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■トカゲ酒の作り方2

私は談話室の小さなカフェで走り回っています。
「二十三番のブルーマウンテンのお客さま、お待たせいたしました!
はい、ダージリン・オータムナルですね。出来ましたら番号をお呼びいたします!」
カフェは大忙しです。私は黒エプロンをして、忙しく働きます。
といっても一人経営なので、そんなに効率的じゃあないけれど、塔のお客さまは
皆さん分かっていて、ちゃんと待っていてくれる。
大変だけど楽しい時間だった。そして手早く紅茶を淹れていると、
「ナノさん、アルコール扱ってるかい?」
常連の顔なしさんが聞いてきた。私は慌てて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。お仕事場ですし、お酒はちょっとないんです」
「ワインかブランデーをちょっと入れるだけでいいんだけど。何か熱っぽくてさ」
「すみません……」
もう一度謝ると、顔なしさんはいいよと笑って去って行った。
でも顔なしさんは、確かに体調が悪そうで風邪の引き始めな感じだ。
「そういえば、よく見ると……」
談話室のあちこちで咳き込む音や鼻をかむ音が聞こえる。
「風邪の流行ですか。私も気をつけないといけませんね……でもお酒ですか」
気付けにはいいかもしれない。
体調が悪いからといって、すぐに休める人ばかりではないのだし。
「グレイに聞いて、カクテルの扱いも考えてみますかね」
グレイのための特製ココアを用意しながら一人ごちる。
でも結局グレイは、私が働いている間、カフェに来なかった。

…………
「はあ……疲れましたです」
グレイより先に仕事を終え、ベッドに帰還する。
ドサッと気だるく布団に身体を横たえ、大きく伸びをした。
「そろそろグレイが帰ってくるころですか」
クローバーの塔の夕暮れを見ながら、私はため息をつく。
お互い料理下手。無理せず、仕事のときは外食にしようと言ったこともあるけど、
グレイは私に何か作ることにこだわっている。
「今回こそはまともなプレイ……じゃない、まともな食事だといいのですが」
自分の料理の腕も無残なレベルとはいえ、いい加減に栄養が偏る。
そろそろ『ナノに手料理を作る』ことに飽きていただけないものか。
そのとき部屋の扉をノックする音がした。
グレイが帰ってきたらしい。
「ナノ、俺だ。開けてくれ……」
「?」
グレイの声だ。でも、なぜ自分で扉を開けないのだろう。
それに気のせいか声が弱い。
私は素早く扉の前に走り、警戒しながら低く問いただす。
「グレイなら答えてください。あなたのお持ちになった食材は何ですか?」
「……すまない。即席麺と湯だ」
嘘だ。グレイにお湯を沸かすなんてハイレベルな料理が出来るわけがない。
「そのお夕飯は、異臭を放っていませんか?蛍光色を発してはいませんか?
表面温度が数百度に達してませんか?産地偽装した牛肉を使用していませんか?」
「いや、牛肉は使っていないが。悔しいが、全て買った物だ。
君のために料理をする時間がなくて……」
「お帰りをお待ちしてましたよ!グレイ!」
私は満面の笑みで扉を開ける。そして、笑顔のまま固まった。
「ど、どうしたんですか、グレイ!?」
あの補佐官殿が顔を赤くし、扉近くの壁にもたれていた。

グレイは体調が悪いらしい。
――そ、そういえば風邪が流行ってるみたいでしたね。
彼はそれでも、私を見ると、精一杯と思われる笑みを浮かべ。
「た、ただいま、ナノ。昼間は君のカフェにいけなくて本当に……」
「そんなことはいいですから、早く中に入って!」
よろめきながら室内に入ってきたグレイの手を取ると……熱い。
額に手を当てると、やはり熱かった。かなりの高熱だ。
「ひどい熱ですよ!……早く横になって!」
オロオロしつつもグレイを支えながら、ベッドの方に押す。
とりあえずグレイのコートと上着、靴下を急いで脱がせ、ベッドに横にさせる。
そして暖かい布団をかけて、キッチンから冷たいおしぼりを持ってきて額にのっける。
グレイも横になり、少し落ち着いたようだった。
「早く直しましょうね。ご飯にしましょうよ」
と私は微笑んだ。

…………
私は優しく、グレイの口元に夕飯を差し出す。
「はい、グレイ。あーんしてください」
すると沈黙があり、
「……ナノ。サンマは病人には少々酷だと思うんだが」
「そうですね。塩気がちょっと強いですものね」
頭からバリバリと、40センチほどのサンマをかじりながら首をかしげる。
朝食のサンドイッチの残りだけど、結構美味しいなあ。
でも即席麺は病人には不向きだ。
「グレイ。何か食べたいものはありますか?」
すると、黄の瞳が悪戯っぽく光り、
「俺が今すぐ、一番食べたいのは君……」
「濡れたハンカチを顔にかける安眠法をご存じですか?」
「……冗談だ」
ちなみに本当にかけるとお花畑に行きます。よゐこは決してしないように。
グレイは微笑みながらも少し元気のない声で、
「ならココアが飲みたい。君のココアなら、元気になれそうだ」
「うーん、ココアですか」
淹れてあげたいけど、ココアはカフェイン入りだ。
カフェインは胃にも負担がかかるし、眠りが浅くなる。病人にはオススメしない。
――本当にお酒を買ってきますかね……グレイの好きなのって何でしょう。

『トカゲ酒は……トカゲ酒は美味いんだっ!!』

「――はっ!」
あわてて邪念を振り払い、考えを改める。

そのとき、視界の隅に本物のトカゲが走るのが見えた。

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