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■忘れた話12

「帽子?」
ブラッドは私の答えに意外そうだった。
「そうです、帽子が欲しいんです。ダメなんですか?」
「いいや、もちろん構わない。だが、なぜ?」
「え。だって、私はあなたを追って引っ越してくるほど、仲良しなんですよね」
「……ああ」
「つまり私は帽子屋ファミリーの一員なんです」
「……まあそうだな」
「だから私も帽子が欲しいです。あなたと……みんなとおそろいがいいです!」
「…………」
言い直した箇所、聞こえてしまっただろうか。ブラッドは黙り込む。
「ブラッド?」
ブラッドは私に手を伸ばし、頭を撫でた。
「すぐに帽子職人を呼ぼう」
「?」
帽子屋屋敷という名前なのに、帽子を作ってないのかと私は首をかしげる。
――帽子を作ってるんじゃないのなら、何の商売をしてるんでしょう……。
ともかく数時間帯後、服飾店の人が次々と帽子屋屋敷の門をくぐることとなった。

…………
「こちらの帽子は高級素材が幾重にも編み込まれた逸品です。
エッジを飾る美しいコサージュは、その道一筋の職人の手によるものでして……」
「選りすぐりのジュエリーを帽子全体に散りばめました。
ナノ様が颯爽とお被りになれば、美しさを引き立てること請け合いで……」
「クラウンとブリムを青の薔薇で飾り、アクセントにフェザーをあしらいました。
ボスとお二人でお並びになれば、さぞお似合いだと……」
「は、はあ……」
私は目を白黒させて、次から次にご披露される高級ハットに魅入られている。
元々ファッションには興味がないけど、帽子となるとなおさらだ。
「あの、値段は……」
業者さんに聞こうとすると、
「そういうことは心配しなくて良い。気に入ったものを欲しいだけ買うといい」
なぜか立ち会っているブラッドが私に言う。
「はあ、どうも……」
――欲しいと言われましても……。
ンな図々しい真似は出来ないし、帽子フェチなわけでもない。
お義理に何個か取っては素材を確かめるフリをし、私は困る。
私はメイドさんたちが被るような帽子が欲しいと言ったつもりだったのに。
このお屋敷の人は頭に何かしら装飾をつけている人が多い。
そんな感覚で、私も『ファミリーの証』的な被りものが欲しかっただけなのだ。
ブラッドは何か勘違いしてるんだろうか。それとも分かってやってるんだろうか。
――お金はあとあと払うとして、何か一つ選ばなきゃダメですよね……。
私は山と積まれた帽子を見、適当に何か一つ……。
すみに置かれた、間違って出されたような帽子が目に入った。
「あっ!」
私は叫んで目を輝かせた。

…………
「ブラッド!こっちこっち!こっちですよ!」
「待ちなさい、ナノ。昼間から外に出るのはダルいんだ」
「早く早く!」
青空の下の草原を、気分が悪そうに歩くブラッド。
そばには帽子屋屋敷の人工池が、陽光を浴びて水面をキラキラさせている。
私は帽子からはみ出した髪をなびかせて戻り、ブラッドの腕を取る。
そして派手なブラッドの帽子を見上げ、
「私も帽子ですよ。これでおそろい!仲良しですね!」
「もっと高いものでも良かったんだぞ?」
ブラッドは私の気分を盛り下げることを言う。
「そんな安物の麦わら帽子など……」
「ええ!?可愛いのに!」
私は手を離し、くるっと回って庭園の人工池に自分の姿を映す。
時には自己嫌悪すら感じる平凡な娘さん。
でも今はアサガオの花をさした麦わら帽子をかぶっている。
帽子のリボンはアサガオに合わせたブルーのサテン。風に爽やかに揺れている。
ファッションも馬鹿に出来ない。少しだけ自分が可愛くなった気がした。
そしてその横にブラッドが顔を見せる。
帽子をかぶった人が二人。
私は笑顔でブラッドを振り返って、その手を取る。
「私も帽子をかぶって、あなたとおそろいですよ」
大好きな人とおそろいなんて、とっても仲良しの証拠だ。洗濯物でも干したい気分!
「気に入ったか?ナノ」
「ええ!とっても!」
ニコニコ笑う。そして、
「ナノ!?」
私はブラッドを抱きしめた。麦わら帽子がずれてゴムが首に引っかかる。
「本当にありがとう!大好きです、ブラッド!」
「…………」
抱きしめる腕を緩めた。そして返事がなかったので顔を上げる。
「ブラッド?」
「ナノ……いや、その……」
それは、少ない時間の中で初めて見るブラッドだった。
じっと私を見下ろし、何度も何か言いかけて何も言えないでいる。
まるで、今にも泣き出しそうなのを必死にこらえている男の子のように。
そして結局何も言わず、最後に私を抱きしめた。
ぎゅっと強い、力のこもった抱擁。友情のハグというやつだろうか。

「もう、逃がさない」
独り言のように、ブラッドが呟くのが聞こえた気がした。

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