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■忘れた話11

会議室の扉が開き、待っていた私は顔を輝かせる。
「ブラッド!」
一番に出て来たブラッドに駆け寄ると、ブラッドはなぜか面食らった顔をした。
「どうしたナノ。何かあったのか?」
「え?ブラッドをお待ちしていたんですよ?」
「……なぜ?」
「え?だって私たち仲良しでしょう?」
「…………」
なぜか沈黙された。すると後ろに控えるエリオットが温かく笑った。
「何だよ、二人とも仲直りするの早いな。安心したぜ」
「そうなんです。仲良しなんです」
そう言って私は、ブラッドを挟み、ウサギ耳の人改めエリオットの反対側に立つ。
そしてブラッドにだけ聞こえるよう、
「ええと、私、こんな感じでしたか?」
と問うてみた。やはり戸惑うような沈黙の後、
「ああ、そうだ。こうしてくれ」
とブラッドは言った。そしてつかめ、と言いたげに腕を出す。
そういうわけで、私はブラッドの腕を取り、一緒に歩き出した。

このお屋敷で私が記憶喪失だと知っているのはブラッドと私だけだ。
他の人には頭が×××と思われないよう……コホン、心配をかけないよう黙ってる。
だから早く記憶を元に戻したい。だけど、ブラッドは偉い人らしい。
忙しいし、いろんな人に会うし、合間合間にお茶会もやる。
そのため記憶の詳細をブラッドに聞くのが意外に難しい。
で、仕事がない痛い私は、ブラッドを追い回し屋敷をうろちょろすることになった。
まあ、会えたとしてもボロを出さないため、あまりしゃべれないのだけど。

「んで、庭に出てボーッと空を眺めていたら白い雲が流れまして。あれは積乱雲だと
思うのですが、この世界って雨が降らないですよね。しかし雲の内部は実際はどう
なってるんでしょう。で、気になって他の雲のデータを採取しようと雲日記をつけ
はじめたら、困ったことにディーとダムに見つかってしまい、『お姉さん、メルヘン
すぎ』と空中都市の存在を否定されたので、頭突きをしてまず一人を黙らせ……」
「君が暇を持てあましていることは分かった」
しゃべり続けるのを止められた。忠実な私はピタッと黙り、数秒ほどブラッドの腕を
つかみながら歩く。そして、
「で、話は変わりますが、温帯地方の層積雲についての私的な意見が……」
「話がカケラも変わっていない。君が空を眺め無為に過ごしていることは分かった」
「あう……」
そう言われると返す言葉もない。
何か前は紅茶をよく淹れていたというし、それなら淹れてみるのもいいと思う。
だけど……なぜだか紅茶に触れる気が起きない。
仕方なく、空を眺めて日がな昼寝をしているのである。
「うう……な、何かするべきですよね」
顔を青くして言うと、逆側を歩いていたエリオットが、
「え?何もする必要ねえだろ。あんたは昼寝だか遊びだかして、好きにしてろよ」
「そうともお嬢さん。君は屋敷でのんびりと過ごしていなさい。私が呼んだとき、
そこにいればいい」
「はあ……さいですか」
冷や汗物だが、どうやら私は、友人宅に転がり込んだ居候的立場らしい。
まあこんな記憶喪失状態で何かしろと言われても逆に困るけど。
「だが退屈は忌むべきものだな……とりあえずお茶会をしようか、ナノ」
ブラッドはそう言った。

ブラッドと私は、部屋のソファに並んで座って紅茶を飲んでいる。
「はあ……紅茶が美味しいですね。ダージリンでしたっけ」
「ああ。ファーストフラッシュの逸品だ。味わって飲みなさい」
「はいです。ファーストフラッシュって摘まれた時期が春頃でしたよね」
「そうとも、この透明な色合いは芸術品だろう。私たちが飲んでいるような、特に
品質の高いものは紅茶のシャンパンと呼ばれるほど珍重され……」
今度はブラッドが立て板に水を流すがごとく、マシンガントークを始める。
私は紅茶菓子を味わいつつ、ふむふむと拝聴する。
「ブラッドは本当に物知りなんですね」
ずずーっと紅茶を飲み、ニコニコする。
「?」
気がつくとブラッドが私をじっと見ていた。
「どうしたんですか?」
首を傾げながら言うと、
「いや……時間が戻ったように感じただけだ。君と出会った頃のように」
そう言って突然、私の肩を抱き寄せる。
「わっ!危ないですよブラッド!」
いきなりの動作で紅茶を零しそうになり、慌ててカップを持つ。
ブラッドは気がつかないのか気にしないのか、上機嫌で私に、
「ナノ、何か欲しいものはあるか?」
と聞いてきた。
「もちろんありますよ」
私は即答した。

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