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■トカゲ酒の作り方3

そのとき、視界の隅に本物のトカゲが走るのが見えた。
「……よいしょ」
ベッド脇の椅子から立ち上がり、ベッドに這い上がるとグレイの足の上に正座する。
「……っ!ナノっ!?」
突然の私の行為に驚いているグレイ。私は高熱にあえぐ彼を見下ろし、
「やっぱりおかゆが定番でしょうか?グレイ」
「い、いや。平然と話しながら、なぜ俺の足を圧迫するんだ?」
「サイズを比較して、より大きな脅威に寄りかかることにした次第です」
「……いつも訳が分からないが、今は特に君が分からない……何なんだ?」
「実はですね……」
説明しようとした私の視界に、またも黒いトカゲが走るのが見えた。
「よいしょっと」
「……ぐっ!」
私はグレイの足から腹部の上に移動し、正座する。
「ナノっ……き、君は、何を……!」
「防衛の観点からです」
「は、はあ……?」
グレイは苦悩する顔になる。
けれど弱っているせいか私をどけられないようだ。熱に苦しそうにしながらも、
「ナノ。乗るのは構わないが、もう少し下の位置に……」
「――っ!」
私はセクハラ警報に、ベッドから飛び下り、全速力で部屋の隅に走った。
「はは。冗談だから怒らないでくれ、本当に何もしないよ。ナノ」
遠くから笑顔で手招きしてくるグレイ。私はじりじりと後じさりしつつ、
「グレイなんて何も食べないでくたばっていて下さい」
「ナノ。そんなことを言わないでくれ。サービスするから」
黙れ、変態。
しかし、中指を立てようとした私の靴の上を、黒いトカゲが走る。
「――っ!!」
次の瞬間、私は全速力で突進し、グレイの胸にダイブした。
「……ぐっ!」
胸の『中』ではなく胸の『上』に。
今度は正座する余裕もなく、腹ばいになってピッタリとグレイにすがりつく。
肋骨への打撃に苦悶していたグレイだが、恐る恐ると言った感じで私に言った。
「ナノ……もしかして、あの小さなトカゲが怖いのか?」
「ここここ怖いわけないじゃないですか。ちょろちょろ走る黒い生き物なんて。
あの邪悪な生き物から私がグレイを守りますから」
「そ、そうか。それは、その、どうも……」
それにしても、グレイは何でさっきから手を首に当てているのだろう。

…………私は目をこらし、室内を鋭く見渡す。
あの邪悪な生き物が、今にも視界に入らないか。腹ばいになってグレイにすがり、
あたりを警戒している。
そんな私の下でグレイは、熱に苦しそうにしながらも、
「だ、だがナノ。そんな危険なものではないよ。小さなトカゲだぞ?」
「いいえ、あれは邪悪な生き物です」
私はグレイの上に腹ばいになりながら断言する。
「あれはきっと毒トカゲです。かみついて獲物をじわじわと始末するタイプです」
自分で言っていて怖くなり、なおさらグレイにしがみつく。
「ナノ。本当に大人しい。君にかみついたりはしないよ」
何でだかグレイは傷ついたような声だ。そして相変わらず首に手を当てている。
しかし私は脅威を排除すべく頭をフル回転させる。
「そうですね。ねえ、グレイ。粘着シートをお持ちですか?」
「は?」
唐突に言われ、戸惑ったようだが答えてくれた。
「ああ。確か工作用のものがどこかにあったはずだが、それで何か……」
「奴の通路にシートを置きます。引っかかったらライターの炎で……」
「シートはちょうど切らしていた!すまないな、ナノ!」
急に元気な声になるグレイ。でも熱は上がっている気がする。大丈夫かな。
心配になって、私はグレイの上から起き上がる。
「ナノ?」
「ご、ご心配なく。邪悪な生き物と対峙してきます……」
私は震えながらベッドから下りた。
「ナノ!小さな害のない生き物だ。す、すぐにいなくなる!」
慌てて言われる。けどグレイは起きる体力まではないようだ。
「そんなことを言って、あれは邪悪な生き物ですよ!?
普段だって、きっと虫とかミ○ズとかム○○とか食べてるに決まってます!」
「い、いや。大丈夫だ。ちゃんと人間と同じものを食べてるから……」
グレイが何か言っているけど、聞いていない。
そして椅子にかけてあったグレイのコートから重いナイフを一本抜いた。
「ナノ!?落としたらどうするんだ!危ないから止めなさい!!」
そういえば日ごろから『危ないから』とナイフには触らせてもらえないんだった。
「本当に怒るぞ、ナノ。トカゲはそのうちいなくなるから……」
グレイの声に説教モードが混じる。私はナイフの重さをずっしりと感じながら。
「すぐに終わりますよ……八つ裂きにしてきます」
私……コホン、グレイの安全のために。

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