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■トカゲ酒の作り方・その後

私は、じーこ、じーことレトロな電話のダイアルを回す。
そして相手が出るのを待って私は話し出した。
「こんにちは。わたくし信託銀行の者ですが、今回、大変優良な投資先について、
特別に!あなた様にだけ!ご案内をさせていただきたいのです!新興国内で稀少な
物産の先物取引を行う貿易会社なのですが、近いうちに一部上場が確実で……」
「……何をやっているんだ、ナノ」
電話口の相手はしごく冷静でした。
……ちなみに本当にこういう電話があっても、決して返答してはいけません。
「ブラッド。私だって分かりました?」
電話の相手は、自称『飼い主』ことブラッド=デュプレである。
彼は私を『飼ってやる』ことが、私が本当に望んでいることだという電波な信念を
持ち、かなり本気で実行してくる。
「下手な口上だったからな。もっとも君相手なら、骨の髄まで食い尽くされようと
悔いはないがね」
電話越しだが、相手の嫌な笑いが見えるようだ。
「それはどうも!では投資信託のお話を進めさせていただくということで……」
「それは謹んでお断りさせていただこう」
……ちっ。
「さいですか。実は読みたい本があるので、塔まで届けていただきたいのですが」
「断る。君とトカゲとの愛の営みを手助けするなど吐き気がする」
心底から嫌そうな声だった。囲われていることは先刻ご承知のようだ。
「実はトカゲ酒の詳しい作り方について調べてるんです」
「数時間帯待っていなさい」
ブラッドは実に話の分かる方でした。
「トカゲ酒だけでいいか?今度ぜひ君に、海藻の酒を……」
私は大上段に振りかぶって受話器を叩きつける。
「う……ゲホっ、ゴホ……」
イラッとしたせいか、咳き込みがひどくなった。
私は電話から離れ、ぐったりしてベッドの中に戻る。
そのとき、ちょうどグレイが部屋に戻って来た。何やら土鍋を持っている。
「ただいま、ナノ」
「おかえりなさい……」
「調子はどうだ?」
グレイはいそいそとベッドサイドまで来て、私のひたいに手を当てる。
「ふむ。少し熱が下がってきたな。だがまだ寝ていた方がいい」
「はい……」
「すまないな。俺の風邪をうつしてしまって」
しかしグレイは何だか嬉しそうだ。
風邪、引いてます。グレイに移されました。
まあ自業自得ではあるんですが。
「いえ、私こそ、無理させちゃいましたから」
……というか、自分が風邪を引く立場になって思うけど、こんな全身がダルい状態で
よく×××しようとか考えられるもんだ。
「馬鹿は風邪を引かないものなんですけどね」
自虐的に言ってみる。するとグレイが優しく微笑む。
「何を言っているんだ。ナノ。それは間違いだ。愚鈍な者は鈍いから風邪を
引いたことに気がつかない、というたわけた見解に基づく単なる迷信なんだよ」
そう優しく言って私の頭を撫でてくれる。

……て、それ単に『馬鹿もちゃんと風邪を引く』と言ってるだけでは……。

そしてグレイは持ち帰った土鍋を誇らしげに私に見せる。
「さあ、ナノ。俺が風邪をうつしてしまったからな。厨房で、君のために、
滋養たっぷりのおかゆを一生懸命作ったんだ。食べて元気になってくれ」
そしてフタを開けた。私はもちろん絶句する。
「……グレイ。色が黄金色なのですが。それにかなりの異臭も」
「ああ、米を栄養ドリンクで煮詰めてスッポンを加えてみたんだ。どうだろう」
いや『どうだろう』以前に、元気になるって、そっちの意味での元気ですか、貴様。
そしてグレイは、どこかの誰かを連想させる笑顔で、スプーンを私に近づけ、
「はい、あーん」
……ナイトメアの気持ちが理解出来た私であった。

おまけ。
私は、じーこ、じーことレトロな電話のダイアルを回す。
そして相手が出るのを待って私は話し出した。
「もしもし、俺」
「あ?誰だ?」
「俺だよ、俺」
「ブラッドか?」
「ああ、そうだ、私だ」
「ブラッドか!何か声が風邪引いた女みたいになってねえか?」
「ああ。風邪を引いているからな。風邪を引いているときはそういうものだ」
「大変だな、ブラッド!俺に何か出来ることはあるか!?」
「分かりやすくて良い部下だ、おまえは」
「へへ!当然だろ!」
電話の相手はがぜん、元気になる。
「実はナノと外出中に、ナノを傷つけてしまってな……」
「ええ?姐さんを!?だから妙なプレイもほどほどにしとけって言ったじゃないか」
「うむ。お嬢さんが悦ぶから、つい、な……」
「だよな。ナノって、見かけ通りに、いじめられるの好きだもんな」
「おまえ、それはどういう意味……コホン、それで治療費が必要だが手持ちがない」
「そりゃ大変だ!姐さんのためだ、すぐ持って行くぜ!!」
「ああ。良い心がけだ。では、次の金額をクローバーの塔まで……」

『……何をやっているんだ、ナノ』

二つの声は、電話の向こうと私の真後ろから聞こえた。

電話は取り上げられたけど、真横にいるというのに、気づかれなかったブラッドにも
ちょっと同情した。

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