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■トカゲ酒の作り方4

私はグレイの制止を無視し、そろそろと歩き出す。
重いナイフをかまえ、
「さ、さあ、来なさい。貴様なんか怖くないですから!」
すると、その声に応えるように家具の陰から小さなトカゲが姿を現した。
そして『出来るものならしてみろ』と言わんばかりに、私の方へ……
「――っ!!」
声にならない絶叫をあげ、ナイフを放り出し、撤退。
助走をつけ、全力で跳躍……グレイの上に。
「……ぅっ!!」
病床の身体に、二度目の衝撃が加わり、グレイも悶えた。
しかし、私はそれどころじゃなく、グレイに必死にすがりつき、
「グレイ!グレイっ!た、助けてください!!邪悪な害獣がっ!!」
「お、落ち着け。ナノ!それにトカゲは益獣だ。害虫を補食するし……」
「甘く見ないでください、グレイ。奴らは恐怖そのものなんです!」
――グレイを……グレイを守らないと!
私はバッと起き上がり、決意をこめて宣言する。
「グレイ。待っていてください。あのトカゲを……トカゲ酒にしてみせます」
「な……っ!」
さすがに驚愕したようで、グレイの顔色がみるみる悪くなる。
「待て、ナノ!そんなゲテモノは、俺はちょっと……!」
「爬虫類を漬け込んだお酒は滋養強壮にいいんですよ。まず焼酎の中にトカゲを入れ
ましてね、動かなくなったら一度出して包丁でさばいて内臓をかきだし……」
「ナノっ!頼むから止めてくれ、俺はそんなものは飲みたくない!」
『トカゲ』という二つ名だけあって、にわかに震え出すグレイ。
――あ。ちょっと可愛いかも……。
好きな子はいじめたいというわけじゃないけど、心底から嫌そうにするグレイに
ほんのちょっとだけアレ心がくすぐられる。
弱っているグレイに体重をかけながら、耳元で、
「そうすると、トカゲさんの身体に良い成分がうまくお酒の中に染みだして……」
「ナノっ!いくら俺でも怒るぞ!」
あ。マジギレ寸前。
さすがに悪ふざけがすぎましたかと下りようとすると、視界に見覚えのある黒いのが
見えた。あのトカゲである。
チョロチョロとベッドの上に這い上がって来て、
「い……っ」
凍りつく私の背中をスルスルと走り、グレイの首筋に飛び下り、そして……。

「…………」

「ええと、ナノ……?」
「…………私、別の部屋に住むことにします。さよならグレイ」

「それはダメだ」
キッパリと否定され、下から強く抱き寄せられる。
「放してください!グレイなんて大嫌いっ!!」
グレイの胸をこぶしで叩いて本気で怒るけど、グレイは笑うだけ。
「悪気は無いんだ。あいつだって俺だ。君と仲良くしたかっただけなんだ」
「その割に、わざと私を怖がらせるように動いたでしょう!」
にらむと視線をそらされる。
「それは、その……と、とにかくいいじゃないか」
そう言って、下りようとした私の身体をますます強く抱き寄せる。
「ダメです!離して!」
けれど騒げば騒ぐほど、笑顔でギリギリと拘束してくる。
ついでに、身体の下半身に感じるグレイの……が、ええと、えらくお元気に……。
「……何で嫌がる私に興奮してるんです?グレイ」
我ながら底冷えする声が出た。
「いや、それは、その……」
遠慮がちに目をそらす爬虫類。そして開き直り、
「いいじゃないか、君だって俺の嫌がることを言ったんだから」
「いや、それとこれとは別でしょう!」
というか、熱があるのになんでこんなに元気に……。
「あれ、グレイ。熱が下がってます?」
ふと真顔になり、額に手を当てる。あ。平熱になってる。
この世界の人は治るのも早いなあ。
「良かったですね、グレイ。それでは私はこれで!」
下りようとするもグレイはすでに『その気』だった。
足の間に膝が割って入り、微妙に、その、刺激される。
「ナノ、愛してる……」
「ん……」
仕方ないなあ、と思いつつ私はグレイのキスを受けた。

…………
夜の時間帯になったクローバーの塔。
薄暗いグレイの室内で、事も終わった私たちは並んでベッドに寝ている。
そして改めてトカゲさんを紹介されていた。
「俺の首にいるトカゲだ。よく見ると可愛いだろう?」
「うーん……」
グレイの手のひらの上で、匂いをかぐように私の指に触れてくるトカゲさん。
「触ってみていいですか?」
「ああ。撫でてやってくれ」
「んー」
思い切って身体をつかんで、手の上に乗せても抵抗しない。かみついたりもしない。
「うーん……」
ひっくり返したり、指先で腹を撫でつけたり、くすぐってみたり。
あと、隣でグレイが何だか愉快な声を出してる気もする。うるさいなあ。
尻尾をつまんで宙に持ち上げると、ようやくちょっとジタバタし始めた。
「……活きがいいですね。ちょっと美味しそうかも……」
ボソッと呟く。元の世界のどこかではトカゲの料理があったはずだ。
「ナノ、今何か恐ろしいことを言ったか?」
笑顔で、けれど声は低く聞いてくるグレイ。
「いいえ何も」
スマートに答えたつもりだったけど、トカゲさんは聞いていたらしい。
「わ……」
プツッと尻尾が切れて、あわててグレイの首筋に逃げていった。
そして、私の手の中には……

「い、いやああっ!と、トカゲの尻尾ぉっ!!」

またも盛大に上がる悲鳴。
「ナノ、お、落ち着けっ!」
あわてて私をなだめるグレイ。まだまだ夜は終わらない。

トカゲさんだってグレイの一部。
グレイの一部だから好きになりたい。
好きになりたいけど……本当に仲良くなるのは、ちょっと先の話になりそうだ。

……ちなみにグレイから出ていった風邪は、見事に私にお引っ越しし、グレイの看病
の元、しばらく寝込む羽目になったのであった……。

ちなみにちなみに。最初の夢の中でのトカゲ酒に関する絶叫。
あれは単にナイトメアが、強制労働に抗議して私に勝手に吹き込んだことらしく、
後でグレイにシメられたそうな。

どっとはらい。

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