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■劇的何とか計画8

薄暗い店内に照明がほのかに光り、ジュークボックスからは
気だるげなクラシックが流れている。
あちこちのテーブルで、墓守領の構成員さんたちがうるさく騒いでいた。
そして、その店の一角のテーブル席では、
「ナノ……」
高級ソファに座るユリウスは、氷の浮いたウイスキーグラスを、
割れそうなほどに握りしめる。
ただでさえ不健康な顔は、今は超絶に不機嫌そうだ。
「いったい、何がどうしてこうなった……」
「いえ、その、陰謀にハマッたといいますか、動物と紅茶狂が主犯と
申しますか……」
同じくソファに座り、マドラーで水割りをかきまぜながら、私も言う。
「そうか?でもこっちの店の方が売り上げが段違いだろう?
俺たちだって、仕事の途中に楽しめるしな……おう、ありがとな」
私から水割りを受け取り、ジェリコさんが笑う。
「ほら、あんたも何か飲めよ。何だっていいぜ。
俺だってマフィアのボスだからな」
黒ウサギと帽子屋に計画を潰されたのに、結果オーライらしい。
「ナノさーん、頭ばっかり相手にしてないで、こっちの席にも来てくれよ!」
別の席で飲んでいた、墓守領のお兄さんたちが声をかけてくる。
「あ、はい!ただいま!」
彼らもお客様だ。そちらに行こうとすると、
「まあいいじゃねえか。あいつらには水でも飲ませておけば」
ジェリコさんが、立ち上がりかけた私の腕を引っ張った。
「ああ!頭!ひっでえ!俺たちだって客ですよ?」
「そうですよ、ナノさんと飲めるっていうから楽しみにしてたのに!」
部下たちからのブーイング。
でもジェリコさんは素知らぬ顔で私をソファに戻した。
「おい、ジェリコ!軽々しくそいつに触れるな!」
ユリウスはユリウスでやはり不機嫌そう。私をにらみつけ、
「おまえもおまえだ!帽子屋にホイホイのせられ、そんな格好で
酔っ払いの接待など、慎みのない!」
「え?この格好ですか?」
私は自分のドレスを見下ろす。
肩が露出し、胸元は限界までギリギリ。
確かに慎みがないと言えばないかも。
でも白やピンクで可愛いし、スカートは足下までしっかりあるし。
帽子屋のボスが『こういった店ではこういう服をまとうものだ』と強硬に主張し、
結局着るハメになってしまった。
――肩は涼しいけど、ちょっと可愛いかなと思ったり。
それ以前に、こんな私に今さら慎みを求めるんすか、ユリウス。
「いいじゃないですか、ユリウスさん。黒エプロンより似合うって!」
やはり他の席から誘ってくるお兄さんたち。
「ナノさーん!俺たちと飲もうぜ!高い酒注文しちゃっていいからさ!」
「うるさい!こいつを困らせるな!」
八つ当たり気味に怒鳴るユリウス。ジェリコさんは飲みながら笑ってる。
そして、扉をガンガン叩く音がした。外からは、
「おい!!時間帯が二つ変わったぞ!!次は帽子屋領だ!!
死人や葬儀屋は、さっさと金を払って出て行け!!」
怒鳴ってくるウサギの声。
上機嫌だった店内の雰囲気が一気に変化した。
「うるせえ!!俺たちはまだ飲んでるんだよ!!」
「ナノさんを困らせんじゃねえよ!!」
……お兄さんたち、銃を取り出しかねない勢いだ。
「まあまあ落ち着け。時間帯での入れ替え制ってのは話し合って決めた
ことだろう。ここは中立地帯に準じる扱いだ。出るぞ」
さすが修羅場慣れしたベテラン墓守頭。
ウイスキーを一気にあおると、立ち上がる。ユリウスも立ち上がり、
「……次はゆっくり説教に来る。会計は?」
地を這うような声で言われ、慌てて金額を計算した。
私のドリンクカフェの×××時間帯の売り上げより多い額だった……。

…………

…………

経過を整理するとこうなる。
店の防犯と売り上げが心配な私は、ユリウスの提案で店の改装を計画。
ジェリコさんに計画案をいただき、資金集めに奔走。
しかしダイヤの城で黒ウサギに別物の注文をされ、帽子屋屋敷では酒類の
取り扱いを半ば強要された。
勝手な改築の借金で、首が回らなくなったこともあって了承。

かくて、私の店は屋台同然のドリンクスタンドから、一人経営のバーという
とんでもない方向の進化を遂げた。
もちろん、今まで通り紅茶や珈琲も淹れる。
お触りやそっち系のサービスは厳禁。
接客は私一人、お酒は飲まない。
争い事を避けるため、決まった時間帯ごとの入れ替え制。
うーむ……何か本当に高級クラブ気取りというか、非効率この上ない。
しかし売り上げは確かに破格だ。下に恐ろしきアルコール。
そしてこれまで役持ちに遠慮して、声をかけられなかったという
顔無しの方が結構いらっしゃる。
『ずっとナノさんとお話したくて……』『夢みたいです』などと
身に余ることを仰って、高いお酒をばしばし注文される。
何かだましてるようで罪悪感が……。ああ、罪悪感といえば、
『こっちの方が似合ってるんじゃない?皆と円満にやってるみたいだし』
『けっ!そういう顔でも胸でもねえくせにケバい服着やがってよ……ドンペリ一本』
顔無しじゃないけど役持ちらしい、変な人たちも来たけど誰だったんだろう。

「おい!」
「はっ!!」

不機嫌そうな声に言われ、我に返った。

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