまえ、まさかマフィアの巣窟に、単独で乗り込むつもりか?」 いかに自分の腕に自信があろうと、無傷ではすまないだろう。するとエースは、 「一人だけで、三月ウサギ君を捕まえようとしたユリウスに言われたくないぜ」 「……言うな」 打つ手がなく、焦っていたとはいえ、上手く立ち回らなかった自分が恥ずかしい。 エースは珈琲を飲みながら天井を仰ぎ、指であごを撫でる。 「うーん。でも、早めにしておいた方がいいのは俺も同意だな。 『強力な回収屋が現れた』って噂がマフィアの方に流れてて、警戒されててさ。 三月ウサギが、ユリウスの襲撃準備を進めてるって話だぜ?」 「…………」 言われた言葉を頭の中で反芻し、エースをまじまじと見る。 帽子屋ファミリーは結束が固く、内情を外に漏らすことは少ない。 噂であろうと、襲撃情報をよくつかんだものだ。 「俺は軍事責任者だぜ?」 エースは胸をこぶしで叩き、片目をつぶる。 そして立ち上がって、ユリウスの背中をバンバン叩いてきた。 「まあ、時計塔の騎士に任せとけって!」 「ゲホ……おい、珈琲を飲んでる最中に叩くな!」 けどエースは笑う。 「大丈夫。部下の俺がいる限り、ユリウスには指一本触れさせないぜ」 ――どうだか……。 「ユリウス……」 そして自分の方へ顔を向けさせ、唇を重ねるエース。 ユリウスはいい加減、抵抗が面倒になり、目を閉じて受け入れた。 ………… ………… 煙草の煙を吐き出すトカゲは、ぼんやりと窓の外を見ている。 「おい、聞いているのか?ケガの件は、本当に転んだだけで……」 ソファに座るユリウスは、隣のトカゲに不機嫌に訴える。 だが情報を欲して作業場を訪れたトカゲは、なぜか上の空のようだった。 ――まったく、どいつもこいつも……。 「おい、トカゲ」 肩に手をかけると、 「あ、ああ。すまない。何の話だった?」 我に返ったように、トカゲが振り向いた。 「いや。その、だから、私のことは心配するな。塔には何の不利益もない」 「そうか……」 トカゲの返答はそれだけだった。 追及が来るかと内心身構えていたユリウスは、やや意外に思う。 「本当にどうしたんだ、いったい?」 あの後。部下が仕事に出て、トカゲが来て、いつもの通りに押し倒されて……。 だがトカゲは常と違い、口数が少ない。 情事の最中も、やや集中しきれていないようだった。 「仕事が激務なのか?たまにはおまえも息抜きしたらどうだ?」 いつもとは逆に、ユリウスがトカゲを心配する構図になってしまう。 トカゲも気づいたのか、苦笑して、軽くユリウスの唇に口づける。 「時計屋。外に出ないか?雪祭りを『視察』に行こう」 やわらかな笑みで、そう言った。 3/5 続き→ トップへ 目次 |