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■眠い話1

窓の外はいいお天気でした。
しかし、私はお仕事にも行かずベッドに横になり、懐から水銀体温計を取り出した。
「うーむ……これは厄介な」
水銀の指すところは、安静を要求する数値だ。
「このまま寝ますか……」
ご飯はまだ食べていないけど、どっちみち食欲はない。
「お屋台に防犯シートをかけておいて良かったです……」
まあもともと臨時休業の多いお店だから、数少ない常連さんは気にもしないだろう。
水も食べ物も、取りに行くのはダルい。
「ぐっすり寝て、早く治しますか」
私は布団にくるまった。
窓の外はやっぱりいいお天気だ。

私はナノ。異世界にやってきた余所者です。
今はクローバーの国に引っ越し、空き地に設置した屋台で自称カフェ……コホン、
ドリンクバーなどを営んでおります。
目標は異世界での自立、自給自足、独立独歩。
……が、言うは易く行うは難し。
現状は、莫大な資金援助をして下さる塔に頼りつづける惨状です。
「これじゃあ、またお家賃を払えそうにないですね……」
自己嫌悪が続くナノさんなのでした。

…………
音がして目が覚めた。
「んー……?」
簡素なプレハブの扉を叩く音。
どれだけ眠っていたか分からないけれど、少なくとも外の時間帯は昼だ。
誰だろう。友達かな。品物の納入に来た業者さんかな。
熱は全然下がってないみたいだけど、返事くらいしませんと。
私が口を開きかけたとき、
「ナノ、俺だ、グレイだ」
「――っ!」
即座に口を閉じ、布団にくるまり息をひそめる。

声の主、グレイ=リングマーク。
剣技は一流、仕事は有能、塔の補佐官、お母さん。
しかし、ちょっと苦手な人でもある。
扉からは、なおも優しい声がする。
「ナノ、開けてくれ。いるのは分かっている。
君に会いたくて仕事を全て終わらせてきた。俺に可愛い笑顔を見せてくれ」
――また昼間っからそんなことを……。
グレイ。いつ頭を打ったのか。なぜか私ごときに熱を上げて下さっている。
完璧な人ではあるのだけど、私は恋愛感情を抱くに至らない。
どれだけ献身されても、私には応えられないので、何となく避けがちになっている。
しかし、不思議の国の住人たる彼は、都合の悪いことは見ないフリをする。
「ナノ、開けてくれ。開けなさい」
「…………」

「ナノ、開けてくれ…………開けろ」

――ま、マズい。居留守にキレかかっています。
私はさらに布団を頭からかぶり、無意味に身体をまん丸にする。
――いないいない、いませんよー。
グレイが観念して帰ってくれるのを待つ。そして、
「ナノ。すまないな」
「っ!!」
次の瞬間、プレハブの扉が……蹴り破られた。
そのうち修復するからと、不思議の国の人たちはやることが荒っぽいのだ。
しかし扉をぶち抜いた靴は、平然と扉を踏み越え、布団にくるまる私に近づく。
「ナノ、寝てるのか?」
……グレイ=リングマーク。元暗殺者。
時としてエゲつない手法も当たり前に使う怖い人だ。
「ナノ。見つけたぞ」
「っ!」
「どうした?寝坊か?」
優しい声と共に布団をめくられ、パジャマ姿でうずくまる。
というか日の光がまぶしい。お布団の外の冷たい空気が肌を突き刺す。
「あーうー」
私は日光を浴びた吸血鬼のごとく悶えた。
グレイはすぐ異変に気づいたらしい。
「ナノ!?大丈夫か?しっかりしろ!今すぐに頭の医者を呼ぶから!」
「い、いえ、大丈夫です……ちょっと気分が悪いだけですから」
……頭の医者?
「『気分が悪い』?そういえば顔色が優れないな」
グレイはすぐに真剣な表情になると、大きな手を私の額にあててくれた。
「ああ熱があるな。可哀相に。何か欲しい物はあるか?」
私はちょっと慌てる。ただでさえお世話になっているグレイに迷惑はかけられない。
心配してくれたのは嬉しいけど、警戒したのが申し訳なくて、私は微笑んで、
「ええと……あなたが欲しいです……なんちゃって」
冗談を言ってみた。

「わかった。俺だな」
「は?」

そしてガバッとグレイが覆いかぶさってきた。私は恐慌状態になり、
「ちょ……グレイ!あれは、単なる冗談で……!」
「熱の出ているときは発汗で体温を下げるといい。俺も協力する」
「いえ協力ってちょっと!」
抵抗しようとしたけれど、元々の体力差に加え、こちらの体調だ。
あっという間にグレイに四肢を押さえつけられてしまう。
「ナノ。すぐに具合の悪さなど忘れさせてやる」
「しなくていい、しなくていいです!というか体力を使って余計に悪化します!」
するとグレイは私のパジャマの隙間から手を入れようとしながら、
「安心しなさい、俺が全てやるから、君は横になっているだけでいい」
「グレイっ!」
私はもう涙目だった。
するとグレイがフッと笑い。

「はは……冗談だよ」

「へ?」
グレイが身体を起こし、私から離れる。そして人の悪い笑みで、
「服の上から簡単に身体検査をさせてもらった。外傷はないようだな。
熱はあるが、声も出るし意識も明瞭。心配はなさそうだ」
「…………」

うん。どこの誰とは申しませんが、病人が身近にいて対処に慣れているんですね。

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