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 えらい間が空いた気もするが、気のせいだ。うん、そうだ。
 ここは時間が関係ない世界だもんね!

 …………

 私は一人考える。

 グレイは今頃どうしているだろう。
 ナイトメアにつきっきりで、私のことを考えるヒマもないだろうか。
 いや。優先順位というものがある。クソ夢魔の方が生命の危機がある。
 病床の恩人より私を優先してくれとか、ワガママ女の言うことだろう。

「どうした、ナノ」
「!!」

 ハッと我に返る。

「おまえの番だ。パスするか?」

 ユリウスはカードを二枚持っている。私はラスト一枚だ。
 といってもババ抜きの勝負中であるが。

「パスも何も、ラストターンじゃないですか……あのですね。ユリウス。
 一枚だけワザとらしく出しておくの、止めてもらえませんか?」

 すると時計屋はニヤリと笑う。

「馬鹿なおまえにも分かるようババを出しておいてやったぞ。
 ほら、取らないのか? こっちを取れば、おまえの勝ちだ」

 時計屋はクソ意地の悪い笑みを浮かべている。
 こいつ、引きこもりのくせに心理戦をしかけやがって……!
 取るべきか、取らざるべきか。
 本当にジョーカーだったら……いや、そうだと見せかけておいて……。
 ううううう。

「ほら早くしろよナノ。ペナルティだぞー」
 ジェリコはテーブルに靴を乗せただらしない格好のままニヤニヤ。

「ううう……――これだ!」
 ついに心理戦を制し、突き出されたカードを抜き放つ。
 そこには……邪悪な笑いの悪魔が……!!

「うわあああああ!!」

 カードを二枚、宙に放る。ユリウスが一枚をキャッチし、ペアになったラスト二枚をテーブルに放り投げた。
「私の勝ちだな。これでおまえの七連敗だ」

 ガクーッとテーブルに突っ伏す。

「こういうとき、不憫な少女を元気づけるため華を持たせるもんじゃないんですか!?」
「自分で言うか、馬鹿。だいたいスペシャルハンバーグプレートとメロンソーダフロートと
特盛りチョコパフェを完食した時点で十分、元気になっているだろう。
 少しは控えろ。太るぞ」
 ガーン!! てか全部覚えてるのか!!
 血も涙も無い時計屋の言葉にしくしく。

「ほらナノ、こっちに来い」
「ジェリコー!」

 腕を広げた館長に抱きつく。
 抱きしめられ、ゴロゴロしながら、懐をゴソゴソ狙う。
 そんな私の手をペチッと叩き、

「ナノはトカゲにも、俺たち相手のように、好き放題に接しているのか?」

 カードを片付けながらユリウスが言う。
 しししししし失礼な!!

「私もレディですゆえ、恋人にはちゃんとわきまえております」
 こりずに財布に手を伸ばし、笑顔の館長に、脇で締められ頭をグリグリされる。
 いたたたた!!

「お友達と、恋人とは違いますよ」

 甘えるときは甘える。時にはワガママも言うけど、仕事のときはまとわりつかない。
 グレイには私以外に、いや私より大切な人がいるのだ。
 分かってる。

「…………」

 視界がうるむ。

「ナノ……」

 グレイに嫌われたくない。

 お子様の恋人を持ってしまったと失望されたくない。

「考えすぎだ、馬鹿」

 コツンと頭を叩かれた。ユリウスだ。

「底なしに図々しい癖に、おまえは人の顔色をうかがいすぎる」
 ケンカを売られたのか、アドバイスをされたのか、意味不明なことを言われた。

「あの芋虫を見ろ。あんなどうしようもない男につきあい、上司と立てる男だぞ。
 おまえごときに少しワガママを言われたところで、見放したりするものか」
 ……でもナイトメアと私は違う。

「いえいえ。グレイにオープンマインドですよ。恋愛映画かスプラッタホラーかと
言われたら女の子としてはスプラッタホラー一択で――」
 ちゃんとワガママを言っていると胸を張るが、ユリウスはぶっきらぼうに、

「分かった分かった。馬鹿が馬鹿なことを考えて馬鹿の脳細胞をすり減らすな。寝ろ」

 そしてユリウスに飛びかかり、アッサリと背負い投げを食らってジェリコに受け止められた……。

 その後、私はユリウスの作業部屋で寝ると言い張ったが、当人に断固拒否された。
 それからジェリコに案内され、一番良い部屋で泊まることになった。
 
 …………

 そして。予想してはいたが、夢の中でナイトメアに会った。

「ナイトメア。グレイに謝っといて下さい。帰りが遅くなってごめんなさい。
 ちょっと墓守領で遊んでただけで、それ以上の意味はないですから」
「開口一番にそれか。君らしくも無い」

 夢魔はふわふわと、今にも死にそうなウスバカゲロウのように飛んでいる。

「ウスバ……不吉な言い方をするんじゃない!!」

「あー。はいはい。どうせグレイに頼まれたんでしょ? 別に何もないですよ」
「いや、あれはさすがにグレイが悪いだろう。グレイもとても反省――」

「反省なんていらないですよ。だってグレイが私を忘れる状況にまで追い込んだのは、
あなたでしょう。だから早く夢の空間から出て、グレイの仕事を手伝って下さい」

 あの人のことだから、寝る余裕があるならナイトメアに頼んで、夢を介して会いに来るはずだ。
 なのに来ないというのは、今もお仕事中の証拠だ。

「そこまで分かっていて、何でうじうじいじいじしているんだ。考え込むなんて君らしくもない」
 あー、もう! この夢魔、マジでうっとうしい!
「悪かったな。人の心をのぞかずにいられない性分でね」
 ミステリアス気取ってるが、芸能人の浮気スクープに踊らされる一般人の心理状態と何ら変わりない。
「なななななな何を言う!! 私はだなあ!」
「あーもう、ムキにならないで下さい。とにかくあなたのように人様に迷惑をかけて一片の
反省すら見られない方と違い、私には奥ゆかしさと気遣いというものがあるのです」
「……毎度ツッコミを入れるほど、私は親切ではないぞ?」
 フンッと横を向く。

「とにかく怒ってないし、遊んでて帰るのが遅くなったのは反省してます。
 そうグレイに伝えて下さい。あ、それと私一人で帰るから迎えはいらないって」
「…………」

 するとナイトメアは何か言いたげに私を見、それからフッと姿を消した。
 私は主のいない空間を、少し寂しげに眺め、ごろんと夢の空間に横になる。
 そして再びやってくるだろう真の眠りに備え、目を閉じた。

「はあ……」

 何をやっているんだか。どんどんどんどん考えが暗くなっていって、何も分からなくなる。
 そしてそれに合わせるように周囲の風景もどんどん暗くなっていく。
 もう、このまま寝ちゃおうか。ずっと、ずっと。
 そのとき声がした。
 
「ナノ!!」

 ……グレイ。息せき切って走ってくる。ヤな夢。

 そして目を閉じようとしたけど、グレイはかがみこんで、私を抱き起こした。

「違うよ、ナノ。今の俺は現実の俺だ。その、ナイトメア様が……」

 マジか。グレイ本体を夢の空間に送り込んだのか!!
 便利ですなあ、夢魔!!

「心配しないで。グレイ、お仕事に戻って下さい。私は大丈夫です。怒ってなんかいません」
「今は休憩時間だ。君こそ心配しないで欲しい」

 いや心配だし。グレイ、憔悴しているし。
 食事も取れないのかげっそりしていて、いつもビシッと締めているネクタイまで緩んでいる。
 まあ、あのブラック勤務の後で、無理に私のお相手をして、数時間帯睡眠の後、
デート、その後またブラック勤務に戻ればなあ。
 さすがのチート役持ちも疲れ切っていた。
 それなのに、

「その、すまなかった。本当に。あるまじきことだ。すまない……!」

 私の心配をするヒマさえ惜しい状況でしょうに。
 ちょっと背伸びをして、ネクタイを結び直してあげる。

「……ありがとう」
 夢の中で結び直したのが、現実でも有効なのか知らんけど。
「くすぐったいな、ナノ」
「じっとしてないから悪いんですよ」
「じっとしているよ」
 グレイは笑う。
 私はまだちょっとぎこちない手つきだ。
 けど、グレイはしたいようにさせてくれた。
「グレイ。怒ってませんよ。次の朝の時間帯に戻りますから、グレイもお仕事に戻って、
出来ればちゃんと睡眠を取って下さいね」

 頭なでなで……したいんだけど手が届かぬ。
 あ、グレイが何も言わずにかがんでくれた。すみませんねえ。

 しばらく存分になでなでした。首元のトカゲさんがよく見える。
 しまいには、頭を抱いてすりすりしてしまった。あ、いや、つい。
 べ、別にあなたに逢えなくて寂しかったワケじゃ無いんだからね!!

「…………」
「わっ!」

 がばっと抱きしめられた。何ごと!?

「すまない……俺は、いつも君の優しさに甘えて……」
「あ、甘え?」
 甘えているのは私の方だ。グレイの優しさにつけこんでいる。
「いえ、大丈夫ですから。もうホントにグレイも帰ってナイトメアのお手伝いを――」
「いいんだ、ナノ。俺の前で無理をして良い子になろうとしなくても」
「ですからね。そこまで気を遣わなくていいんです。私はあなたが働いてる間も
ぐっすり寝てたし、別に――」

「ナノ。俺に隠れて、仕事を手伝っていたんだろう?」

「…………」

 あ。あー。言っちゃった。
 すっごい気まずい雰囲気が流れた。

「それでデートに行く気力が無いくらい、疲れていたんだな?」

「……はい」
 
 グレイは眉間にしわを寄せ、少し厳しい声で、

「なぜもっと早く、そのことを言ってくれなかったんだ」

 そう言われるのが怖くって。

 …………

 いったい、どういうことか。

 話はデート前にさかのぼる。
 覚えておいでだろうか。グレイとデートの前、塔を上げてのデスマーチがあったということを。

 あのときは、さすがのグレイも、自分の仕事とナイトメアのフォローに忙しすぎ、私が
どこにいるかということにすら気を回す余裕がなかった。

 人手不足だから、もちろん手伝ってほしい。

 でも私は余所者。不思議の国の住人では無い、普通の子だ。

 グレイは信頼出来る部下の人たちに命令していた。
 私にちゃんと休憩を取らせ、規定の時間帯働いたら寝室に戻らせるように。
 だから私がちゃんと休んでいると安心していた。

 ……だが実は。グレイに隠れて私も手伝っていたのである。

 だってグレイでさえ、恋人に気を回す余裕のない忙しさなのだ。
 部下の人も、私が仕事部屋を出て行っただけで安心し、すぐ自分の仕事に戻った。

 でも実際のとこ、私はすぐ別の仕事部屋に入り、雑務を手伝ったり珈琲を淹れたり
していた。もちろん休もうと思わなかったわけじゃない。

 でも時間がデタラメの世界なのだ。
 気がつくと、グレイと同じくらい、私は働いていた。

 そしてようやく皆のデスワークが終わり、私もヘロヘロなままグレイの部屋に戻り、
グレイの帰りを待った。そして恋人に抱きしめられ、熟睡するつもりが。

『グ、グレイ。疲れたでしょ! 寝ていていいですから!』
『四十八時間帯も、君に逢えなかったんだ。どうしても君に触れたい……ダメか?』

 ……化け物並みの体力のトカゲに、身体を求められた。

 いや何で眠くないんだ、あなたは!
 寂しい思いをさせたからスキンシップがしたいって!? 
 いらんわ、ンな大人な気遣い!

 部屋が明るければ、グレイも私のやつれっぷりに気づいただろうが、あいにくと
部屋は暗かった。

 そして私には、『愛』という名の残業が始まったのであった。


 …………

 ……どうにか解放され彼の腕枕で寝たはいいが、五時間帯で次の朝が来た。
 HPなんて半分も回復してやしない。
 どす黒いクマを隠すため、慣れないメイクにまで手を出しましたともさ。
 で、気が乗らないデートの始まりとなったのだ。
 ちゃんちゃん☆

「大好きな珈琲を飲む気になれないほど、疲労していた。
 映画を観たら眠りそうだったから、観ないことにした」

 うん。あの状態なら、椅子に座った瞬間に爆睡する自信があったので。

「気づいてやるべきだった。なのに俺は自分のことばかり……本当に馬鹿だ」
「いえ、しっかり休憩取らなかった私の自業自得ですから」

 言えばグレイは休ませてくれたはず。頑張ったことを褒めてくれたはず。
 ……が、その前に組織の決まり事にも厳しいタイプである。
 恋人であろうと、仕事のときは私の上司なのだ。
 こっそり手伝ってたのがバレたら怒られるーと、言い出せなかったのだ。

「でもグレイも実はちょっと疲れが残ってたでしょ?」
「…………」

 でなければ私を置いて帰る、なんて大ポカをやらかすはずがない。
「無理しなくていいのに」
 もう一度抱きしめ、手を伸ばし、頭を撫でてやる。

「……ときどき、君が俺より大人に見えるよ」

 そんな私の手を取り、グレイが抱きしめてくれる。

「だけどな、それは俺の台詞だ。無理をしないでくれ。
 面倒くさいことは、俺に押しつけてくれていいから……。
 ワガママをもっと言って、俺を困らせてくれ。そして二人で、ケンカをしよう」

 ……優しくされると、疲れていた心がゆるむ。

「馬鹿。グレイのばーか。置いて帰るとか、ありえないし」

 やっと、押し殺していた恨み言が出た。すると上からフッと笑う声。
 それを聞いて、そこまで傷ついてないことに気がつく。
 ないがしろにされてたワケじゃないと分かれば、そこまで引きずることでも無かったのだ。

「ナノの馬鹿。ちゃんと休めって言ったじゃ無いか」

 両頬に手を当てられ、意地悪に力を入れられる。むぎゅ。顔が変になるから止めて。
 その手から逃れ、グレイの後ろに回って、背中を抱きしめる。

「格好つけ、過保護、変態。実は結構、アレなプレイが好きなくせに」
 うわ、視界が反転。どういう体術なのか、気がつくとお姫様抱っこされている。

「それに嬉しそうにつきあう君もどうかな。口では嫌がっているけど毎回――」
 間近に見える爬虫類の笑顔に、顔が赤くなる。
「ば、バカバカバカ!! あと時々、トカゲさんを出して私を驚かすイタズラ、止めて下さい!」

 珈琲の研究とかで、私がなかなかグレイに注意を向けないとき。
 首元のトカゲさんを実体化させ、スルッと私の服の中に潜り込ませる悪ふざけを
やらかすのだ。あの顔で。
 そして服の中にトカゲが入ったことで、パニックになり七転八倒する私をソファから
眺めるのだ。

 そして白々しく『ああ、気づかなかった。すまない。取ってあげるからこっちにおいで』と
言って――私に来させて、その後はトカゲを取ると称してあちこちお触りをし、
最終的にひん剥く。おのれ爬虫類!

「俺の相手をしてくれないからいけないんだろう? 飲み物を淹れるのが大好きなのは
いいが、他領土の友人をいちいち訪ねるのはやりすぎだ。特に――」

 あー。うん。ユリウスとかね。ユリウスとかね。ユリウスとかね。

「ま、前向きに善処いたします」
「ナノ?」
 
 ゾクッと殺意。

「グレイだけです。グレイしか見えていません」
 ギュッと勢い良く抱きついた。
「いけない子だ。俺を翻弄して」
 私を抱きしめ返しながら、ヒドいことを仰るグレイ。

 そして私たちはキスをした。
 お互いが心から愛おしくて。

 でもそろそろ起きる時間だ。夢から覚めないと。

「仕事が終わったら、デートのリベンジをさせてもらうからな。
 だからナノも早く戻ってきなさい」
「はーい」

 不敵な笑みを浮かべるグレイに、戦々恐々ながら離れた。

「それと次からは絶対に無理をしない。疲れたときは俺に言うこと」
「グレイもですよ。私だって、疲れた恋人を癒やしてあげたいんだから」
「君の身体と笑顔――コホン、君の笑顔が何よりも癒やしだから、俺はいいんだ」

 ……『身体』の方に重点を置いてなかったか? 今。

 全く、大人だけど子供っぽいトカゲさんの相手は大変だ。
 たかったり、たかられたりなんて関係はふさわしくない。対等でありたいし、そう努力すべきなんだろう。

 私たちは笑いながら手を振って、それぞれの夢から目覚める。

 さあ。目覚めたらユリウスとジェリコに思い切り愚痴ろう。
 そして呆れられ、背中を叩かれ、おうちに帰るのだ。

 何よりも大切なグレイの腕の中に!

 私は幸せな気持ちで、明るくなった夢の世界から、光溢れる世界に帰還したのだった!

 ――END




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