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■壊れた騎士

トカゲの去った作業場に、時計屋の怒声が響く。
「言っておくが!部下にすると言っただけだ!
男同士で睦み合う、気色悪い関係になることに、同意した覚えはない!!」
けれどエースはソファでユリウスを抱きしめながら、微笑んでうなずくのみ。
「うんうん……」

部下が気色悪い。
多忙なトカゲが、何度も振り返りながら出て行った後、エースが気色悪くなった。
部屋を片づけようとしたユリウスに抱きつき、強引にソファに引きずっていった。
あとは延々と抱きしめられている。気色悪い。
「おい!抱きつくな!まだ傷に響くんだ!おい、聞いてるのか、エース!!」
「ん……」
驚いたことにエースが少しユリウスから身を離した。
そしてまるで初めて見るように、ユリウスの顔をじーっと見……
「……何の真似だ?」
気色悪い。ニヤケ顔で髪を撫でられた。
犬猫でも撫でるように撫で、髪に指を絡められる。
そして、気のせいか騎士の頬が少し赤いような……。
いやストーブの熱のせいだ。そして自分はまだ傷が痛む。
いつトカゲが帰ってきて追求を再開されるか分からないのに、発情されたくない。
「え、ええと、ユリウスってさ……」
「何だ?仕事に行く気になったか?ああ、そうだ。言ったとおり、休む間もないほど
働いてもらうからな。時計回収及び時計を持って逃げた者の処罰に行ってもらう」
機嫌悪く睨みつけるが、エースは聞いた様子もない。
「……ユリウス。好きだ」
頬に手をやり、顔を近づけてくる。
あきらめて目を閉じると、やわらかいものが重ねられる。
「ん……」
不思議と、いつもより優しい口づけに感じた。
支配するようないつもの口づけではなく、ユリウスの反応を探ってくるような……。
どうも勝手が違い、戸惑いながらわずかに唇を開くと、舌がそっと入ってくる。
「……ん……」
互いの舌を絡め、角度を変えて、何度も何度も口づけを交わす。
抱きしめる力も強くなる。
けれど、これも常とは違い、ユリウスの傷には触れないように力を加減している。
「おい?どうしたんだ?」
もしやエイプリル・シーズンに当てられ、頭の中まで春になったのでは、と不審に
思えてくる。けれどエースは、ユリウスの想像のつかないことを言った。
「ユリウス、抱いていいか?」
「……は?」
目を丸くしてエースを凝視する。
「おまえ……熱でもあるのか?」
痛む腕を動かし、エースの額に手を当てる。するとエースがその手を取り、
「あははは。面白いなあユリウス。まるで俺が、×××するとき同意無しでしてる
みたいじゃないか」
「……同意、取ったことあったか?」
真剣に聞いてみた。向こうの欲望のおもむくまま、押し倒された記憶しかないが。
「あ、そうだっけ?あはははは」
笑いが空々しい。
そして結局エースは、口づけながらユリウスの服を緩めていく。
「ユリウス」
「何だ。さっきから、うっとうしい。やるならさっさとすませろ」
「好きだぜ。ユリウスが、大好きだ」
「…………」
口づけられる。そして胸がなぜか熱い。
――エース……。
そしてエースは優しく微笑みながら、

「だから、トカゲさんと浮気しないでくれよ。手が滑って斬るかもしれないからさ」

……再び見たエースの目は、常と変わりない。
だから恐ろしいとユリウスは思った。
――おまえは……ここまで来て、まだ変わることがないのか。
一瞬だけ胸を熱くしたものは、すでに燃え尽き炭になり、雪をかぶっている。
エースが本気で、ユリウスを大事に思っているのではないかと思わせたのは一瞬。
目の前の男は未だに、何かあればためらわずユリウスを斬る、厄介な騎士のままだ。
「あ、でも三月ウサギ君には手加減出来ないな。
俺のユリウスをこんなにするなんて、許せないぜ!」
「…………」

――壊れている。

女王ではないが、この男は何かが壊れている。
言動、主義主張に一貫性がなく、真面目につきあうほどに振り回される。
そのくせ、最深部の最も歪んだ『何か』だけは決して変化がない。
――何だって、こんな妙なのに好かれたんだ、私は。
相変わらず甘い口づけを落とすエース。
その頭を適当に撫でながら、ユリウスは天井をあおぐ。
エースは服のボタンを外しながら言う。
「三月ウサギは必ず捕まえる。ユリウスを傷つけていいのは……俺だけだ」
不可能なことを口にし、エースはユリウスをソファに押し倒した。

…………

…………

窓の外には雪がちらついている。
ユリウスは、仮面とローブ姿のエースに書類を渡した。
「いいか。このリストの時計を回収しろ。××時間帯経過するまでに戻ってこい」
「え?こんなに!?初仕事からキツくないか?ユリウス」
リストの膨大さに、悲鳴を上げるエース。
今までも勝手に時計を集めていたが、大半は行き当たりばったり。
好きなときに回収して、好きなときに終わらせていたから、ギャップも当然だろう。
「最初から弱音を吐くな。私の部下は激務だと言っただろう」
するとエースもあきらめたのか、
「はいはい。じゃ、頑張るからな。途中で大罪人に会ったら捕まえとく」
買い物ついで、のように気楽に言う。
「一時間帯でも遅れたら給料は払わん。そのつもりでいろ」
「えー!?それじゃあ頑張らなきゃな」
演技かどうか今ひとつ不明な悲鳴を一つ上げ、エースは扉の向こうに消える。
「ふう……」
作業場にやっと静寂が戻り、ユリウスは椅子にもたれて一息つく。
そして時間帯が経過し、元に戻った手で珈琲カップを取った。
やや冷めた珈琲を飲みながら、窓の外を見る。よく晴れていた。
「エイプリル・シーズンの終わりまでに……三月ウサギを何としても……」
そのためには、たまった仕事を片づけ、策を練る必要がある。
「まずはあいつの迷子癖から直さねばな」
と、一人ごちる。

そしてエースはユリウスの与えた初仕事で……七十八時間帯の大遅刻をした。

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