続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 ■いつものこと☆ 細かいことはさておいて、私は帽子屋屋敷近くのカフェにいた。 「そういうわけでお久しぶりです、色々あってマフィアのボスの愛人となったナノです。 何やら長い間があった気がしますが気のせいです。この世界は時間の経過が関係ございませんから」 私はバーテンダーのノリでゴシゴシとティーカップを拭いた。 「そういうわけで、テンションが上がってカフェを開店いたしました。 ブラッド=デュプレは出禁です。といっても大々的なものではなく期間限定、自分のペースでこぢんまりやろうと思っています。ブラッド=デュプレは出禁です。 とりあえず扱うメニューは紅茶ですが、むろん珈琲もございます。 ブラッド=デュプレは出禁です」 「君はさっきから何を言っているのかな、お嬢さん」 「ブラッド=デュプレは出禁です」 「いや、他にもあるだろうが。カフェを開いたとか何とか……あとあんた、誰にしゃべってたんだ?」 頭痛が痛いみたいに頭を押さえるのは、どこぞの三月ウサギである。 「またボスとケンカして家出したと思ったら、相変わらずお姉さんは面白いね」 「しかも帽子屋領で珈琲を売るとか、いい度胸してるねお姉さん」 長身ウサギの後ろから、ひょこっと顔を出す青年バージョンなディー&ダム。 私は彼らを見もせず、カップをゴシゴシ拭きながら、 「お察しの通り、私は帽子屋ファミリーのボスとの不毛な関係を清算すべく、時計塔への夜逃げを決意いたしました。 しかし敵もさるもの、街中に手下を配置させ、私の他領土への逃亡を阻止。 けれど私は諦めません。頑張って逃げて(中略)カフェを開設したのです。 で、お客さんを待っていたらマフィアのボスが配下を引き連れて来やがりました」 「だから……誰としゃべってんだよ、ナノ」 「個人的に『(中略)』に何が入るのか知りたいよね、兄弟」 「いったいどこの領の誰に媚びを売って、資金援助してもらったんだろうね、兄弟」 外野がひそひそうるせぇ!! 「まあいいでしょう。大事なことはただ一つ。ブラッド=デュプレは出禁です」 だが宿敵ブラッドはツッコミを入れることなく、冷酷に告げた。 「そうかそうか、だがこの帽子屋領で、私が入ってはいけない場所など一つもない」 実に真面目に応答し、私に銃をつきつける。 「君の選択肢は二つだ。今ここで私を拒んで撃たれるか、帽子屋屋敷に戻り私に終生従順でいることを誓うか」 「ふっ。言うことを聞かなければ始末しようと言うのですか? 相変わらず女の扱いが雑ですね」 私はひるまない。落ち着いて大根を切りながら髪をかきあげた。 「いいや、足を撃って二度と歩けない身体にしてあげよう。 君は二度と帽子屋屋敷から出ることなく、私に紅茶を淹れ、奉仕する生活を送るしかなくなる」 地獄への直行便っすな。私は一切動揺せず、鍋にしいたけを入れ、だしを取った。 「あなたがどう仰ろうが、私の自由への意思を奪うことは叶わぬコトでしょう! 私は常連のお客様のため、ここでカフェを続けます!!」 「カフェなのに美味しそうな大根の煮物作ってるね、お姉さん。 あと顔無したちは怖がって誰もこの店に近づいてないからね、お姉さん」 「僕らに回りくどいツッコミを入れさせるなんて良い度胸だよね。 あとでおこづかいをたっぷりもらわないとね、兄弟」 くそっ! 行動がベタすぎたか! いいかげん、この古いコメディを一新せねば。 私は鍋をコンロからおろし、火を止めた。 「申し訳ありません、ブラッド。私が未熟すぎました。 ちょっとコメディリリーフのお手本に弟子入りするため時計塔に行ってきますので、千時間帯ばかり留守にいたしま――」 銃声☆ 顔の真横を銃弾がかすめた。ブラッドは銃片手に、実に冷酷に、 「ナノ。次は本当に足を撃つ」 一瞬フリーズする間に、エリオットがずかずかやってきた。 カウンター向こうの私に手を伸ばし、首根っこをつかむ。きゅう。 「いいから戻ってやれよナノ。ブラッドのやつ、あんたの下らない冗談につきあってる余裕はないんだ」 下らなくないもん! 私、頑張ってるもん!! 「何せもう十二時間帯もあんたの紅茶を飲んでないからな。超絶に機嫌が悪いんだ」 困ったように頭をかくエリオット。 そう。私はブラッドの仕込みを受け、類い希なる紅茶のマイスターに成長した。 だが今や逆にブラッドの方が私の紅茶中毒となり、三度三度の食事(+ティータイム)に私の紅茶がつかないとめっちゃゴネる。 「ちなみにそれで顔無しが何人か撃たれてるからね」 うっ!! た、頼むから命に別状は無かったと言って下さい!! 「お姉さんがボスのところに戻らないと、もっと犠牲が増えちゃうかもね〜」 止めて!! 私を脅すな、マフィアども!! というかエリオットが私をずりずり引きずっていく。 そしてあえなくカフェの外に連れ出された。 「止めてー!! マフィアに犯されるー!! だーれーかーあー!!」 通行人に必死に助けを求めたが、誰もがスッと目をそらし、遠ざかる。 「おまえら、ナノが戻ってこないよう徹底的に破壊しておけよ」 エリオットが双子に言うと、 「僕らに命令するなよ馬鹿ウサギ!」 「言われなくても、お姉さんの居場所は他にないって教えてあげないとね」 「ああ〜」 私が涙ながらに手を伸ばすのも虚しく、双子は嬉々として斧を振り上げ、私のお店(元空き家)の完全破壊に走ったのであった。 ………… ………… 「――はっ!!」 目が覚めると私はふかふかベッドの上であった。むろん全裸。 横には気だるい雰囲気を漂わせた伊達男がいる。 私は両手で顔を覆い、うなだれた。 「悪夢を見ました……」 すると横で寝ている男は面倒そうに、 「悪夢でも何でもないさ、お嬢さん。 君の家出はいつものことだし、君がカフェインを大量摂取して予測不能な行動に出、自滅するのもいつものこと。 君が面白いと本気で信じている言動が壊滅的に下らないのもいつものことだ」 「何やら凄まじい侮辱を受けていますが、それに反応する気力すらありません。 とりあえず、イライラしてる人に高度なツッコミを期待することが間違いだということは学習しました」 「…………。君が学習すべきは別のことではないかな、お嬢さん」 やっとツッコミ来た。わーい☆ だが喜ぶ間も無く、ブラッドに抱き寄せられる。 ちなみに寝る前、紅茶を淹れさせられ不機嫌なボスに散々『ご奉仕』を強要されている。 「君はいつまで経っても度しがたい子だ。だがそれが飽きない。口惜しいことに」 頬を撫でられ、キスをされる。 何か面白いことを言おうとした私も言葉を引っ込め、ゴロゴロとブラッドの手の感触に酔う。 「ブラッド。大好きです」 「嬉しいな、良い子だ、お嬢さん」 そしてまたキス。 あー、安心したら何か眠くなってきた。もう寝ようそうしよう。 私がブラッドの腕の中で眠りにつこうとすると、 「良い子だナノ――だからもう少し私のために頑張れるな?」 「…………はい」 そしてギシッとベッドがきしみ、私はあえがされながらシーツの海にしずむ。 結局またケンカに負け、順調にしつけられている私でありましたとさ。 あと、起きたらやっぱり時計塔に弟子入りしてこようっと。 おしまい☆ 6/7 続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 |