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■落ち着きの無い話

※グレイ落ち。
※クローバーの塔と墓守領と帽子屋屋敷がごっちゃになってる、適当な軸です
※夢主→紅茶&コーヒーに関してチートスキル持ち。若干頭が悪い。役持ちから
総愛され状態だけど、たいていろくな目にあわないので、本人は逃げ回っている
※夢主の寒いギャグや悪ノリ描写が多いので、地雷な方はご注意下さい<(_ _)>
※ここでのグレイは、クロアリバージョンでのグレイです。

※ 非 R 1 8 ! !


 あるとき。クローバー塔下の街の雑貨屋さんにて。私は悩み抜いていた。
「うーん。この珈琲豆……なかなかの掘り出し物ですね」
 店主の『早く買うか、さっさと帰れよ』的な貧乏揺すりは見ないフリをし、私の目は
珈琲棚に釘付けである。
 通の私から見ても、その珈琲豆はめったに出回らぬ逸品であった。
 これを手に入れたらさぞ上手い珈琲が出来るであろう。
 真っ先にユリウスの笑顔が浮かぶ。先日は52点という微妙な点をつけやがったが、
この珈琲を飲めばきっと……。

『1000点。もう教えることはない。おまえは私を遙かに超えたな』

「く、くくくくく……」
 ユリウスの当然の評価が脳裏に浮かび、思わず忍び笑い。
『ひっ』と店主のオッサンがビクついている。どうしたんだろう。
 もしくはグレイの笑顔が浮かぶ。一口飲むなり、

『おいしいよ、ナノ! 君は珈琲を淹れる天才だな!!』

 ……いや、この前珈琲を淹れたときもそう言っていたような。
 いやその前もその前も、さらにその前もだ!
 辛口採点も心を抉るけど、評価が最高点止まりってのもどうなんだろう。
 何か退屈で嫌だ。それにそれ、ある意味で味音痴なのでは……。
「い、いやいやいやいやいやっ!!」
 高速で首をぶんぶん振る。店主のオッサンがこっちを見ながら震えてる気もするけど
気のせいだろう。うん。とにかくグレイに対して、そう思うのは失礼だ。
 ならば、とナイトメアの顔を思い浮かべる。

『苦っ!! ナノ〜! もっと砂糖とミルクをたくさん入れないとダメじゃないか』
 
「お子様舌かっ!!」
 つい棚に向かって怒鳴りつける。
 ん? 店主のおっさんが立ち上がり、走ってどこかに行ってしまった。
 どうしたんだろう。こんな物騒な国でそんなことしたら、すぐ泥棒に入られちゃうのに。
 もちろん私は万引きする気などない。お金を置いていけばいいかと、いそいそと
財布を出し、口を開けた。

 無。

 そこには虚無の深淵が広がっていた。端的に言えば持ち金ゼロであった。
 時刻が昼から夕に変わる。
 無人の店内で、私は空の財布を見つめ、立ち尽くしていた。

 …………

 …………

 茜色に染まるクローバーの塔。その中を余所者が駆け巡る。
「グレイ、グレイ!!」
 早くしないと。夜になったら閉店してしまうかもしれぬ。
「どうしたんだ、ナノ」
 呼んだら出てきてくれたのは、スーツ姿の長身の男性。
 やや早足で私に近づくと、彼は嬉しそうに頭を撫でてくれた。ゴロゴロ。
「ん? どうした?」
 もう一度言ってグレイは少しかがむと、私に目線を合わせてくれた。
 いつまで経っても子供扱いなんだから。この扱いが居心地良くも、ちと退屈。
「君が俺を探してくれるなんて、珍しいな。どうした? 何か悩み事か?
 俺に出来ることなら何でも言ってくれ」
 優しすぎる。大人だ、グレイ!
「では、お金を貸して下さい!!」

 沈黙。
 
 グレイはスッと背筋を伸ばし、コホンと咳払い。私を見下ろし、
「ナノ。これは君のために言っているんだぞ。俺が普段から言っているように、
自分が使うお金は財布とよく相談をし、無駄な物を買ったり衝動で――」
 やばい。グレイがおかんモードに入ってしまった。
 だが言わんとすることはよく分かった。
「了解です、グレイ。では金銭を得るために労働をすればいいのですね!」
「そうだ。では俺と一緒にたまっている資料整理を三時間帯ほど――」 

「グレイ、私を一晩買って下さい!」

「――――っ」


 ……その後で死ぬほど怒られた。冗句なのに。
 でも怒る前、『――――っ』と、一瞬だけ間があったのは気のせいだろうか。
 とりあえず大慌てでグレイから逃げ、私は次のターゲットに向かう。

 クローバーの塔の中枢。ナイトメアの執務室の扉を開けて言い放った。
「ナイトメア、ナイトメア、お金を貸して下さい」
「奇遇だな。私も金がない!! だから人にたかろうとしても無駄だぞ!」
 たかるとは失礼な。永久に借りておくだけではないか。
「それを、たかると言うんだ!!」
 心が読める夢魔は面倒くさいなーと思っていると。
「悪かったな! 面倒くさくて甲斐性の無い男で!」
 何か勝手にイジイジし出した。仕方ない。
 その辺の燭台でもこっそり持っていって換金しようか。
「その本気と冗談が半々になった思考は止めてくれ! 君の人間性を本気で疑いたくなるから!」
 いや100%冗談ですって。私だって居候の立場くらいわきまえてますとも。
「嘘つけ! いくらになるか本気で試算してただろう!!」

「ナイトメア様……いい加減、ナノの思考と会話をする癖を止めていただけますか」

 後ろから頭痛が痛い感じなグレイの声。
 とっさに逃げようとしたが、襟首つかまれてしまった。きゅう。
 グレイは私を見下ろしながら、
「君も労働の尊さを知っていい頃だ。お金が欲しいんだろう?
 さあ、俺と資料整理をしに行くぞ」
 止めて。あれの膨大でクソつまらん行政書類を黙々と仕分けるとか、地獄でしかない。
 だが私は楽しそうなグレイにずりずり引きずられていく。
 するとナイトメアが頬杖つき、重々しく、
「グレイ。真面目な顔をしていかがわしいことを考えるのは止めろ。
 資料室でナノと二人きりになって何をするつもりだ、おまえは」
 するとグレイがギョッとしたような声で、
「!! な、な、何を仰るんですか!! ナイトメア様!!
 ナノに対してセクシャルハラスメントというんですよ。それは!」
 この世界にセクハラの概念なんぞあるのか。本能全開の人の方が多い気がするが。
 しかしナイトメアは私の思考にツッコミを入れることなく、グレイをいたぶる。
「セクハラなのはおまえの頭の中だろう。何でさっきから『私を一晩買って下さい!』を
延々リピートさせているんだ。廊下にいても聞こえるぞ」
「あ、あ、あれは、ナノが言ったから! あまりにも危ういことを言うと呆れて――」
「本当に買う妄想をする方もどうなんだ。しかも、どんだけマニアックなプレイを要求してるんだ、おまえ」
 見上げてるとグレイの顔が真っ赤、真っ青、真っ白と色々変色して――開き直った。
「マニアックでも何でもありません。ごく通常の範囲の行為です。
 まあナイトメア様にはお分かりにならないかもしれませんが――」
「な、何だと!? 少しばかり経験があると思って――」
 何か醜い言い争いになってきたので、私はグレイの手からそーっと逃れ、すっと
執務室から出る。
 グレイは私で何の妄想をしてたのか気にはなるが。
 まあ一晩中肩や腰のマッサージとか、好きなだけお説教とかだろう。
 色々ストレスたまってそうだし。
 あーあ。グレイは私をいつまでもナイトメア二号としか扱わないし、何もない。
 退屈、退屈、退屈。これじゃあ帽子屋屋敷のボスになっちゃいそうだ。
 というわけで珈琲だ、珈琲。お金を手に入れよう。
 砂時計がそこらへんにゴロゴロ落ちてるんだから、金もどこかにあるだろう。
 そして私は金を求め、クローバーの塔から出た。

 …………

「さて、誰にお金を借りたものですか……てかここ、どこらへん?」
 とことこと街を歩いてるつもりだったのに、気がつけば森の中だ。
 おかしいなー。墓守領に行こうかと思ったんだけど。
 だってユリウスとジェリコは押しに弱い――もとい、優しい人たちだから、私の窮状を
察して快く金銭を渡してくれるに違いない。
 そう思っていたら、茂みから赤い物が飛び出してきた。

「やあ、ナノ」

 何だ、ホームレスか。
  
 チラッと動くわいせつ物を見た後、私は逆方向に歩き出す。が。

「やあナノ!!」

「いだだだだだだだっ!! 止めて、こめかみ止めてっ!!」
「今、失礼なこと考えただろ?」
 笑顔で私を痛めつけるエース。何で分かるんだ!
 でも失礼も何も、今、ホントに廃棄車両で寝泊まりしてるんじゃん!!
「謝る、謝る! 謝りますから!!」
 男の暴力には勝てぬ。畜生。矜持を捨て謝罪し、こぶしでグリグリしてくるエースから
必死に逃れた――つもりだったが。

「何で抱きしめるんです」

「ん〜? 大好きな君が来てくれたから、すっごく嬉しくなっちゃって」
「来てないっす。迷っただけっす」
「それが、俺の所に来たって言うんだよ。俺と一緒に迷子になってくれるんだね」
 意味が分からん。
 ともかく、それで別の意味でも痛めつけたくなったと。
 いやスリスリしないで。下半身押しつけないで。何かホントにヤバい。
「ナノ……俺を慰めてよ」
 他の役持ちは、私が本気で嫌がれば止めてくれる(一部、例外あり)。
 だが、エースは基本、こっちの気持ちなんかお構いなしだ。
「大丈夫。優しくするから……ね。二人でさ。気持ち良くなろう?
 何もかも、どうでもよくなるくらいに……」
 耳元でささやかんで下さい。ぞわぞわしてくる。
「やだ、ちょっと待って。止め――」
 草むらに押し倒されそうになり、涙目になりかけたとき。
「おっと」
 エースがコートの裾を翻し、ヒラリと私から離れた。
 私は反射的に走り出した。うわ、いつの間にか胸元のボタンが開けられてた。
 走りながら大慌てでボタンを留める。何て手の早い……。
「あははは。また会おうな、ナノー!」
 後ろから声がする。二度と会いたくないわ、この変態がっ!!
 しかし誰が助けてくれたんだろう。まあいいか、と走っていると。

 ドン!

 何か大きなものにぶつかった。

「何をふらふらしているんだ、おまえは!」

 いきなり大声で怒鳴られた。
 見ると陰気そうな長髪眼鏡が疲れた顔をしていた。
「……今、失礼なことを考えただろう」
 そんなまさか。とんでもない。だが礼は言おう。多分ユリウスが何かして助けて
くれたんだろう。おかげで私の貞操が無事だった。
「ありがとうございます、ユリウス。おかげでホームレスに襲われずに済みました」
 敬礼するとコツンと頭を叩かれた。
「調子に乗るな、馬鹿者! そもそも、危険な森の中に自分からノコノコ入り込んだのは
おまえだろう!」
 親友をホームレス呼ばわりされたことへの反応はないのか。哀れな。
 だがユリウスの説教は止まらない。
「おまえ、また森に引き寄せられただろう。全く。おまえのように迷ってばかりの奴など、
あいつらには良いエサだ。最初に来たのが、あいつでまだ良かった。
 もし別の奴に目をつけられ、別の場所に引きずり込まれていたら今頃は……」
 ブツブツブツブツ。襲われる方がまだ良かったって、問題発言じゃなかろうか。
 あと『あいつ』とか、『あいつら』とか、別の場所とか何だろう。
 時計屋の言うことはよく分からん。今に始まったことではないけども。
「それはそれとしてユリウス。お手持ちのお金はありますか?」
 空気を変えるために質問したけど。
「全く、どいつもこいつもフラフラ迷ってばかりだ。少しは探す側の苦労を……」
 スルーされた。そして愚痴モードに入り出した。
 グチグチグチグチ。ぶっちゃけウザいが、誰も止めてくれない。
 どう声をかけたものかと悩んでいると、

「ナノ!!」

 ガバッと後ろから抱きつかれた。一瞬エースかと硬直するが、
「何だ、あなたですか」
 緊張を解く。エースより若い青エースだ。このサイズなら別に怖くない。
「ふーん? そういうこと言うんだ?」
「いだだだだだだだっ!!」
 何で大小そろってやることが同じなの!
 こめかみをこぶしでグリグリされ、しばし悶絶した。
「申し訳ございませんでした……」
「君、失礼だって人に言われるだろ?」
 青いのにいたぶられた挙げ句、ケンカを売られた。
 まあ間違ってはおりませんが!!
「はいはい。悪かったですよー」
 私は大人エースより若干若いエースの頭をポンポンと叩く。
「なれなれしいな、止めろよ!」
 微妙なお年頃なのか、嫌そうに手をはらわれた。
 ならいきなり異性に抱きつくあなたはどうなんだ……。
 けどツッコミを入れる間もなかった。

「で、何? 森でユリウスと二人きりで何やってるの?
 クローバーの塔に住んでるっていうのに、君って本当に気が多い子だよね」

 青エース。顔は笑顔だが目は一切笑ってない。
 不味い。時計屋セコムだ。下手するとひとけの無い場所で本当に斬られる。

「別にユリウスのことはどうも思ってませんよ。単に金をたかろうかと!」
「なーんだ、良かった!」
 良かったのか。でもエースの殺気は霧散する。とりあえずホッとしてると、
「ん? どうしたんです、ユリウス」
「……いや、何でもない」
 ユリウスの愚痴は終わってたが、その代わりひどくショックを受けた顔で、そこらの
木の幹に頭をガンガンぶつけていた。謎である。だが聞いておかねばなるまい。

「で、ユリウス。お金をお持ちですか?」

「誰がおまえに貸すか、大馬鹿者が!!」

 頭を叩く大変良い音と、クソ生意気な若者の笑い声が森に響いたのであった……。

 …………

「もう、どいつもこいつも冷たいです」
 とぼとぼと、クローバーの塔へ続く道を辿る。
 どうにかユリウスをなだめたけど、結局お金は貸してもらえなかった。
 唯一、本気でお金を貸してくれそうなジェリコは、お仕事で不在だって言うし。
 私はため息をついて、ぼやいた。

「ふう。どこかにいないですかね。利子ゼロでお金を貸してくれる心優しい紳士は」

「おや、誰かが私のことを呼んだようだが」

「…………」
 振り返るな、振り返るなと我が身に言い聞かせ、高速早歩きをするが。
「はい、お姉さんゲット!」
「ボスー、お姉さんつかまえたよ!? これで僕ら、臨時ボーナスだよね!」
 デカくなったバージョンの双子に高速で両脇を取られた!
 あとそのついでに、身体をさわさわ触るな!!
「バぁカ! そんな誰にでも出来る仕事でボーナスが出るか! クソガキども!」
 とエリオットの声。
 え。私を捕まえるって誰にでも出来るんですか!? 心が大変傷つくんですが!!
 帽子屋屋敷の面々と鉢合わせしたらしい。運が悪いにも程があるわ!
 だけど連中は私の精神的苦痛に頓着しない。
「じゃあお姉さん、帽子屋屋敷に行こうか」
「お姉さんもお金がないんだね。可哀想なお姉さん。僕らが可愛がってあげる」
 いらん。あと貴様らは決して対価を払わないタイプだろう。
「おら、なれなれしく触るんじゃねえよ、ガキども。それはブラッドのもんだ!!」
 エリオットが双子を追い払ってくれる。
 それはありがたいけど、人を『それ』扱いしないで。
 けどボスがスッと私の近くに立つ。
「さてお嬢さん。まずは屋敷に行き、その忌々しい珈琲の臭いを落とすとするか。私と、ね」
 ボスが笑顔である。だがいつものように触れてはこない。
 珈琲臭か! 珈琲臭が原因か!
 私、飲み物より優先順位が低いってどうなの!?
 泣きそうになるが、帽子屋幹部の面々に周囲をがっちり固められ、逃げる隙がない。
「誰か〜」
 哀れっぽく助けを求めるが、帽子屋屋敷の面々は談笑している。
「ああそうだ、エリオット。クローバーの塔には書簡を送れ。
 ナノは今後、帽子屋屋敷で暮らすと」
「やったあ! お姉さんが帽子屋屋敷に来てくれるの!?」
「ボスが臨時ボーナスとか出してくれないかな」
「ナノ! 今日はニンジン料理のフルコースで歓迎するぜ!」
 いや、それはいらん。ガクブルしていると上機嫌のボスと目が合った。
「安心したまえ。私は君を優しく、紳士的に扱うつもりだ」
 嘘つけ。いったい何でこんな目に。
 しくしくと泣きながら連行されようとしていたら。

「……おまえたち。大人しくナノを返せ」

 ものすごく低い声がした。
『…………』
 帽子屋幹部の面々は、誰も返事をしない。
 ただ銃や斧を、それぞれの得物を無言で抜く。
 行く手に立ちはだかるは、黒いスーツのは虫類。
「まさかとは思うが、一対四で勝機があるとでも?」
 トントンとステッキで掌を叩きながら、帽子屋が楽しそうに言う。
「小悪党そのものの台詞を吐くな。らしすぎて、反吐が出る」
 グレイは短刀を抜き、吐き捨てる。
「それを言うならおまえだって、らしすぎる正義の味方だな、トカゲ。
 そういう自信に満ちたツラを叩きつぶすの、嫌いじゃないぜ」
 目に残酷さの片鱗さえ漂わせ、エリオットが言う。
 この二人の仲はそう悪くなかった気がするけど……今は、違うらしい。
「行くぞ!!」
 グレイが飛びかかる。そして戦いが、始まった!!

 …………

「始まった――と見せかけ、さっさとナイトメアに私を移動させてもらうとか。
お見事な作戦です、グレイ」
 私はベッドの上で、パチパチと手を叩き、頭脳戦を制したトカゲの健闘を称える。
 だけど私の救世主様は、
「ナノ……君には山ほど言いたいことがあるんだが、いいか?」
 あ。青筋が額に浮かんでいる。さすがにふざけすぎたか。
「すみませんでした。二度とよそ様に金をたかろうといたしません」
 土下座する。ベッドの上で。

 ……何でベッドなのだろう。

 ちなみにここはクローバーの塔では無く、夜景がきれいなそれなりのホテルですが。

 あとお説教の前に、お風呂に入らされました。なぜに。
「助けに来て下さってありがとうございます。でもすごいタイミングでしたね」
 するとグレイはネクタイをほどきながら、苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
 ん? ネクタイをほどく?
「時計屋から連絡があった。君がこれ以上ふらふらしないよう、俺がしっかりしろと」
 ユリウスが? さっぱり意味が分からない。
 そしてユリウスを勝手にライバル視しているグレイは、どこか悔しそうだった。
「気づいてあげられなくて、すまない……」
 やけに罪悪感に満ちた目で、私を見た。彼も彼で意味不明だ。
「大丈夫ですよ。どこにも行ったりしませんって。私の家はクローバーの塔ですから」
 手をひらひらさせるが、ドンッと軽く押された。
「わ!!」
 軽いのに意外と強い力だったので、私は自分の身体を支えきれず、ふわりとベッドに横になる。
 ん? 真上にグレイ。起こしてくれるのかな?

「ナノ。君を一晩買おう。いや、買わせてくれ」

 私の頬を撫でながらグレイが言う。ん? 何だか頬が熱い。
 すごくドキドキして心臓が鳴ってる。
 他の人には何をされても何とも思わなかったのに、グレイだとすごく気まずいというか
恥ずかしくなる。おかしいな。冗談にしても冗談にならないことを言われたのに。
「グレイ……そういう冗談は……」
「俺がこんな冗談を言う男に見えるか?」
「――――!!」
 キスをされた。
 そしてグレイが私の服に手をかける。
 いつもの大人の余裕のない、性急な手つきだった。
「すまない。優しく出来ないかもしれない……もし辛い思いをさせたら、どうか許してくれ」
 この世界の皆は私に優しい。けど、グレイだけが優しく出来ないと言う。
 なのに何をされても許したい、と思ってしまうのだ。
 でもその言葉は口から出ず、後はただ、グレイに任せて目を閉じた。

「ずっと好きでした……グレイ……」

 …………

 …………

 そしてクローバーの塔の執務室にて。

「ナノ。珈琲を淹れてくれないか?」
「はいです、グレイ」
 グレイに頼まれ、いそいそと珈琲の準備をする。
 さあ。あの珈琲豆の初披露だ。腕が鳴るなあ。
「グレイはブラックですよね。ナイトメア、角砂糖は何個入れますか? ナイトメア?」
 いつも偉そうにふんぞり返っているナイトメアは、今はものすごーく不愉快そうな顔だ。
「あ、そうだ。この前は助けていただいてありがとうございました」
 礼儀正しくお辞儀をする。
「何十時間帯も経って、礼儀正しいも何もあるかあ!」
 夢魔は高そうな執務机をバンバン叩く。脱臼しないといいけど。
「いや、どれだけひ弱なんだ私は! とにかくグレイ! その妄想はいい加減にしろ!
 仕事が終わった後でいいだろうがっ!!」
「おや、思っただけで口にしたわけでも態度に出したわけでもありません。
 いかにナイトメア様であろうと、人の思考まで制限する権利は無いと思いますが?」
「制限したくもなるわ、昼間からそんな卑猥な妄想を垂れ流していたら!!」
 ほほう。
「いや、君も目を輝かせるな、ナノ」
 嫌そうなナイトメア。一方グレイは嬉しそうに、
「ナノ、興味を持ってくれているのか? 分かった。後でゆっくり教えてあげよう」
 いや何も言ってないって。だがグレイは乗り気である。
 ヤバい。これが俗に言う『開発される』というやつなんだろうか。
 この前の夜の時間帯、グレイの部屋でされたことより、さらに過激な何かが?
「……頼む。二重奏でそういう妄想に耽るのは本っっっ当に止めてくれ!!」
 泣きそうなナイトメアだった。で、私が珈琲の支度をしてるのに目をとめ、
「この子が欲しがっていた珈琲豆、買ってやったのか? グレイ」
 すると彼は妙に得意そうに、
「ナノのことについて、俺が責任を持たなければいけなくなりましたからね」
 よく分からないけど……私悪くないもん!
「いや悪いだろう……まあいいか。それでナノが落ち着くのなら」
 ナイトメアはあきらめたようにため息。
 よく分からん。そういえばユリウスに珈琲を淹れてあげたいんだけど、最近は
グレイにつかまってなかなか外に出られない。するとナイトメアが微妙な顔で、
「いや、時計屋はもう君の珈琲は――いや、いいか」
 よく分からない。でも時間が出来たらまた出かけよう。そのうちきっと。
 珈琲をカップに注ぎ、二人に持っていく。
 グレイはきつめのブラックを飲み、すぐに顔を上げ笑顔で、
「おいしいよ、ナノ! 君は珈琲を淹れる天才だな!!」
 いつもの褒め言葉を口にする。いつもと変わらない、最高点止まり。
 

 でもその『いつも』が、今は何より幸せで、嬉しいのだった。


 ――完――

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