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■忘れた話1

「……良い天気ですねえ」
私はプレハブの屋根の上でボケーッと昼寝をする。
ここはクローバーの塔近くの空き地のプレハブ。
紆余曲折あって、私が占拠……コホン、土地料全額免除でご領主様から借り受けている土地です。
私はナノ。別世界からやってきたイロモノ……じゃない、余所者です。
空き地にプレハブと屋台をかまえ、自立に向けて、商売を頑張っています。
……うん、そういうことにしておいて下さい。店の前に立って客層とかチェックを
しないでください。泣けてくること請け合いです。

「もういいです……どうせ今日……じゃない、しばらくの時間帯、お客さまなんか
来ないんですから……」
ふてくされ、プレハブ屋根で寝返りをうつ。
閑古鳥すぎて泣けてくる。腕に自信がないわけじゃないんだけど営業妨害がひどいのだ。
知人に頭を下げて追加の借金を申し込むことを思うと、頭痛でどうにかなりそうだ。
――でも、誰か来るかもしれませんよね……。
日に焼けた屋根に頬をくっつけながら思う。
せめて『お休みします』札くらい下げないと。
「うん、それで、寝るまでゴロゴロしますか」
私は勢いをつけて起き上がり、屋根を下りた。

プレハブから店に続く少しの道をトボトボ歩く。
陰鬱に見た粗末な屋台に人の立ち寄った気配はなく、もちろん待ってる人もない。
「お昼時なんですけどね」
私は『営業中。ベルを押して呼んで下さいね』の札を裏返して『休業中』にすると
屋台に防犯用シートを被せようと、おっくうに身体を動かす。そのとき、
「ダージリンを四つ頼む」
「はい、いらっしゃいませ!ご注文ありがとうございます!」
満面の笑顔で振り向き……固まった。
「久しぶりだな、ナノ。商売繁盛しているようで何よりだ」
「昼間っから店を閉めるなんて、休憩を大事にしてるんだね、お姉さん!」
「でもいくら休んでもお金にならないのが悲しいよね、お姉さん〜」
「ていうか後ろ姿に哀愁がただよってたぜ、あんた……」
帽子屋屋敷の筆頭四人がおそろいだった。
「店は終わりました!」
私は全てを投げ、全力でどこぞへダッシュした。

……少し後。
「放してっ!放してください!!」
「ナノ、そんなに暴れるなよ。余計に人に見られるぞ」
「もう十分に見られていると思うがな。お嬢さん。淑女がそんな淫らに下半身を振るものではない」
「ボス、言い方がいやらしいよね。お姉さん、ちょっとお尻触っていい?」
「ちょっとくらいイイかな、いいよね。お仕事がんばってる子どもへのご褒美に〜」
「いいわけあるか!ガキども!」
「放して〜」
エリオットの肩に担ぎあげられ、通行人の方々の注目を集めながら、帽子屋屋敷に
連行される私でありました……。

私ことナノは、この帽子屋ファミリーのボスにしばしばさらわれる。
別に私がマフィアのボスを魅了する絶世の美少女とか賢女とかいうわけではなく、
単に珍しいペットとして側に置きたいらしいのだ。
現にこのボスから対等な扱いはめったに受けられない。
たいていはブラッドの気分で同意無しに屋敷に連れて行かれるし、店だってマフィア
に営業妨害され閑古鳥。
クローバーの塔の人たちも仕事が忙しく、私にばかり構っていられない。
こちらも塔に住めという再三の誘いを断っている以上、警備して、なんて厚かましい
お願いはとても出来ない。
結果、野に放たれた羊状態な私なのでした。

…………豪奢な浴室に湯けむりが立つ。
しかし私はのんびりくつろいだり牛乳を飲んだり、殺人事件の第一発見者兼容疑者
兼、第二の犠牲者となる気にはなれなかった。
――に、匂いが……。
薔薇と香油で、正直、戻しそうです……。
――だ、ダメです。耐えられねです。
我慢出来ず、ふちに手をかけ上がろうとすると、
「ダメですよ、ナノさま。もっと入っていただかないと〜」
「ボスのご命令なんです〜珈琲の匂いを落とせって」
メイドさん(マスク着用済み)どもに押され、湯の中に戻された。
仕方なく湯に浮かぶ薔薇の花弁をペシペシ叩きながら、自称飼い主をいかに××する
かを考えていた。
――ていうか、いい加減、脱水症状になりそうです……。
「お嬢さま、お冷やをどうぞ〜」
「ど、どうも……」
気の利くメイドさんに、すかさず氷の入ったグラスを差し出される。
グラスの表面に光る水滴、自分の喉がゴクゴクと鳴る音。あー、生き返る。
メイドさんはグラスを受け取り、
「うふふ。これであともう少し保ちますね〜」
「頑張ってくださいね、ナノ様〜」
「…………」
あなた方の笑いが悪魔に見える。
私を特製ダレに漬けるチャーシューみたいに思ってるんじゃなかろうか。
妄想を湯けむり殺人事件から、人が静かに消えていくジャパニーズホラーに切り替え
私は漬け込まれつづけたのであった。

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