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■騎士の苛立ち・下

奴はまた、扉をバタンと開けて入ってきた。
「ユリウス、遊びに来たぜ!」
「……少しは遠慮しろ。私にも仕事がある」
ユリウスは眼鏡をかけ直し、うんざりして言った。

三月ウサギの訪問から、かなりの時間帯が経った。
騎士は相変わらず、頻度を下げずに遊びに来る。
「じゃあ仕事を手伝わせてくれよ。何でもやるからさ」
どうも本気らしい。指示を待つ犬のように、やる気にあふれている。
「くどい。お前に手伝ってもらいたくない」
ひと言で切り捨てた。
「ははは。冷たいな、ユリウス」
でも騎士は気にした様子がない。
勝手に床にあぐらをかいて、上機嫌だ。
「それでさ、ここに来るまで大冒険だったんだぜ」
「聞いていない。黙れ」
「まあ、そう言うなよ。まず森でさ……」
騎士はユリウスの元にくるたび、いろんな話をする。
迷子になった話、クマに追いかけられた話、親切な人に道を教わった話、刺客と
戦って軽々と撃退した話、偶然出会った美しい景色、旅先の出会い……。
騎士はただ、楽しそうに続ける。
話には終わりがない。
「…………」
ユリウスは次第にイライラしてきた。
――早く帰れ。
だがこの騎士は図々しい。追いかえすだけで一苦労だ。さらに、追いかえしても、
また戻ってくるときがあり、それでは仕事に支障が出る。
――話を聞かなければいいんだ。
そう思い直し、拷問のような時間に耐えた。

「ユリウスー、何を落ち込んでるんだよ。
親友の俺に話してみろよー」
「っ!」
馴れ馴れしく肩に手を回され、ユリウスは我に返った。
いつの間にか騎士が横に立ち、馴れ馴れしく肩に手を回していた。
『聞かなければいいんだ』が功を奏し、本当に仕事に集中していたらしい。
「親友の話を無視するなんてひどいぜ。それにユリウスも何か話してくれよ」
「お前は親友でも友達でも何でもないし、話すようなことはない」
「ええ?でも話すと楽になることもあるぜ?
ユリウスだって気が楽になれば、仕事もはかどるだろ?」
「話して楽になるようなことなど何も無い。大きなお世話だ」
最大限に冷たい声で言う。
話して楽になる話も、そうでない話も何もない。
だが、そんなユリウスを、逆に騎士は目を細めて見、

「最初に会ったときから好きになれそうだと思ってたけど
俺、本当にユリウスが大好きみたいだな。何でもしてあげたい……」

「っ!!」
最高に気色の悪いことを言われ、ガタッと椅子から立ち上がり、距離を取る。
「あははは。ユリウス、怯えた顔してるなー。
なあ、ユリウスってつきあってる女とかいるの?」
「い、い、いるわけないだろう!」
役持ちだが嫌われる時計屋だ。親しくなりたいという物好きな女がいるわけない。
「だよな!ユリウスって同じ部屋に女の子が寝起きしてても手を出さなそうだもんな」
「うるさいっ!」
この男といると調子が狂う。無視しようとすれば、つついてくる。
「本当に帰れ!仕事の邪魔だ!」
まだ居座るなら実力行使も辞さない、という気迫をこめて、にらみつける。
けれど騎士はそんなユリウスに笑いながら……静かに言った。

「じゃあ、友達は?」

冷たい声だった。けれど空気が凍った気がした。

何気ない質問だ。
自分に友達をいないことを見越した、からかいの質問。
それだけのはずだ。
なのに、騎士から、強い殺意がにじむ。

――何なんだ……?

騎士はまだ続ける。
「この間、三月ウサギが時計塔に行ったよな。
俺には仕事をくれないのに、ウサギ君にはあげるんだ」

返答次第では傷つけられる。
なぜかそんな確信があった。
ワケが分からないながらも、ユリウスは言葉を選び、返答する。
「あ、あいつとは友人関係に無い」
「本当?」
「本当だ!それに専属で時計塔の仕事をしているわけではない。
他の仕事が無くて、食うに困るほど切羽詰まってない限り……来ない」
なぜ『分かってくれ』と、懇願するような響きになってしまうのだろう。
冷や汗が頬を伝う。そして、しばらく沈黙が続き、

「そっか、そっか。三月ウサギは友達じゃないんだ」
騎士は笑った。今度は普通の笑いだった。

張り詰めたものが緩む。空気は温度を取り戻し、音が再び聞こえだす。
「いやあ、良かった。彼は道を教えてくれるいい奴だからさ。本当に良かったぜ」
騎士は良かった良かったと怖いほど繰り返す。
確かこの騎士は、三月ウサギに斬りかかったこともあるらしい。

この男は、外見通りの爽やかな男ではない。
ユリウスは笑う騎士を、不気味なものを見る目で見た。

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