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■劇的何とか計画5

私は森の中を歩いていた。
帽子屋屋敷に行かねばならないものの、どうしても気が進まず、ノロノロと
遠回りしてしまう。
「うーん……お金をどうするか、ですね」
ユリウスに店の改装と防犯設備強化を提案され、ジェリコさんに建設
計画をいただき、それを城の宰相閣下が勝手に書き換えた挙げ句、
建築業者?に発注。
当事者たる私の元にはゼロが大量に並んだ請求書が届いた。
で、頼る者の無い余所者は、帽子屋屋敷の知人に金を借りに行く途中。
……結末が見えすぎていてね、もう。
帽子屋の××に頼らず何とか出来ないものか。
……でも他にアテがない。
「うーん……ん?あれ?ここは?」
私は立ち止まる。
真剣に頭を悩ませているうちに、変な場所に迷い込んだみたいだった。
そこには木々が開けた、広い空間が広がっていた。
そびえ立つ歪な鏡の群れ。結晶石を鏡で覆ったかのような、不思議な造形物。
「な、何なんですか。この不気味な空間は……」
ビクビクしながら歩いていると、

「鏡を見て、その嫌そうな顔。もしかして俺のことを考えていない?」

道化師のような変な格好をした方に声をかけられた。
会ったことがあるような無いような……だが確信を持って言える。
こいつは敵だ。
「…………」
私はその方の格好をチラッと眺めた。
見た感じはアレだけど、お金は持っていそうだ。
「すみませんが、あなたのお仲間は周囲にいらっしゃいますか?
あなたが助けを呼んだらすぐ来てくれるような……」
すると道化師の方は首をかしげ、
「ん?いないよ?誰か別の奴に会いたかったの?
あと、俺は別に助けを呼んだりしないけどなあ」
それは好都合。
私はちょっとかがみ、地面のこぶし大の石を持ち上げる。道化の方は、
「それよりナノ、君は俺に会いに――」
私は石を後ろ手に隠し、にこやかに、
「唐突ですみませんが変な方。実はわたくし、姉に関する長年の罪悪の
記憶を清算することにしました」
すると道化師の方、
「は?それ、君の設定じゃないだろ。何、図々しいこと言ってるのさ」
「そういうわけで有り金を全て……もとい私の中の罪よ、消え去りなさい」
と、石を振りかぶろうとし、
「ちょ、ちょっと待ってよナノ!!言い直す前に何て言ったのさ!
あと適当な理由作って、俺を始末しようとしないでくれよ!!」
道化師の方は慌てたように数歩下がる。
しかし自分の罪を清算し、この世界に所属したいと真摯に望む私は、
邪悪な……いえ、決意を秘めた澄んだ瞳で、
「今、私は非常に金銭的に困窮……いえ、本当に罪をぶち壊したいのです。
そこに都合良く……コホン、王子様のごとく現れたあなたはサーカスの
団長という高給取り。これはまさに、討ち滅ぼせという天啓」
「狙いすぎたセリフって、逆にツッコミが難しいんだけど……」
冷たいことを仰る。
「いいじゃないですか。ピンチのときに助けてくれる仲間もおらず、
言動が言動。リアルのお友達すらいないと察せられます」
「大きなお世話だよっ!!あとサーカスの団長って、そこまで給料は
高くないからね!!」
何だかんだ言いつつ突っ込んでくれる人が好き。
でも道化は腕組みをして、私の持っている石を見、意地の悪い笑みを見せ、
「まあ威勢のいいことを考えてるみたいだけどさ。
いくら何でも、君に倒されるほど、俺は弱くないよ?」
う。何だかよく分からん道化といえど、この世界の男性。
余所者の小娘との力の差は歴然ですよね、そうですよね。
「そうですね。長年異世界で、清純にやってきたのに、ここで手を汚すなど、
ヒロインにあるまじきことでした」
石を地面に放り投げ、肩をすくめる。
「ナノ、俺はいつもツッコミを入れるほど親切じゃないよ?」
血も涙もない道化め。
「それでは、お金が得られないのなら私はこれで」
クルッと背を向け、どこかに去ろうとしたとき、
「っ!!」
道化師に後ろから抱きしめられた。
「せっかく来てくれたんだ。もう少し俺と一緒に過ごさない?」
抱きしめる力は意外に強く……くっ!ふ、ふりほどけない!!
「この×××!!変態!変な格好!!」
もがきながら叫ぶと、
「変な格好?ふうん。君は監獄の制服の方がお気に入りかな?」
耳元でささやかれました!!
凍りついていると、地面に押し倒される。
「駄目!止めて……!」
が、不思議なもので、一回だけまばたきする間に周囲の風景が変わって
いました。柔らかな草むら、ではなく監獄です。
背中の石畳が冷たいっす。
「ジョーカー相手に、ちょっと調子に乗りすぎたね、ナノ。
おしおき、大好きだろ?たっぷりしてあげるよ」
そう言って笑う道化は、いつの間にか監獄の所長のような制服になっていた。
そして私に覆い被さり、キスをする。
う……ねじこまれる舌が……ん……っ。
フッと襟元に息を吹きかけられ、鎖骨のあたりが寒くなる。
ついでに背筋も寒くなる。
私は両腕両足を押さえつけられながら、
「えーと……その……すみませんでした!
調子に乗りました!お金貸して下さい!」
「じゃ、ちょっと楽しませてもらわないとね」
そう言って監獄の所長は、私の上着に手をかけたのであった。

……良い子の皆さんは真面目に労働しましょう。
でも、私だって真面目に働いてるのに。しくしく。

…………

帽子屋屋敷の門の前には、誰もいなかった。
でも私は中に入らず、とある疑問に首をかしげる。
「……いつの間に、こんな大金が?」
いくら考えても理由が分からず、私は首をかしげる。
摩訶不思議。ダイヤの城を出て、森をちょっとさ迷って、帽子屋屋敷に
来るまでに、なぜかふところの所持金が増えていました。
お金を拾った記憶もないのに……。
「ひぃ、ふぅ、みぃ。結構ありますね……。い、いたた!」
謎のダルさを感じ、顔をしかめる。
「……ちょっと身体がキツイですね」
何だか帽子屋屋敷の訪問が面倒になってきた。
ふところにあった金は、請求額には遠く及ばないけど、そこそこある。
残りのお金はジェリコさんかユリウスに立て替えてもらい、
新しい店で働きながら返していけばいい。
「おお!名案じゃないですか」
ポンと手を叩き、にんまり笑う。肩の荷がすっかり下りた気分だ。
「では帰りましょう。第一、ちょっと若返って、大人げなさに拍車の
かかった紅茶狂男になんか、頭を下げる必要はないですしね。
ああ、馬鹿馬鹿しい。あはははは」
自分の新しい店に帰るべく、クルッと反転し――止まる。

「大人げなさに拍車のかかった……さて誰のことだろうな」
「ブラッドじゃねえだろ?ブラッドは俺の憧れの男だ!!」
「昼間からよその領土の門の前でブツブツとか、休憩取ってる?お姉さん」
「お金の心配はいいことだよ。気が合いそうだね、お姉さん」

目の前に何かがいた。

「さて、君があの店について、大胆な改装を試みていると小耳に挟んだが……」
ブラッドの目は、獲物を追い詰める、愉しげな目だった……。

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