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■眠い話4

「はあ……熱がぶりかえしました」
あの爬虫類が。ベッドの中で悪態をつく私だった。
まあ、楽しかったけど。
新しい氷嚢を額に乗せられ、私はまた眠くなって目を閉じた。
ベッド脇ではご領主様がかしましい。
「ナノー!もう一度勝負だ!今度は花札でだなあ……」
「うるさいですよ、ナイトメア」
しかし日本の伝統遊戯なら、仕込む側にも気合いが入るというもの。
布団の中で指をポキポキ鳴らし、戦いにそなえていると、
「ナイトメア様。仕事にお戻り下さい。それに彼女はまだ体調が悪いんです」
いろいろと、あんたが言えた義理か的なことを言い、グレイがナイトメアの襟首を
ひっつかむ。そして抗議の悲鳴をものともせず、室外に引きずっていった。
私はゴロンと寝返りを打ち、さらに寝入った。

…………
薄目を開けるとグレイの黄色の瞳があった。
「起きたか?」
彼はコートを脱ぎ、くつろいだ格好だ。
状況から判断するに、私の横で頬杖をついて見ていたらしい。
「熱はどうだ?」
「んー……」
手を伸ばし、頭を撫でられる。くすぐったい。
「下がったな。良かった」
温かい微笑み。何だか安心する。
「グレイ、大丈夫ですよ」
「いや、まだ不安だな。もう少し俺の部屋にいてくれ」
もう完全にグレイの部屋と認めてしまった。
「はあ。でもまあ、次に起きたら出て行きますよ」
それだけは宣言させてもらい、目を閉じた。
「出て行けたら、な」
身体を這うグレイの手をあきらめ気味に感じながら。

…………
目をパチッと開けると、外はいいお天気だった。
「うん、もうほとんど体調が治りましたね」
私はごそごそとベッドの中で動いた。
うんうん。ダルくないし、気分も良い。
このままお店も始められそうなくらいだ。
「とりあえず起きたらグレイに報告して、お店に帰りますか」
私は寝そべりながら、枕元を見て、
「あれ?」
そこにグレイのメモが置いてあることに気がついた。

『俺が帰ったら』

「は?」
何じゃそりゃ。
「無理して起き上がらないように……と言いたかったんですかね」
首をかしげるしかない。
「グレイも心配性ですねえ。私は全然大丈夫なのに」
そして大あくびをして、
「さて、では帰りますか」
とベッドから出ようとして、

ガチャリ。

「……は?」

ぐるぐる巻き。

頭の中をよぎった言葉はそれだった。
鎖だ。私のお布団を鎖が何周もし、がんじがらめにされていた。
「い、いつの間に!?」
これではリアル芋虫だ。ナイトメアのことを笑えない。
「ふ……ふふ、甘いですよ、グレイ。漫画じゃあるまいし、そんなことで……」
私は余裕しゃくしゃくで逃げようと……逃げようと……。
「う、嘘!」
意外に鎖の力が強く、私は完全に芋虫と成り果て、ベッド上をゴロゴロと……
「うわっ!」
勢い良く落ちました。ベッドから。
「お、おのれ、爬虫類め!」
イマイチ締まらない格好のまま、憎悪の言葉を吐き、私はシャクトリ虫のごとき走行
を開始する。
「あ、暑いです……」
かといって、ぐるぐる巻きは解けない、ベッドには戻れない。
ほどなくして私は抵抗をあきらめ、その場にうずくまって眠ってしまった。
あー、また熱が上がる。

…………
「グレイー、そろそろ熱は下がったと思うのですが」
「いいや、まだまだ熱が高い。もっと休んでいてくれ」
そう言う割に、水銀体温計をこちらに見せてくれないグレイだった。
そしてさっさとそれをしまって、私の手の届かないところに隠すと、グレイは私に覆いかぶさる。
髪に手をやり、額にキスをしながら、私の身体に触り始める。
「グレイ……」
「いいだろう、ナノ。少しくらい」
「それでまた体調が悪くなって、あなたの部屋にいるしかなくなるんでしょうが!」
「それこそ望むところだ。ずっとずっとここにいてくれ」
「この……あ……だめ……」
私の抵抗が若干緩み、グレイが笑いながらコトを進めようとしたとき、

「ナノー!今度はソリティアで勝負だっ!」
ツッコミどころのあるセリフとともに、ナイトメアが室内に滑り込んできた。

起き上がった補佐官は、心底から迷惑そうに、
「ナイトメア様。ごらんのとおり、俺と彼女はいいところで……」
「嘘をつけ、嘘を!私にはおまえの邪念くらいお見通しだ!」
「ナイトメア様……」
「ふふん。スプラッタな映像を見せても無駄だ!
せっかくナノが塔に来たんだ。おまえの思い通りにさせてたまるか!」
「…………」
バチッと飛び散る夢魔とトカゲの火花。
――うーん、ここは運に託して山札を引くか、この場札を重ねるか……。
青春活劇だか下克上だかを繰り広げる主従を尻目に、私はソリティアを始める。
横で騒がれてるせいで、また熱が上がってきたかも。
眠いなあ……。
でも、グレイがいて、ナイトメアがいる。
いずれは外に出るけれど、こういう非日常もたまにはいいものだ。

微熱は未だ収まらず、塔のにぎやかな生活はしばらく続きそうだった。

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