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■白ウサギに拾われた話・前

※夢長編3のお話&ペーター落ちです
※システムの都合上、デフォルトの変換名が
『カイ』ではなく『ナノ』になります
※双子との関係成立前。細かいことは気にしない(・ω・)ノ


 こんにちは。ナノと申します。
 帽子屋屋敷に滞在し、可愛い双子と楽しく暮らしています。
 私は外見、能力共にごく平凡な部類だと思います。
 ……が、少し、いえ相当に無言なのが、私にとっても周囲の皆さんに
とっても悩みの種です。
 そして、あるとき、ある時間帯のこと。

 
 私は森を歩いていました。
 草むらの上に点々と赤い液体がこぼれ落ちます。
 ――もはや……これまででしょうか。
 私の脇腹にはザックリと傷がついております。
 ダラダラと赤いものが手をつたって流れているのです。
 布で傷口を押さえていますが、流れる赤い液体は止まる気配がありません。
 量もヤバイところです。
 視界がグルグルし、前に進んでいるのか進んでいないのか。
 全身が寒いです。しかし立ち止まるのも恐ろしい。

 なぜ私がこんな重傷を負ったのか。
 私を守ってくれる双子はどこにいるのか。

 ……はい。私の脇腹をぶっ刺した犯人は双子です。

 私は異世界に迷い込み、帽子屋屋敷の双子の門番の恋人……なんですかね?
 元々、向こうからの強引な好意の上に成り立っている関係。
 私はというと、双子を愛おしいと思えど、未だ恋愛感情が希薄。
 無口なこともあり、感情表現も愛情表現も苦手でした。
 とはいえ温度差があることは、十分すぎるほど自覚しており、日々、
努力をしていました。
 
 しかし数時間帯前。
 帽子屋屋敷にて、二人が私の行く手に立ちふさがり、悲しげに言ったのです。

『お姉さん、僕らのことが嫌いなんだね。分かってたよ』
『他の奴らにお姉さんを取られるくらいなら、いっそ――』
 
 ……DEAD END。お疲れさまでした、私。

 愛する双子に襲われました。
 エリオットさんが通りかからなければ、今度こそ終わっていたでしょう。
 現場は、それはもう大乱闘になりました。
『ナノ! 逃げろ! とにかく逃げるんだ!!』
 双子を押さえるエリオットさんの怒鳴るがまま。
 私は窓枠を何とか飛び越え、一目散に屋敷の出口へ。
 しかし、ディーかダムか、どちらかが投擲(とうてき)したナイフが
グッサリと私の脇腹に当たりまして。
 双子が追ってくるのも怖くて、立ち止まれずに逃げ続けました。

 私は森をフラフラとさ迷います。
 最初は時計塔を目指していました。
 しかし混乱と失血で方向感覚が失せ、気がつくと森の奥に迷い込み、
いったい、ここはどこなのか。
 ううう。ナイフを抜いたのは失敗でした。
 抜いた瞬間、あれだけドバドバと××が出るとは。
 ああいうときって、刃物を抜いちゃいけないんですよね。
 でも、いざ自分の脇腹にナイフがグッサリ刺さっているのを見たら、
抜かずにはいられませんよ。うんうん。

 ……これまで、ですか。

 ついに脳内軽口すらも叩けなくなりました。
 私は一歩も進むことが出来ず、その場に崩れ落ちます。
 視界が狭く、目がかすみます。
 暑さ寒さもだんだん感じなくなってきました。

 ――ディー、ダム。ごめんなさい。

 もっと私が気遣ってあげられていたら。でも全てが遅い。
 誰からも愛される世界で、誰にも看取られず消える。
 これもまた、私にふさわしい終わり方なのかもしれません。
 そのときでした。

「――ナノ!? ナノ、しっかりしなさい!!」

 何だか幻聴が聞こえてきました。
 誰かが自分のかたわらにひざまずき、声をかけてくれている気配。
「くそ、何があったんです。しっかりなさい!!」
 頬を力いっぱい引っぱたかれました。
 ――い、いたたたたっ!!
 ついでに、ものすごい力で傷口を縛られ、その痛みで覚醒します。

 ……ペーターさん!?

 赤い瞳に真っ白なウサギの耳。赤を基調とした服。
 ハートの城で一時期お世話になった、ウサギの宰相閣下です。
 私の視線を受け、彼はホッとしたように、
「……良かった。まだ意識はありましたか」
 ですが、すぐ険しい顔になり、
「しっかりなさい。傷は浅い! さあ、城まで行きますよ!」
 あ。はい。
 立ち上がろうとしたんですが、その前にペーターさんに抱き上げられました。両腕で。
 え? ええ!? ペーターさんが!?
 あれだけ雑菌だ何だと神経質な方なのに。
 よく見るとご自分の服を破り、私の傷口にあてて下さったようです。
 ついでに彼の服のあちこちに私の血がついて、いつもおきれいな
宰相閣下が、ものすごいことに……。

「何があったか知らないが、愚かなおまえは僕を頼って、こんな
ハートの城の近くまで来たのでしょう? 
 薄汚い野良猫だろうと、見捨てるほど、僕は外道ではありません」

 それはどうでしょうか……。
 ハッ! 一瞬だけ、私の心の闇が毒を吐いた気もいたします。
 あと、本来私が頼ろうとしたのは、ユリウスさんなのですが。
 どうやら方向感覚が狂ったせいで、ハートの城の方に来ていたようです。
 もちろん、そんなことは口に出来ません。
 安堵と共に、私はペーターさんの腕の中で目を閉じました。

 …………

 …………

 目を開けると、目に優しくない空間にいました。
 ……失礼いたしました。
 赤と白の凄まじいコントラストのお部屋です。
 私はあちこち包帯でグルグル巻きにされ、ベッドに横にされていました。
 この状況に、何となくデジャヴを感じるのは気のせいでしょうか。
 私は普通に起き上がろうとして、
 ――いだだだだだっ!!
 脇腹をでっかいキリで突き刺されたような激痛。
 涙目でベッドに戻ります。
「愚かな女だ。まだ傷も戻っていないというのに」
 呆れたような声が聞こえました。

 ――え?
 身体を動かさないようにし、目だけ転じると、ペーターさんの背中が見えました。
 デスクに向かい、お仕事中のようです。
 紙にペンを滑らせる軽快な音が響きます。
 彼は横目で私を見、眉をひそめます。
「寝ていなさい。一時は昏睡状態だったんです」
 ――あ、あの……。
 聞きたいことは山ほどあれど、私は無口でして。
 
 仕方なく天井に視線を移し、考えます。
 双子に斬られるのは二度目ですね。
 斬られ……斬ら……。

 目からボロボロと涙がこぼれ落ちました。
「……!? おい! 泣くんじゃありません! 醜い! 見苦しい!」
 背中を向けていたはずなのに、どうやって察したのか。
 ペーターさんは私の元に駆け寄ると、真っ白なハンカチでごしごしと
私の目元を拭いて下さいました。 
 ――すみませんすみません。命を助けていただいたのに。
 て、いたた! 鼻をすすったら、その振動で傷が!
「医師を呼んできなさい! 早くしないと撃ちますよ!」
 お部屋の扉に向かい、怒鳴るペーターさん。
 外に控えていたらしい兵士さんが、全力で走って行く音。
 私はペーターさんにお礼を言うことも出来ないまま、泣き続けました。

 …………

 あれから少しの時間帯が経ちました。
 私はずっとペーターさんのお部屋にいます。
 傷が痛んだり熱が出たり、ご迷惑をかけつつ、ベッドでウトウトしています。
 今もベッドでくうくうと……。
「ああ、イライラする。人がこんなに忙しく働いているのに、人の
ベッドで気楽に惰眠を貪るなど!」
 耳元で不機嫌そうな声が聞こえました。
 目を開けるとペーターさんです。
 ご自分も横になり、私を片腕に抱え、書類を見てらっしゃいました。
 
 冷静に考えてみると、なぜ私はペーターさんの部屋で静養している
のでしょうか。そしてなぜペーターさんは仕事場をご自分の部屋に
移してまで、私につきそって下さるのでしょうか。
 ついでに、私を抱っこしたまま仕事をする必要はあるのでしょうか。
 疑問だらけなまま、ペーターさんを見上げると、
「…………」
 ペーターさんの頬がうっすらと赤く染まります。
 そしてバッと目をそらしたかと思うと、

「べ、別に僕はおまえなどどうでもいい!
 だが死にかけた愚かなおまえが、最期に何としても僕に一目会いたいと
帽子屋屋敷から這って、あそこまで来たんです。
 ゴミ虫といえど多少は面倒を見てやらないと、哀れでしょう!」

 ……何だか記憶が、ひどく改ざんされている気がするのですが。
 そして私の比喩もひどくなっているような。
 しかし命の恩人にツッコミを入れるのも野暮でしたので、私は
ペーターさんの腕を枕に目を閉じます。
 ペーターさんが小さく息を吐く音。
 しばらくして、私が寝たと思ったのでしょうか。
 ペーターさんがそっと私の頭の下から腕を抜き、枕に横たえてくれます。
 肩までお布団がかけられました。
 前髪を撫でる手つきは、あまりにも優しいです。

「本当におまえは無口で、僕を苛つかせないな」

 頬にやわらかいものが触れた気がしました。

 …………

 ぐうぐう。
「ここで寝るなっ!!」
 ペーターさんの怒鳴り声に、ハッとして起きました。
 ハートの城の廊下です。

 あれから時間帯が経ち、傷が元に戻りました。
 で、動き回れるようになると、つい退屈して部屋を出てしまいまして。
「全く。迷子騎士ですか、おまえは」
 仁王立ちしたペーターさんに頭を下げました。
「暇をもてあましているなら、ついてきなさい。
 居候にでも出来る仕事なら、山ほどある」
 私の返事(というか反応)を聞きもせず、ペーターさんは歩き出します。
 私も慌てて後を追いました。


 怪我は治りましたが、帽子屋屋敷には戻れませんでした。
 あの後、ブラッドさんもやってきて、双子を止めたそうです。
 エリオットさんも叱り、ブラッドさんも常にない強い口調で二人を
諫めて下さったとのことですが、双子の意志も強かったとか。
 しばらくは戻らない方がいい、との言づてがありました。
 双子にもっとああしていれば、こうしていれば。
 後悔は数えきれません。
 読みかけの本、楽しいお茶会、エリオットさんとの散歩、何より
ディーとダムとの楽しい思い出。もう二人と会えないのでしょうか。
 帰れないとなると、そんなことばかりが思い出されます。
 私は夜、何度も泣いてしまい、ペーターさんをひどく苛立たせたものでした。
 しかし幸か不幸か、そのことで女王陛下からハートの城の滞在許可が
下りたのです。
『これだから男は。構わないよ。ゆっくり傷をお癒やし』
 以前、いろいろ失礼な真似をいたしましたが、その一言であっさり放免。
 かくてハートの城の仮滞在が始まったのです。
 ……それはそれとして、しつこいようですが、いつペーターさんの部屋を
出ればいいのでしょうか。


「これを。次はあれをそっちに。それから――」
 はいはい。
 ペーターさんは仕事場を再び宰相執務室に戻し、バリバリ働いておられます。
 私は以前のように『なんちゃって宰相補佐』な感じで、ちょこまか立ち回ります。
 あ。でもずっと寝ていたから、身体がダルく……。
「疲れたなら、そこのソファで休みなさい、寄生虫」
 ペーターさんが、大変に優しい言葉をかけて下さいます。
 仕事も一段落ついたので、御言葉に甘え、大人しくソファに腰掛けました。
 ペーターさんは嫌味を投げかけてくるでもなく、今まで通りに仕事をされます。
 二人だけのとても穏やかで静かな時間。私は安心して目を閉じ――。
 
「床で寝るんじゃない! 雑菌まみれになりますよ!!
 何だって目を離した一瞬の間に、床に移動しているんだ!」
 
 怒鳴られ、起こされたのでした。

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