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■忘れた話・5

「…………」
本から顔を上げ、ぼんやりと青い空を見上げる。
読み終えたものの、内容はサッパリ頭に入らない……というか普通は入らない。
雲は何にも制約されることなく、ゆっくりと流れていく。
「うーん……」
私はごろんと草むらに横になり、空を見上げる。
まあブラッドはブラッドである。
結局、強引に帽子屋屋敷に留められ、未だに『抱けるペット』扱いなのである。
――何とかしませんと……。
半永久的に屋敷にとどめ置かれそうだ。
懐かぬなら、懐くまで待とう、不思議の国……うーん、イマイチ。
しかしその気になれば、営業妨害、人さらいは当たり前。
法も道徳観もないこの世界なら誰も問題にしやしない。
「……困ったもんですねえ」
というか危機感がない自分こそ問題かもしれない。
私は帽子屋屋敷の方を眺め、ぼんやりと考える。
――そろそろ、戻らないと。
戻りたくない、顔を合わせたくもない。
私はのろのろと、帽子屋屋敷の方へ歩くのであった。

――はあ……。
私の帰還を知って、触れる前に開く大扉。
廊下の両脇にズラッと並び、私を迎える使用人さんたち。
というか、ブラッドに椅子ごと蹴倒されたの見てたでしょう。
それと、遠くから同情の視線を寄越すな双子ども。
そして私はフラフラと屋敷内を歩き、最終的に一つの扉の前にたどりつく。
扉をソッと手をかけ、何度も開けようとし、やはり手を離そうとして、
「遅いぞ、ナノ」
中から声がした。
「っ!」
その声だけでビクッと背筋が震えた。
でも、入らない選択肢はない。私は不景気な顔で、中に入った。

…………
ソファではなく絨毯の上に座るように言われた。
ちょこんと正座し、ブラッドの足にもたれると、頭を撫でられる。あーあ。
ブラッドは私の耳元や首筋をくすぐり、
「君に合う首輪を探さないとな。どんなものがいい」
「…………」
「不満か?」
いや大半の女の子は『どんな首輪がいい』と言われても即答出来ないと思いますが。
あと耳の後ろくすぐったい。やめてー。
――はあ、少しは機嫌を取るべきですか……。
というかこの流れだと本当に首輪を買われかねない。
「リボンでもいいな。君の黒髪が映える金のリボンだ」
「いえいえいえいえ」
私は正座したままブラッドを見上げる。
「ブラッド。何かしてほしいこととか、ありますか?」
「そんな無能極まりない質問をする者はこの屋敷にはいない。
私の部下は、そんな愚かなことを聞く前に考えるものだ」
「あう」
しかし私はくじけない。
「あのですね。私、実は欲しいものが……」
けれど、これにも冷淡な返事が戻ってきた。
「無償で何かを得ることはない。得たければ、まず相応の対価を払うものだ」
――あげるのは良くて、ねだるのはダメって、どういう理不尽回路ですか……。
「だが聞いてやらないこともない。何が欲しいんだ?ナノ」
感情の読めない声で聞かれる。
それでもかすかに希望を見いだした私は首をかしげる。
欲しいもの……。
毛皮のコート。動物さんが可哀相なのでご遠慮したい。
服。別に今着ているもので十分。
宝石。どう考えても似合わない。
本。狩人漫画の最新刊……いや、続きは出てないんだろうなあ。
茶葉や茶器。帽子屋屋敷にはこの世界で得られる最高のものがそろっている。
ええと、何か欲しいもの……欲しいもの……。
「……ごめんなさい。やっぱり何もないです……」
おずおずと言うと、ためいきが降ってきた。
「やはり、君は考えることに向いていないようだな。ペット扱いがふさわしい」
「ちょっとちょっと、ブラッド」
さすがにムッとして立ち上がる。
「そういう風に人を見下した態度をするのなら、私でも怒りますよ?」
「いいとも、怒ってくれたまえ。従順なだけの君などつまらないからな」
逆に嬉しそうに言われた。完全に優位に立ってるからって……。
そしてブラッドは何か考える風にして、楽しそうに私を見上げた。
「そうだな。久しぶりに君の紅茶を飲みたい。
出来次第では解放も考えていい、ナノ」
「…………本当ですね?」
「ああ、本当だ。最後まで集中出来たらな」
嫌な予感しかしなかったけど、選択肢などなかったのだった……。

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