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■眠い話2

「グレイの馬鹿」
私は再度、布団にくるまり、グレイにぷいと背を向ける。
「怒らないでくれ、ナノ。軽い冗談じゃないか」
「病人に変な悪さをする人は嫌いです。顔も見たくありません」
グレイが笑いながら、布団の上から私をさする。
「すねないでくれ。治ったらたっぷりと続きをしてあげるから」
……ええと、私は『お預け食らったことを』怒ってるわけじゃないんですが。
苦笑しながら私をなだめるグレイを、無視し続ける私だった。

…………
「冷やっこい……」
額に氷嚢(ひょうのう)があたっている。
氷みっしり硬くてゴロゴロ。だがそこがいい!
気分が優れないながら、私はご機嫌だった。
「機嫌が良くなってきたようだな」
なぜかグレイが、微笑ましいものを見るような目で私を見ている。
――お母さん……。
「ご、ゴホ、ゴホっゲホ!」
「ナノ、だ、大丈夫か!?」
「いえ、してはいけない想像をしてしまった罪責感で」
「は?」
閑話休題。
グレイは私のベッドサイドに椅子を引き、
「安心して寝てくれ。俺が看病するから」
「え……!?」
それを聞いて私は氷嚢を忘れてガバッと起きあがる。
「グレイ!もう十分です。帰って下さい。寝ていれば勝手に治りますから!」
別に追いかえしたいわけじゃない。
ただ、グレイは塔の補佐官で多忙な人なのだ。
いつもお世話になっているし、私ごときに時間を取らせるわけには行かない。
けれどグレイはきっぱりと首を横に振る。
「具合が悪いときに一人でいるのは寂しいものだ。君を一人には出来ない。
俺はナイトメア様で看病は慣れているからな。一人も二人も似たようなものだ」
そして私に微笑んでくれる。
「グレイ……」
じわっと視界がぼやける。でも、あわてて目をこすり微笑む。
「でも塔のお仕事も大切ですよ。グレイには大事なお役目があるんですから。
私にかまけてる間にナイトメアが××を吐いて×××になってたら大変ですよ?」
うーむ、我ながらエグいことを言った。けど実際にやりかねないのが病弱夢魔の恐ろしさだ。
「そうだな。ナイトメア様も心配だ……」
さすがのグレイも腕組みをし、悩む顔になった。
補佐官のナイトメアへの母性本能……コホン、忠誠心はエリオットの、ブラッドへの
それに匹敵……するようなしないようなしないようでするような。
ゲホ……熱で思考があいまいになっておりました。
「とにかく、私は大丈夫ですから、行って下さい」
心配をかけないよう、ニコニコと手を振る。
するとなぜかグレイはいっそう苦悩していた。
そしてふいに顔を輝かせた。
「そうか!ナノを俺の部屋……に似た客室に泊めればいいんだ」
「え……っ」
というか言い直す前、あなた何て言った。
「そうだ。それがいい、俺の部屋……と内装の似た客室なら、君を看てやれる」
かなり小賢しい言い直し方をしてきました。
というかあの妙な部屋と同じインテリアですか。
けれどツッコミを入れる前に布団を剥がれ、パジャマごと抱き上げられた。
「グレイ……ちょっと、止めてください!熱が上がります!」
「そうだな。急いで俺の部屋……に大変酷似した客室で休もう」
だんだんとごまかしの塗装がはげかけている。
――というかパジャマでお姫様抱っこ!?
痛い。身体的意味でなく痛い。傍から見れば病院に連れ戻される脱走患者だ。
「グレイ、せめておんぶで……」
けれどグレイは慈愛の瞳で、
「すぐに俺の部屋……にしか思えない場所につくからな」
「いえ、それはもうどうでも……」
「さあ行こう」
そしてグレイは顔面蒼白な私を抱っこしたまま、壊れた扉を踏み越えたのだった。

…………
グレイの部屋にはいつもいつでも煙草の匂いがする。
「ここだ。俺の部屋によく似ているが、別の部屋だ」
もうあなたの部屋でいいですって。
ちなみにここに来るまでの経緯説明は断じて拒否します。
いつもの記憶喪失です。瞬間てれぽーとです。
羞恥プレイとかありません。思い出したくもないですから!
私の内なる絶叫はつゆ知らず、グレイは私を壊れ物のようにそっとベッドに横たえた。
そして私に掛け布をし、立ち上がった。
迅速に動いて枕元に水や軽食を用意し、作り直した氷嚢を当ててくれた。
「……どうも」
ベッドの中で頭を下げる(?)とグレイは噴き出した。
「それでは、俺は仕事に戻る。後でナイトメア様と見舞いに来るからな」
そして少しかがんで私に目線を近づけ、
「何か食べたいものはあるか?」
あなたが作ったもの以外なら何でも……とはさすがに失礼で言えない。
「特に何もないですよ。ありがとうございます」
そう言うとグレイは微笑み、私の髪をなでる。
「では、俺は仕事に戻る。後でナイトメア様と見舞いに来るからな」
「はい」
そしてグレイは足早に歩き、最後にもう一度振り返り、私と目が合うと、軽く手を
振って扉の向こうに消えた。
「……でも、何だか落ち着きませんね」
私は煙草の匂いのするベッドで天井を見上げる。この天井も久しぶりだ。
グレイの部屋に連れ込まれたことは何度もあるけど天井をじっくり観察する余裕は
あまりなかったけれど。
私は寝返りをうち、氷嚢の位置を直す。
――今は、お世話になるしかないですか……。
グレイは他の役持ちのようにアレではないし、ナイトメアだっている。
私の小さな家に来たのが騎士や帽子屋だったら、もっと大変なことになっていたかも
しれない。ここなら安全だし、体調が回復すれば返してもらえるだろう。
私は暖かい布団の中で小さくあくびをする。
――いつもグレイが寝ているお布団ですか……。
初めてではないはずなのに、なぜだかドキドキする。

そして私はゆっくりとまぶたを閉じ、穏やかな闇に沈んでいった。

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