続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■不思議の国と私・中

「私はクローバーの国で正式にマフィア入りし、現在は幹部待遇で勤めさせて
いただいています」
私はシンプルに説明を終えた。すでにマフィア入りの儀式も終えている。
ブラッドの女ということで、幹部待遇だけど、組織内の実力は不明。
何百位くらいをさまよってるのでは無いかと予想しているけれど、周囲の扱いは
『姐さん』である。うーん。
アリス姉さんたちは、頭が混乱しているご様子だった。
「大きなお怪我がなくて何よりです。では、行きましょうか」
私は立ち上がって扉を開けた。

…………

それから部下を伴い、私たちは敵アジトの外へ出た。
私たちの掃討作戦は成功だったようで、残存勢力の襲撃なども無かった。
道中、アリス姉さん達は、ものすごく色々聞きたげだったけど、私たちの安全を
優先してか、沈黙を守ってくれた。
「はあ。やっと出られましたね」
建物の外に足を踏み出す。ああ、外の光と空気が気持ちいい。
突入時は夜だった時間帯も、今は清々しい青空に変わっていた。
「ナノ」
ブラッドの声がする。
外にはブラッドやエリオットたちが待っていた。誰もが硝煙の匂いと赤を
まとっている。ブラッドがまっすぐこちらに来て、
「ナノ。ご苦労だったな」
しかしまず私は、ブラッドの前でビシッと敬礼する。
「作戦終了しました、ボス!負傷者若干名。人質二名に怪我はありません!」
「……そういう『ノリ』は不要なのだが」
エリオットは晴れ晴れした顔で、
「姐さん、おかえり!無事で良かったぜ!」
私は敬礼を解き、
「エリオット、医療班にアリス姉さんを――」
続きを言おうとしたとき、グイッと肩を捕まれる。
一瞬だけ緊張したけど、ユリウスさんだった。彼は私の前に出て、
「おい、帽子屋!どういうことだ!
なぜナノにこんな危険なことをさせる!」
怒鳴りつけた!
するとエリオットがブラッドを守るように前に出、敵意むきだしの顔で、
「時計屋!助けてもらっておいて、その態度は何だ!!」
まだ抗争気分が抜けないのか、銃を構える部下も何人かいた。
けどブラッドは全員を手で制する。そしてユリウスさんに、
「ナノの決めたことだ」

で、納得するユリウスさんでは無かったようで、
「おまえ、ナノを好いているのではなかったのか?なぜ自分の女を――」
「ユリウスさん。自分で決めたことです。後悔はありません」
「ナノ。おまえも正気か?奴らに脅されているのでは……」
「俺たちがそんなことをするかよ!!」
で、やはり突っかかるエリオット。ユリウスさんは八つ当たり気味に、
「うるさい!ウサギは巣穴で黙っていろ!!」
「俺はウサギじゃねえ!!」
ああ、場が荒れる荒れる。それに、せっかく何度も国が変わって再会
出来たというのに、心配させてしまった。胸が痛い。
アリス姉さんは、ときどきこちらを見ながらも、医療班の人たちの質問に
あれこれ応えていた。
そして人質と救出メンバーの間で銃撃戦が始まるかというとき、墓守頭が現れた。
「ユリウス、アリス!無事だったか!」
マフィア装束の墓守頭が、まっすぐユリウスさんたちに駆け寄る。
「ジェリコ!」
アリス姉さんもユリウスさんの隣に戻った。
「あ、ああ。感謝する。アリスは大丈夫だ」
「うん……ありがとう。ジェリコ」
お二人は素直に喜べないといった様子だった。で、こちらをチラ見してくる。
まあ感動の再会にしてはスッキリしないかもしれない。
――でも二人が助かって良かったです。
それが一番。嬉しくて笑っていると、
「ナノ。君も疲れているだろう。戻るぞ」
いつ横に来たのか、ブラッドが私の腰に手を回してきた。
「しかし二人で帰るのに、その格好では少々、色香に欠ける」
ブラッドが指をパチンと鳴らす。
すると便利なもので、私の武装がフッと解除され、屋敷での軽装に戻った。
身体は軽いけど、武器防具が無くなって、ちょっと落ち着かない。
「ブラッド。銃くらいは下さい。屋敷まであなたを護衛しないと」
「不要だ。それに、たまには私に護衛をさせてくれ。お嬢さん」
「でも……」
ボスは笑って、私の頬の汚れをぬぐう。そして耳元でささやく。
「屋敷についたら、一緒に汚れを落とそう」
「…………」
私は顔を赤くし、それ以上は何も言えない。力強く回される手に安心する。
「ナノ」
アリス姉さんがこちらに寄ってきた。アリス姉さんもお疲れ気味だ。
するとブラッドが、
「アリス。積もる話はあるだろうが、君もナノも疲れている。
今は解散しよう」
「アリス姉さん、あなたを助けられて良かったです。またお会いしましょう」
頭を下げ、行こうとする。すると、手をつかまれた。
アリス姉さんは、さらに美しくなった目を潤ませ一言、
「……会いたかったわ」
「私もです」
微笑み合う。巡って巡ってやっと会えた。『家族』が目の前にいる。
この人たちは絶対に『代わり』なんかいない、代えの利かない人たちだ。
「今度、たくさん話をしましょう。皆で、いっぱい……」
「ええ!」
空はただ青い。


そして時間帯が夕刻に変わる。
破壊し尽くされたアジトには、まだ硝煙と赤の匂いが濃い。
場は解散ムードだ。墓守領の構成員や帽子屋領の使用人は、互いに挨拶を
することもなくそれぞれの領土へ。
墓守頭は事後処理についてエリオットと話し中。
アジトの中や外の『お掃除』をしているネズミさん。
『地下室』連行予定の顔無しを、こづいている者もいる。
彼らの倫理観には未だについていけない。
顔を背けたくなることもある。それでも……。
「それじゃあ、また」
ボスに腰を抱かれながらアリス姉さんたちに手を振る。
「ナノ!ありがとう!約束、必ずよ!」
ユリウスさんはまだ納得出来ない顔ながらも、ぎこちなく手を振って来た。
私もユリウスさんに微笑んだ。
「ナノ」
ふいに私の腰をつかむ手に力が入る。
「ブラッド、どうしました?」
「私だけを見なさい。浴室で、おしおきされたくないのなら」
ちょっと不機嫌そう。言葉の後半……外で堂々と言わなくても。
「ナノ」
「はいはい。私はあなたの物ですから」
「ナノ?」
「はい」
はい、は一回。
ボスが私を抱き寄せ、髪に口づける。
「分かっているのなら、そばにいなさい。永遠に私のそばに」
「……はい」

それでも私は、不思議の国が大好きだ。

31/32
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -