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■トカゲ酒の作り方1

夢の中で誰かが絶叫していました。

『トカゲ酒は……トカゲ酒は美味いんだっ!!』

…………
「ん……」
髪を撫でられる感触に、私は薄目を開ける。
「ん?」
真っ先に目に入る、爬虫類の黄の瞳。
「んんん?」
「ああ、起こしてしまったか。すまないな、ナノ」
「んー……」
何となく寝ぼけ声で答える。
そして下着姿のまま、ふかふかのベッドに顔をうずめ目を閉じる。
すると優しく笑う声。
「もう少し寝ているか?昨夜は俺が頑張らせてしまったからな」
「いえ、起きます……お仕事もありますし」
グレイ=リングマークの言葉の後半は無視し、私は起き上がる。
隣でグレイも一緒にベッドから起きる。
彼は上半身に何も着ていないため、首のタトゥーがよく見えた。
「…………」
――トカゲ……。
寝起きの頭でぼんやりと見ていると、グレイがこちらを見て、目が合った。
「ナノ……」
黄の瞳が近づき、そっと唇を重ねられる。
……いえ、別にねだったわけじゃないのですが。
けれど優しく抱きしめられ、私もグレイの背中に腕を回す。
世界は静かで、窓の外からは鳥たちの声。
クローバーの塔は、いつでも快晴だ。

私はナノ。異世界から来た、ごく普通の女の子。
……すみません、嘘つきました。普通以下の女の子です。
この世界に来た当初はいろいろあって苦労しました。
しかし親切にしてくれたグレイと、アレとかコレとかエロとかあって、一緒に住む
ことになりました。グレイの部屋で寝起きし、仕事をする幸せな生活です。

…………
シャワーを浴びた私は、優しい恋人のために朝ご飯を作ることにする。
「うーん、今朝はサンドイッチがいいですかね」
すると服を着たグレイが私の横に着て、微笑み、
「ナノ、俺も一緒に作ろう」
けれど私は笑顔で防衛戦を張る。
「いえ、グレイはソファでお休みください」
こんな前衛料理センスの持ち主をお台所に入れてたまるものか。
芸術どころかキッチンが爆発する。するとグレイは笑い、
「照れないでくれ、悪さはしない。俺も手伝うから」
待て。朝から何を想像した。そして、そんなことを想像する子に見えましたか貴様。
しかしグレイは上機嫌でキッチンに立ち、包丁を持つと……カツオ一尾を手に取った。

『…………』
そして私とグレイは朝食を前にしている。
いや朝食ではない。朝食という名の『かろうじて有機物』だ。
恋人同士で朝ご飯を作る……しかし料理下手なのは私もでした。
「…………」
私作、黒炭の卵焼き。何というかそのまま石炭になりそうな気がする。
「…………」
グレイの作ったものはまず蛍光ピンクのスープ。具材も溶解してドロドロで、原材料
の想像さえ難しい。そして油まみれで塩まみれ。口にした瞬間に吐きそうなサラダ。
トドメにサンマのサンドイッチ。カビたパンの間から長い長い体が突き出ている。
塩焼き『だけ』を挟むとは、あなたにしか出来ない斬新な発想です、グレイ。
黒い目が私を見てる。はみ出るにしろ頭部と尻尾は切り落としてほしかった。
というかカツオは一体どこへ行った。あなたの腹の中か。返答次第で縁を切る。
しかし、異次元の扉を開きたくない私はその質問をぐっと押さえ、
『…………』
二人でしばらく沈黙し、二人同時にココアをあおる。
『いただきます、ごちそうさま!』
「美味しかったですね、グレイ」
「今回も美味いココアだったな。ナノ」
二人でニコニコと笑い合う。そして二人で一瞬視線を交わし、
『今回も失敗でしたね……』
『次こそは食材を無駄にしないよう頑張ろうな……』
と、誰もいない部屋で、必要もなくアイコンタクトを取ったのだった。

…………
「さて、そろそろ仕事に行くか」
「あ、私も出ますね」
後片付けを終え、グレイは身支度をととのえる。
ネクタイを締めスーツを羽織り、ナイフを装着し、さらにコートを羽織る。
私もコートを持ってきたり、ナイフの位置を整えたりとそれなりに手伝いをする。
そして二人で部屋を出た。

朝の光の差し込む廊下で、グレイと話をする。
「ナイトメアって堂々と私の店に来るから、逃げているのか休憩時間なのか、判断が
つかないんですよね」
「明るい時間帯なら、まず逃亡だ。しびれ薬でも入れて確保しておいてほしい。
この間は泣こうがわめこうが、椅子に荒縄で縛って仕事をさせたよ」
「グレイ、それ犯罪……」
話題は尽きなかったけど、ついに分かれ道に来てしまう。
グレイはナイトメアの執務室に。私は談話室に構えた自分のお店に。
「それじゃ、休憩時間に」
「美味しいココアを用意しておきますね」
「楽しみにしているよ」
そして二人で軽いキス。二人で手を振って、別れる。
「さて、と。最近の売れ筋は……」
さっさと頭をお店モードに切り換え、私は廊下を歩く。
仕事をしたい私は、クローバーの塔で小さなカフェを開かせてもらっている。
ナイトメアが潤沢に資金を出してくれるし、グレイというアドバイザーもいる。
放っておいても経営は順風満帆だけど、道楽でやっていると思われたくない。
出すならプロ並みのものを!日々是精進なのであります。
「そろそろ新メニューを考えたいですね。ちょっと色物の紅茶とか……」

『トカゲ酒』

「…………いえいえいえ!」
一瞬、頭をよぎった単語を慌てて振り払う。
「お、お、お酒はちょっと……アルコールは扱わないですよ。お客さまのほとんどは
勤務中の人たちですし!」
誰もいないのに一人叫ぶと、私はお店への道を走っていった。

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