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■劇的何とか計画9

ここは私の店だ。ヘトヘトになるまで働き、今はお休みの時間帯。
お客様はいないはず。
私はカウンターに立って後片付けをしていたんだった。
もちろん肩と胸元丸出しのキラキラドレスで。
「珈琲。ブレンドは任せる」
ユリウスが怨念を貼り付けたような顔でこちらを睨んでいた。
扉には『準備中』の札を下げてたのに。でも、
「は、はい、ただいま!」
「それと……着替えてこい。今は昼間だ。そんな慎みのない格好では無く
いつもの黒エプロンになれ」
「はい!」
『ユリウス』の言うことには逆らえない。
私は慌てて店の奥に引っ込んだ。

「ふう。やっぱりこの格好の方が落ち着きますね」
ブルーマウンテンをユリウスに出すと、ユリウスはムッツリとうなずく。
「全く、おまえという奴は。男の機嫌ばかり取って珈琲の味が落ちたら……」
ブツブツブツ。
「ユリウスー。文句ばっかり言ってると珈琲が不味くなりますよ」
「…………」
睨まれたけど、とりあえず嫌味は止まった。
「おまえも仕事ばかりしていないで、横に座って飲め」
「はいです」
素直に従う。ダイヤの国だろうと、やっぱりユリウスには逆らえない。
私たちは座席をカウンター席からテーブル席に移した。
「それで、他の役持ちからの被害は減ったのか?」
三杯目の珈琲を飲みながらユリウスが言う。
被害、とは勝手に住居侵入されて好きにされることか。
「まあ、防犯面は確かに強化されましたので……」
鍵が頑丈になり、店に客が増えたことで、人がいない時間帯を
見計らって不埒な行為に及ぼうとする悪漢は激減した。ゼロではないけど。
「ならいい。生活はどうだ?売り上げが上がって少しは良くなったか?」
「それが、大半は借金の清算に回さなきゃいけないので」
「……以前と変わらないと?」
「ええ。それに……」
「それに?」
「シドニーとは、改装の件でモメてまして」
元はと言えば、ジェリコさんの計画を勝手に変更した黒宰相。
彼に責任があると思う。
店を元に戻すか、せめて費用の一部を負担しろとかけあってるけど、全く相手に
されない。それどころか話し合いと称して部屋に連れて行かれ……以下略。
陛下は全く止めてくれない。というかたまに混じってくるから困る。
「次は私を連れて行け。おまえは頭が弱いから話にならない」
……社会不適合者のあなたが言えた義理でもないのでは。
私は脱力して悩みを吐き出す。
「帽子屋ファミリーからも、店で扱う飲料について呼び出しを
食らうんですよ。扱ってるお酒の中には、帽子屋領の闇ルートを
使わないと手に入らないものもあるし、紅茶の茶葉だって……」
ユリウスに『もういい』と制された。結末が読めたらしい。
「それで好きにされるわけか。ジェリコは?大人しくしているのか?」
「……帽子屋領に脅されてる現状を話し合おうと、呼び出され……」
館長は本当に良い人だ。格下の帽子屋ファミリーに私が悩まされてる
コトを知り、真剣に考えてくれてる。必要なら動いてくれる。
ただし……若干の、ごく若干の対価を要求される。
「あいつめ。ナノの安全を考えていると言いながら、のうのうと……」
ユリウス、今度こそ陶器のカップを握りつぶしそうだ。
「トカゲは?チェシャ猫はどうだ?」
「……今、あそこは駅ですから」
駅。流通の中心地。別のとこから色んな物資がやってくる。
店で扱ってるあれやこれやの材料も。
その関係で駅に行き――以下略。
「おまえが忙しくなっただけで、以前と変わっていないだろうが!!」
ドンッとテーブルにカップが叩きつけられ、中身が盛大にこぼれる。
確実にひび割れた音がした。でもユリウスは気にも止めない。
「奴らに完全にだまされたな。役持ちと何かしら取り決めをするときは、
よく考えろといつも言っているだろう!!」
つかみかからんばかりだけど、それだけ私のために怒ってくれてるのだ。
「え、ええと、そうですね。ごめんなさい」
「謝って済む問題か!!」
どうしろと。
まあ、全員が意図しただけじゃないんだろうけど、役持ちに食い物に
される構図は変わってない。というかこっちから通う形式になった上に、
酔っ払いの相手という仕事も増え、疲労度が激増した気がする。

「かといって、今さら元のドリンクスタンドに戻っても、前と同じに
なるだけだし……どうすればいいんでしょうか」
するとユリウス。ずいぶんと長いことだまっていた。
そして何度か私に何か言いかけ、やがて意を決したように言った。

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