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■不思議の国と私・上

…………

…………

銃声が騒がしい。
敵のアジトに潜入、というのは面倒なものだ。
下手をすれば囲まれて全滅。
そうでなくとも敵がどこに潜んでいるか分からない。
――とはいえ、このアジトは『当たり』のようですね。
今、私は廊下の曲がり角に隠れている。廊下のまっすぐ先には大きな鉄扉。
敵対組織の構成員がいる。こちらに気づき、銃弾をぶち込んでくる。
あの厳重な警備と、事前情報。
……間違いない。『人質』はこのアジトにいる。

私は興奮する心臓を抑え、小さく呼吸する。
私の後ろ、そして反対側の曲がり角には使用人やメイドが控え、私の指示を
待っている。このアジトは大方、制圧したが、敵の銃撃は鳴り止まない。
銃声のうるささたるや、鼓膜が破れそうなほどだ。
けれど、強い緊張は長続きしない。まして全滅寸前だということは、彼らも
ご承知だろう。濃密な銃声に、少しずつ乱れが出てくる。
――そろそろ、ですかね。
私は、私の腕に合わせて作ってもらったアサルトライフルを構える。
そして反対側の廊下の方を見、部下に親指を立てた。
――GO!
待機していた使用人はニヤッと笑い、心得たようにうなずく。
彼は懐から手榴弾を取り出し、口でピンを抜き、銃声の源へぶん投げる!
一発だけでは無い。他のメイドや使用人も続く!
……鉄扉が吹っ飛ばないといいけど。
そして、私はライフルを構えたまま、耳をふさぎ、目を閉じた。
――っ!!
まぶたを突き抜けるような閃光。一瞬遅れて爆音。後には沈黙。
耳がちょっとキーンとするけど、私はライフルを構え、暗視ゴーグルを
下ろすと曲がり角から飛び出した。
あらゆる生物は身体から遠赤外線を出している。
マフィア特製の暗視ゴーグルは、動く人体を複数捕らえていた。
――やっぱり手榴弾数個で、なんて安直でしたね。
私はライフルを構え、動く目標に連射する。一人、二人、三人……!
もちろん使用人やメイドも私に続き、援護射撃を行う。
――――っ。
危うく足に被弾するところだった。すぐ頭の上を銃弾が通過する。
でも私は構わず、ライフルを撃ち続けた。
銃声と悲鳴、飛び散る赤。
やがて、その扉の前に、動く物体はなくなった。

ライフルを下ろすと、部下の被害を確認する。多少、撃たれてはいるけど、
時計の止まった者はいないようだ。敵の動揺も強かったし、当然か。
他の使用人は、倒れた顔無しの頭を一人ずつ撃っていった。
悲鳴が聞こえる。やはり何人かは生きていたようだ。非情に見えるが、
撃たれたフリをし、敵が油断したところをズドン、というのはよくある手口だ。
「――様。どうしますか」
鉄扉を見、使用人が聞く。
私はライフルを構えたまま、周囲の気配を確認した。ゴーグルにも反応なし。
この場の味方と、頑丈な鉄扉の向こうの『人質』以外は誰もいないようだ。
――よし。

私の任務は敵のアジトに潜入し、『人質』を救出すること。
エリオットの本隊が敵の本陣を引きつけてくれたから、こうしてここまで
たどりつけた。あとは『人質』を解放すればミッション・コンプリートだ。
――ただ、肝心の『人質』に警戒されて、攻撃されないといいけど……。
大勢で行くよりは、私が一人で行った方がいいだろう。
私は懐から解錠器具を取り出すと、手早く鉄扉の鍵を解錠した。
扉を少し押すと、あちら側の『人質』の気配が緊張するのが、嫌でも分かる。
「見張りをお願いします」
使用人、メイドに指示すると『はっ』と敬礼が返る。
そして私は扉を押し、ゆっくりと中に入った。


『人質』は鉄扉の向こう、倉庫らしき狭い空間に押し込められていた。
自力で逃げようとしていたのか、自分たちを縛っていた縄を解き、銃を持っている。
視線には敵意。銃口はこちらに向いていた。
「…………」
『人質』は情報通りに夫婦二人。夫が銃を持ち、妻を後ろにかばっている。
私は撃たれる前に両手を挙げ、敵では無いと知らせる。
「銃を下ろして下さい。私は帽子屋領の者です。あなた方を救出に来ました」
「……っ」
わずかな動揺。だけど相手は警戒を解かない。
いきなり味方と名乗る小娘が現れ、にわかには信じがたいようだ。
――とにかく、銃を捨ててもらわないと。
外の部下を呼んだところで、余計に警戒させるだけだろう。
『私』に気づいてないみたいだから、正体をバラしてもいいけど……。
うーん。銃を構えた相手の前で武装解除するとか、やっぱり危ないし。
まず武器を捨ててもらおう。私は自分のライフルを床に投げる。
銃が地面にぶつかる、重い音がした。
「!?」
『人質』は驚いたようだ。武器を捨てた私に戸惑い、一瞬だけ銃を持つ手が揺れる。
その瞬間、身軽になった身体で私は走り出した。
初歩的な手段に引っかかってくれたものだ。
――ルール以外の戦闘を避けてるから……。
相手の懐にバッと飛び込むと、足を上げ腕を強く蹴る。
「くっ……!」
『人質』の手から銃がこぼれ落ちる。床に落ちたそれを、私は遠くに蹴り飛ばした。
「このっ!」
相手はヤケになって懐からスパナを取り出し、飛びかかってくる。
私はスパナをスッとかわすと、
「やあっ!」
相手の腕を取り、背負い投げの要領で、大きな身体を床に叩きつけた。お、重い……。
「ぐ……っ!」
あ、ちょっと痛そう。何だかごめんなさい。
「ユリウスっ!!」
そして『人質』の妻の悲鳴が響いた。

「落ち着きましたか?」
床に放ったライフルを持ち直し、私は相手の銃を片足で踏みながら言う。
すると、『人質』はよろめきながら起き上がり……私の前に膝をついた。
「……頼む。妻とお腹の子は見逃してくれ」
やれやれ。全然落ち着いてないみたいだ。て、お腹の子!?
「ユリウス、ダメよ!!」
チラッと『人質』の妻を見ると、確かに、ずっとお腹をかばうようにしているし、
そのお腹もちょっと大きい。これ以上興奮させると、お腹の子に響いちゃうかな。
私は再度、両手を挙げた。
「信用して下さい。先ほども言った通り、私たちは敵ではありません」
「ジェリコはどうした?なぜ墓守領ではなく、帽子屋領が助けに来る」
「共同戦線なんですよ。帽子屋領と墓守領の」
「……何?」
ここは、とある国。そこの顔無しの組織が、時計屋とその妻を捕らえた。
組織は二人を人質に、墓守領に法外な要求を出したそうだ。
もちろん応じる墓守頭ではない。かといって人質も見捨てられない。
ただ、敵組織のアジトは分散しており、墓守領だけでの救出作戦には限界があった。
「運良く、その組織は帽子屋領の敵対組織でもありました。
それで墓守頭ジェリコ=バミューダは、帽子屋領に極秘裏の協力を要請。
我々はそれを受諾し、ローラー作戦で片端からアジトを潰していました」
そして私の率いる部隊が、ようやく『人質』に出会えたわけだ。
「そうか……感謝する」
やっと呑み込めたらしい。彼は怯える様子の妻を抱き寄せ、何かささやいた。
「ユリウス……っ!」
助かったと知らされたのか、彼女も緊張が解けたみたいだ。
夫にすがってワッと泣き出した。
彼はそれを優しく抱きしめ、背中を叩いてやる。そして私に、
「だが人質は『私』だぞ。三月ウサギがなぜ要請を受け入れた」
時計屋と三月ウサギは、凶悪な仲。この世界の多くの人が知ることだ。
「エリオットは確かに反対しました。
ですが、私が要請受け入れを決定し、彼は私の決定に従いました」
すると彼はまじまじと私を見る。
「三月ウサギが、おまえの決定に従った?
帽子屋領に女幹部などいたか?いったい何者だ?」
そういえば、この格好じゃ分からないか。
もう撃たれることは無さそうだし、正体をバラしてもいいだろう。
私はゴーグルを外しヘルメットを取る。
「え……」
「おまえは……!」
二人の驚愕する声。
今の私は、防弾メットに暗視ゴーグル、迷彩服に防弾チョッキ。
もちろんライフル装備。どこの軍隊の者だ、という格好をしている。
けど、こうでもしないとボスが戦場に出してくれないのだ。
「お久しぶりです。アリス姉さん、ユリウスさん」
深く頭を下げる。
「ナノ……よね?」
アリス姉さんの呆然とする声。
「はい」
私はライフルを構え直し、うなずいた。

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