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■忘れた話3

マフィアの会議ほど出たくないものがあるだろうか。
もちろん、私だって足を踏ん張って出たくないと言った。
だけど、最終的に半ば引きずられ、強制参加させられた。
何で私なのか分からない。

広い広い会議室に張り詰めた空気。
たくさんの椅子に座るこわもての構成員たちと、椅子さえ与えられない関係者。
もちろん首座にブラッド。その右にエリオット。左にはなぜか私。
ボスの左だけど、私がブラッドの付属品だということは皆が知っている。
だから、あえて意見を求められることもない。
ただのアクセサリー。ボケッと座っていればいいのだ。
「それで、この間捕らえた捕虜が拷問で吐いたことには……」
「信憑性に欠ける。そいつは沈めて、別の奴を……」
嫌な話、血なまぐさい話が私の上で続く。
どれだけ効率的に始末するか、逆らう者をいかに弾圧し、見せしめとするか。
耳を覆いたくなる陰惨な内容もおおっぴらに語られる。
本当のことを言うと逃げてしまいたいのだけど、主人に恥をかかせたら、後で何を
されるか分からない。だから渋々聞いているフリをする。

最後にブラッドは大勢の幹部やら部下やらを見渡し、威圧する声で言った。
「×時間帯後に作戦を決行する。ぬかるなよ」
それで会議は終わりなようだった。ブラッドが立ち上がり、他の構成員さんたちも
ザッと直立不動になり、ボスをお見送りする体勢になる。
しかし、私はもうすっかりウトウトして、眠る寸前だった。
ブラッドが私の脇を通りながら私を呼ぶ。
「ナノ。来い」
「はいですー」
「…………」
こっくりこっくり。

「っ!」
次の瞬間、床に盛大に引き倒され、何が起こったか分からなかった。
「え?え?」
慌てて起き上がると、エリオットが素早く私を立たせ、
「ナノ、ちょっと今のは不味いぜ。外部の奴らも来てるんだぞ?」
珍しく咎めるように言った。
ブラッドが私の椅子を蹴ったのだとようやく気づく。
真っ赤になってエリオットの手を外し、後ろを振り返るのも嫌でブラッドの後を
追いかける。でも頭の中で彼を恨む気持ちもあった。
――そんなに恥をかかされるのが嫌なら、私を連れてこなければいいのに……。
ときどき、ブラッドにペット以上のものを求められている気がする。
でもそれに対する対等な扱いはない状態。
それが嫌でたまらない。
私はとぼとぼと廊下を歩いた。

…………
用意された紅茶を二人で飲むと、後は私と彼の甘いひととき……には絶対ならない。
帽子とコートを脱いだボスは、私の頬に手をかけ、ささやく。
「何か欲しいものはあるか?ナノ。
毛皮のコートでも、宝石でも、何でも買ってあげよう」
さっき椅子を蹴ったお詫びなんだろうか。
「別に、何もないですよ」
私は目をそらしながら拒否する。
――ああ……どうやって逃げればいいんですか。
「というか、今回はいつお店に返してもらえるんですか」
「返すつもりはない。この屋敷を滞在場所に選びなさい」
「……嫌ですよ。何度も言ったじゃないですか。マフィアとは合わないって」
なんと言っても帽子屋ファミリーだ。この世界のマフィアの代表格だ。
そんな血なまぐさい、最低な集団とお近づきになろうなんて、とうてい思えない。
「拒めるものなら、な。お嬢さん」
「拒めますよ。私には友達がたくさんいます。店を長く開ければ……」
「だがすぐには気づかない。助けが来るのはずっと後だ」
けれどブラッドは私の腰を抱き寄せ、別の手で膝に触れる。
「君に我が屋敷を選んでもらうためにも、君ともう少し仲良くしたいと考えている」
そう言って、膝に乗せていた手を、私の太腿に這わせる。私はビクッとし、
「……本当に、嫌なんですよ。私はあなたとなんて仲良くなりたくないです」
必死にブラッドを睨み返す。
けれど、ブラッドは手をゆっくりと、私の身体の方に動かしていく。
決して力を入れてはいない。けど、私は押さえつけられたように動けない。
ただ凍りついたように膝をぴったりと合わせている。
「……足を開け、ナノ」
「っ!……い、嫌です!」
「ナノ」
静かな声だった。
ブラッドはその深い緑の瞳に、強ばった私を映し、少し不快そうに言う。
「どうすれば私に懐く。君の友人に比べ、私の何が劣っているというのだ」
「……だ、だって、マフィアだから……」
「そうとも。君はマフィアと私に恐怖している……だからこそ、最も恐ろしいものに
おもねれば、楽になることもあるというのに」
「っ!」
瞬間、ソファに押し倒され、ブラッドにのしかかられる。
「嫌っ!は、離してくださいっ!」
「何度も言わせるな。従え、懐け、媚びろ、逆らうな。
何も考えず私だけを見て、私の言葉にだけ従いなさい」
「嫌ですっ!」
叫ぶなり、ブラッドが私の襟元に手をかけ、下までボタンごと引きちぎる。
ブラッドは私の素肌に触れながら、愉悦の表情を浮かべ、
「なら、そうさせるまでだ」
「…………」
私はどこかに救いがないか必死で周囲を見る。
どこをどう見ても、逃げ場所は無い。どれだけ叫んでも助けは来ない。
一瞬でもマフィアに気を許し、のこのこと外に出た私の自業自得でもある。
でも、ときどき思う。理不尽だ。
……何でこんな目に遭わなくてはいけないのか。
「離して…離して……っ!」
急に怒りがこみあげて、必死にブラッドに逆らった。
出来る限りの力でもがき、彼を叩き、何とか逃げる隙はないかと希望を探す。
「くく。そうされると、意地でも押さえつけたくなるものだ」
楽しそうに言って、自分の襟元のタイをほどくと、私の抵抗をものともせずに両の
手首をつかみ、強く縛り上げた。私は首を振る。
「ブラッド……こういうのは嫌なんです。本当に止めて」
「なら最初から従っていれば良かった。本当に君は……愚かな子だ」
憐れむような目をされる。私も、言われなくても分かっている。

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