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■忘れた話9

「何をしているんだ、起きなさい」
呆れたような声を聞いて目を開ける。
あたりは豪勢な……変なお屋敷だった。
「……?」
私は身体を起こし、怪我をしていないか確かめる。
幸い何も無い。
ついでに言うと服はとても高価そうな、素材の良いものだ。
こんなもの、いつ買ったかなと首をかしげる。
「君を待っているわけには行かない。ほら行くぞ」
「ナノ、俺の手につかまれよ」
厳しいまなざしで私を見る妙な帽子の人と……ええと、ウサギ耳の……?
ツッコミを入れたい。
しかし雰囲気的にどうも口を挟みづらい。
何というか『それが当たり前』的緊迫感が漂っている。
仮装パーティーか何かの最中なんだろうか。
それにしては空気がビリビリと緊張している。
この人たち、あがり症なんだな。
そして私が何かに招かれるなんて、めったにないことだ。
――なら、ちゃんと空気を読んで合わせないといけませんよね。
私はウサギ耳のお兄さんに支えられ、立ち上がる。
きっと案内の人だろう。怒らせないようにしなければ。
「大丈夫か?頭ぶつけたみたいだな」
後頭部をなでなでされる。
大丈夫ですよ、と答えようとしたけれど、
「来い、ナノ」
「へ?……わわっ!」
帽子の人が来て、私をウサギ耳の人から引き離す。
手首を強引に引っぱられ、少し痛い。
抗議したいけど、帽子の人は少し怒っているみたいだったので、何も言えなかった。
あれだ。誰かが怒っているときは大体私に原因がある。
こんなときは、余計に怒らせないよう黙っているに限るのだ。
私はどことも分からないお屋敷の中を、ワケが分からないまま引きずられていった。

…………
そこは会議室のような、いや、会議室の豪華版のような部屋だった。
調度品も人の数も……人の身なりも、何だかすごかった。
そして私たちが入るなり、室内の人たちが一斉に立ち上がった。
そして号令でもかけたように、乱れなくビシッと帽子の人に頭を下げる。
――え……?
仮装パーティーか何かだと思っていた私は戸惑い、思わず立ち止まる。
しかし帽子の人は、軽くうなずいただけで返事もせず、さっさと歩き、使用人さん
みたいな人が引いた椅子に、これまた礼もせずに座る。
そして、それが合図のように、他の人たちも座りだした。
――え、ええと……。
「ほら、ナノ。あんたも座れよ」
ウサギ耳の人に声をかけられ、私はビクッとした。
――す、座る?私も座っていいんですか?
オドオドと辺りを見る。
ええと、こういうとき、自分みたいな者は下座につくものだ。
さっき皆が頭を下げた帽子の人のいる反対の場所……。
私は下座の方に小走りに行き、空いている椅子に座ろうとして、
「も、申し訳ありません。ナノ様をこちらに座らせるわけには……」
その席の近くにいた……×××の職業みたいな格好の人に困ったように言われる。
「ナノ!こっち、こっち!」
ウサギ耳の人に手を振られる。
気がつくと他の人は、雑用っぽい?使用人さんたちみたいな人を除いて全員が席に
ついている。立っているのは私だけで、皆の注目を集めていた。
――ま、またやっちゃっいました……。
私は耳まで真っ赤にして、ウサギ耳の人のところに走る。
「ほら、いつまでもすねてないで、早く、ブラッドの隣に座ってくれよ」
ウサギ耳の人に言われ、分からないままうなずく。
恥ずかしくて頭が真っ白で何も分からない。
幸い、私が座るらしい席は、使用人さんぽい人が椅子を引いてくれたので分かった。
それと、帽子の人が『ブラッド』という名であることも分かった。
ホッとしながら座ると、
「そこまで嫌っていることを態度にあらわしてくれて嬉しいよ。お嬢さん」
「……っ」
すぐ横に座るブラッドという名の帽子の人だった。冷たい目で私を見ている。
「…………」
その緑の瞳を見た瞬間、私の中の元気が残らず吹っ飛ぶ。
――この人、私のことを嫌っているんですかね?
何だかいろんなことが思い出せない気がする。
でも混乱しているとき、私はいつもそんなものだし、今もそうなんだろう。
「ナノ様、どうぞ。玉露です」
「どうもです」
緊張で口が渇いているので、とにかく玉露を飲む。
――……ん……。
芳醇な香りと旨味が、瞬時に私の心を包み込む。
湯呑みに映る、きらめく透明な水紋。まるで緑の宝石みたい。
温かい。大地の香が染みこんだ茶葉の味わい。草原を渡る風のような後味。
「すごく、美味しい……」
思わず声に出ていたと、会議室内の人たちが私を見て気づいた。
ハッと我に返り、顔を赤くして湯呑みを置く。
「気に入ってもらえたようで何よりだ。仕入れた甲斐があったな」
ブラッドさんが視線を和らげてくれたので、こちらもホッとした。
「私も早く最高の紅茶を味わいたいものだ。ダルい会議など、早く終わらせるぞ」
ブラッドさんはそう言って、会議を始めてくれた。

心臓が止まるかと思う時間だった。
でもありがたいことに、会議の間、誰も私に意見を求めなかった。
もし意見を求められたらどうしようと、私は会議中、内容も聞かずドキドキしていた。
「ナノ。真っ青だぜ。会議中もずっと顔色悪かったし、本当に大丈夫か?」
会議が終わり、会議室がざわざわしていると、ウサギ耳の人が私の額に手をあて、
心配そうにした。私は軽く微笑んでうなずいた。
――それにしても……。
だんだん不安が強くなるのはなぜなんだろう。
ここはどこで、私は何でここに参加して、この人たちは一体誰なんだろう。
未だに思い出せない。
――……き、緊張して頭が真っ白になってるだけです。
落ち着けばすぐ思い出せる。何度も自分にそう言い聞かせて考えないことにした。
とにかくこの人たちが知り合いなのは間違いない。合わせないと。
「行くぞ、ナノ。お茶会をする」
ブラッドさんがまたウサギ耳の人から私を引き離した。
「お、お茶会、ですか?」
手首をつかまれ、半ば引きずられながら答える。
「ああ、君にも参加させてあげよう。各種の紅茶を取りそろえさせた」
「あ、ありがとうございます。お、お、お茶会なんて初めてだから楽しみです」
目を合わせるのが怖くて下を向き、失礼にならないよう言葉を選び返事をした。
「……?」
不必要なほどの沈黙に、顔を上げる。
ブラッドさんとウサギ耳の人が私をじーっと見ていた。
何かとても失礼なことを言ったのだろうか。不安で心臓が引き裂かれそうだ。
余計にオドオドして視線がキョトキョトと地面と虚空の間をさまよう。
「ナノ……頭は正常か?」
言われてる意味が分からないけれど、ちゃんと返事をしないと。

「はい。どうもすみません、ブラッドさん」

『…………』
名前は間違っていない。何も変なことは言っていないはず。
なのにさっきからなぜ、私が何か言うたびに沈黙されるんだろうか。
私はもう泣きそうな気分だった。

するとブラッドさんが言った。
「ナノは調子が悪いようだ。お茶会は中止にする」

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