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■お花畑に行った話1

月がきれい。窓の外は夜の時間帯だ。でもちょっと風は冷たい。
「はあ……疲れました……」
私、ナノは店の片づけを終え、プレハブに引き上げ、疲労に肩を落とす。
でも仕事を終えた充実感と、鳴り響く腹の虫がベッドに倒れたい衝動をとどめる。
「寝る前に、お夕飯ですね」
三度三度のご飯こそ人生の楽しみ。
私は笑顔でテーブルを見る。
そこには私が開店前に用意したお夕飯があった。

茶碗半分のご飯。梅干し。

「…………」

私は店に立ち尽くす。
すきま風。ちょっぴり冷たい宵の口。

私はナノ。異世界からやってきた余所者です。
この不思議の国であれとかこれとか色々あって、屋台のドリンクバーで紅茶や珈琲を
売る生活です。家はクローバーの塔近くの空き地に建てていただいたプレハブです。
それでも異世界での自立を夢見て努力あるのみです!

売り上げは……先ほどのお夕飯でお察しください。

多分、瞬時に終わるだろうお夕飯。
「今回は……玄米茶にしますかね」
それでも食前のお茶は欠かせない。私はとくとくと茶を湯呑みに注いだ。
「はあ……お茶が美味しい……」
鼻腔をくすぐるほのかな甘みに、思わず頬も緩む。
最も幸せな時間だった。

そのときノックの音がした。

「どなたですか?」
私は愛想よく、頑丈に閉めた扉に語りかける。
「俺だよナノ、君の騎士エースだ!やっとたどりついたぜ!」
「ナノは現在留守にしております。一万時間帯経過してからお越し下さい」
「あはは。堂々とした居留守だね、ナノ」
「お留守番メッセージです。ナノへの伝言を承ります」
産業立国出身者を舐めないでいただきたい。
「あ、そう?俺はさ、君と××××(中略)×××したいと思って来たんだけど」
「あなたの上司に通報いたします」
「あははは!あいつならきっと一緒に君を可愛がるさ」
この最低野郎が……あと上司が違います。
「伝言は消去しました。一万時間帯後のご来店を心よりお待ちしております」
サービスに『蛍の光』などハミングしつつ、私はベッドに向かう。
再びノックの音。
「ナノー、ここを開けてくれよ。君の恋人の一人が来たんだぜ?」
……恋人の一人って何すか。
シャワーは浴びてないけど、エースとの会話で疲れた私は無精にもベッドに潜り込む。
「おやすみなさい、エース。永遠に」
「あははは。君を残して永遠に眠るなんて出来ないぜ」
そう言ってなおもノブをガチャガチャやる音。
フ。甘い。三重ロックと二連チェーンにグレードアップさせたばかりなんだから。
けれど。
「せーのっ!」
大剣を抜く音がして……鍵を無視して、ドアが破砕されました。

無情な轟音、破片と化すドア、そして壊れた扉の向こうから現れた騎士。

大剣を鞘に戻したエースは、意味も無く笑い、
「あはは。いくら鍵を強化しても、大元のドアがぺらぺらなら意味ないんだぜ?」
嗚呼、プレハブ作り。今度、補佐官殿に頼んで鋼鉄製のドアにしてもらおう。
そういえば、ドア自体は普通に会話が出来る薄さだったしなあ。
そしてエースはベッドに横になる私を見つけ、
「準備がいいな、ナノ。実は俺が来たのが嬉しかったんだろ?
それ、ツンデレっていうんだっけ?」
べ、別にエースのことなんか待ってないんですからね!
――て、本当に待ってませんし。
私は素早くベッド脇のかけ軸をめくると、その裏側の穴に飛び込んだ。
「え?ナノ!?」
そして足をついたそこは、もうプレハブの外。風が冷たいです。
「ナノ、それ、カッコイイなあ!」
背後から称賛の声を上げる不法侵入者。
フ。狙われやすい人間は、こういうときのため逃げ道を用意しておくものです。
べ、別に、ベッドでゴロゴロして、うっかり穴を空けちゃって、修繕費用がなくて
かけ軸でごまかしてるためじゃないんですからね!

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