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■劇的何とか計画10

「かといって、今さら元のドリンクスタンドに戻っても、前と同じに
なるだけだし……どうすればいいんでしょうか」
するとユリウス。ずいぶんと長いことだまっていた。
そして何度か私に何か言いかけ、やがて意を決したように言った。

「そういえばナノ、おまえが読みたがっていた珈琲の本を購入
したんだが……読みに来るか?」
「え?でも、もうすぐ休憩時間帯が終了ですし」
いきなり話題を変えられ、戸惑う。
ユリウスの言う本は確かに読みたいけど、今すぐはちょっと……。
「休憩時間帯が終了?おまえの店で何を言っているんだ。
休みたいときに休めばいいだろう。とにかく行くぞ!」
ユリウスは立ち上がり、私の手を引っ張って、ちょっと乱暴に立たせる。
「あ、ちょっと待って下さいユリウス。次の時間帯に、帽子屋領の予約が
入ってるんですって。ユリウスってば!!」
抗議したけど、ユリウスは止まってくれなかった。

そして一時間帯後。

「あ、あの、ユリウス!本はどこですか?私、早く帰らないと……」
間に合わない。今すぐ帰っても間に合わない。
私のいない店内で、ボスがどれだけ怒っていることか!
ユリウスの部屋のソファで、必死にもがくんだけど、
「うるさい!」
ユリウスに組み伏せられている。
圧倒的な体格差とユリウスの謎の勢いで、完全に抵抗出来ない。
――そういえばユリウスとは最近、ご無沙汰だったし……。
もしや、他の役持ちに出し抜かれて、嫉妬されたとか?
「せっかく、色んな役持ちの人と上手くやれるようになってきたのに」
よりによって帽子屋領の予約を蹴ったんだから、後でボスにひどくされる
だろうなあ。
「この、馬鹿が!あいつら骨の髄まで好きにされて判断力まで失って……」
私の抵抗が薄れたのをいいことに、着々と脱がしていくユリウス。
ついでに言うと、骨の髄はさすがに好きにされてないと思う。
でもユリウスに激しいキスをされ、素肌に触れられ――。
「ユ、ユリウス……駄目ですよ、あ……ひ……っ」
「ナノ……っ」
最後の一枚を無理やり脱がされ、身体を力ずくで開かされ――そこで
真っ白になって、何も分からなくなった。

…………

…………

「ほら、余所者さんの番だぜ」
「はいはい」
エースに言われて、私はボードゲームのチップを手にする。
場所はユリウスの部屋。私が定期的に片付けをするようになり、
少しはきれいになってきた。
えーと、チップは、ここはこうだから、ここに置けば……。
「あーもう!」
エースがイライラしたように自分のチップを放る。
チップの止まった箇所は、間違いなく王手だった。
「余所者さん、ちょっとゲームに弱すぎじゃない?相手にならないよ」
「あはは。昔から頭を使うのは苦手で」
その代わり身体を使うのは得意。無礼なガキには後で膝カックンしてくれる。
「もう少し強くなってくれよ、でなきゃ余所者さんと遊ばないからね」
馬鹿にされてるのか哀れまれているのか。
「はいはい」
ボードゲームを片付けていると、部屋の入り口でユリウスとジェリコさんが
話すのが聞こえた。
「ああ。ひっでえ状況だぜ。帽子屋領からダイヤの城から駅まで総攻撃
だからな。全員が怒り心頭だ」
ジェリコさんの声には楽しんでいる響きすらある。
でも何かあったんだろうか。尋常じゃ無い。
「すまない。本当に……」
「いいさいいさ。こんな派手なドンパチ、二度とお目にかかれないからな。
まあ俺は盛大に死に花を咲かせてやるから、おまえはあの子とエースを守ってろ」
ジェリコさんはやはり楽しそうだ。
逆にユリウスは、苦虫をかみつぶしたような顔に見える。
「馬鹿。縁起でもない冗談を言うな!……じゃあ、任せた」
ユリウスが扉を閉める。私は恐る恐る、
「あのユリウス、私もお店に戻りたいのですが……」
「駄目だ。二人でゲームでもしていろ」
劇的に改装され、売り上げも何十倍にアップした新しい私の店。
ユリウスにさらわれ、あれから一度も帰れていない。
不在のときに逃げ出せば、と思うかもしれないけど、曲がりなりにも
ユリウスは役持ち。
彼の支配下たるこの空間からは彼の許可無しに出られないのだ。
「やだよ、ユリウス。余所者さんは弱すぎるし。俺、旅に出たい」
遊びたいさかりのエースはぶうたれる。あと弱いとは失礼な。
「今はダイヤの国全体が荒れている。いいから隣の部屋で寝ていろ」
ユリウスがぶっきらぼうに言うと、エースは何か心得た顔で、
「はいはい。あーあ、邪魔者は辛いぜ」
わざとらしく嘆きながら、部屋の入り口に行く。
しかし最後に私を振り返り、好戦的な瞳で私に、
「ぜーったいに、『お母さん』なんて呼ばないからな!」
「は?」
ポカンとするユリウス。私は引きつり笑い。
本気で呼ばれたら腹筋がおかしくなるほど爆笑しますって。
そしてエースが去り――まあ隣の部屋にはたどり着けないだろうけど、
墓守領を出ることはないでしょう――私たち二人が残された。
「おかしな奴だ。さてと……」
「うわっ!」
お姫様抱っこされたかと思うと、ドサッとソファに下ろされる。
そしてのし掛かる時計屋。むろん逃げ場はどこにもない。
というか強要されて、抵抗出来た試しがない。
「あ、あ、あの、ユリウス!お仕事は……?」
「どこかの馬鹿な時計屋のように、仕事にかまけておまえを見失っては
本末転倒だ……私は見失わない」
意味不明なことを言われ、頬に手を当てられ、キスをされる。
「私はいつになったらお店に……」
「この激しい抗争が終わったらな」
ボタンを引き千切る勢いで私の服を脱がしながら言う。
「抗争って、三領土対墓守領の?
何でそんな激しい抗争になってるんですか?
原因は一体何なんですか?」
「さあな。どこかの馬鹿な役持ちが、全員で決めた合意を破ったらしいが」
噛みつくように私の肌に口づけ……て、本当に犬歯立てられた。いたた。
私は、激しい愛撫にあえぎながら、
「で……抗争は、い……いつ、終わるんです?」
「さあ、な。引っ越しが来るまで、かもな」
「ああ。なるほど……ん……引っ越しが起こったら、私も店ごと移動、
や……出来るかも、ですね」
「そんなことをされて、たまるか……その前におまえを、時計塔の女に……」
「え?」
吐き捨てるように言われ、よく聞こえなかった。
「何て言ったんですか?」
聞き返したけど、ユリウスは応えない。
――まあ、いいですか。
後はユリウスに任せ、天井を見ながら考える。


誰が勝つのかも分からない、私に関する長いゲーム。
もしかすると墓守領が負けて、また役持ちの玩具に逆戻りかもしれない。
引っ越しが起こって見知らぬ国に、一人放り出されるかもしれない。
時計屋にさらわれて、そのままかもしれない。
――お酒を作るのはちょっと楽しそうだったんだけどなあ。
きらびやかな店が、今頃になって惜しくなる。
――て、そういう中途半端さだから、フラフラしちゃうんですよ。
ひとまず現在の勝者、ユリウスに集中しようと彼を抱きしめる。
「ナノ……」
いつかどこかで見たものより、少し穏やかで、激しい瞳が私を見、
キスをする。目を閉じて、夢見心地で私も受け入れた。
――大好き……。
不思議の国の全てが。
だからどこにいても幸せだし、幸せではない。
ユリウスが愛おしい。
お店も少し懐かしい。
皆との場所が少し懐かしい。
私は全てに中途半端だ。
道化が遠くで笑う声がする。

「ユリウス……」
自分の方からもユリウスにキスをする。
そして驚いたように目を見開く彼に、微笑んだ。

銃声は遠く、問題は何一つ解決していない。
――でも、いい加減に決めないとですね。

「大好きです、ユリウス」

私のゲームは、これから始まる。


END

10/10
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