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■ブラッドと私2・下

クローバーの国は、昼間の時間帯が続いている。
「どうも、お邪魔しましたー」
私はハートのお城の門を出て、見送りの方に頭を下げる。
「困ったことがあったらいつでも来なさい。その根性のない弱い頭に弾丸を
撃ち込み、活を入れてあげますから」
――活は入るでしょうが、心臓は止まります。
「ナノ。帽子屋さんで遊ぶのに飽きたら、いつでも俺のところに来てくれよ」
――いえいえ。遊んでませんし。
愛しいアリス姉さんと離れて、超絶にご機嫌ななめなペーターさん。
親友のユリウスさんと離れて、薄暗い空気をまとうエースさん。
「そ、それではまた来ますので……」
不機嫌な見送り二人に改めて頭を下げ、私はそそくさとハートの城を後にした。
そしてお城近くの森に分け入った。
「どうだった?」
お城近くの木に腕組みしてもたれ、ブラッドが私を待っていた。

「塔や森と同じ説明でした。時計塔と遊園地は別のところに行ったって」
「だろうな」
私は疲れてため息をつく。クローバーの国ツアーは心身ともに消耗した。
まずクローバーの塔でナイトメアさんと衝撃の再会。その後、補佐官の方を
紹介された。森ではボリスさんとも再会。でも喜びもそこそこに、
ネズミさんとの追いかけっこを三時間帯鑑賞させられた。
ハートの城では不機嫌な女王陛下と、お城の重鎮方に会い……。
でも会う人は違えど、される説明はブラッドと同じ。
引っ越し。クローバーの国。弾かれた。時計塔と遊園地はない。
――会えないんだ、アリス姉さんと。
ようやく実感がわいた。喪失感が胸を揺さぶるけど、何とかこらえた。
「ナノ。泣かないのか?」
「泣きませんよ。もう落ち着きました」
ワザとらしくハンカチを差し出すブラッドを、ムッとして見上げる。
「胸を貸そうと構えていたのだがな」
「ショックだったけど、離れたって平気です。アリス姉さん達と私は家族ですから」
絆まで断たれたわけじゃない。
自分を思ってくれる人が世界のどこかにいる。今は無理でも再会出来る。
だから私も大丈夫。
「向こうに心配されないように、私だって一人でもしっかりしないと」
ちゃんと自分の足で歩いて行かなくちゃいけない。
それが、この世界の人たち、そしてアリス姉さんに教わったことだ。
「ブラッド。色々ありがとうございました。それでは帰りますので」
ぺこっとブラッドに頭を下げると、
「どこに帰るつもりだ?」
「え?もちろん…………あ!」
呆れたように言われ、気づく。
時計塔近くの私の家、もう無いんだった!
「そうでした」
軌道に乗りかけた一人暮らしもダメになったと知り、ガックリ肩を落とす。
――ああ!作りかけのケーキとか、鉢植えもあったのに……。
雨が降らない世界だから、庭の花もちゃんと水をやらないと。
図々しいけど、アリス姉さん、何とかしてくれないかなあ。
せめてケーキと生物の処分くらいはお願いします、ごめんなさい!
「しかし今夜からどこで寝たものか……」
「我が屋敷以外にどこがあると思う?」
即答され、顔を上げると、
「そのためにこんな退屈な道中につきあったのだからな」
「いえ、お願いしたわけでは。それにマフィアのお屋敷は……」
「君は私のものだ。余所の領土に移ることは許さない」
「でも……」
一人でやっていくと決めた矢先のことだ。
いや、それ以上にブラッドはマフィアのボス。
彼は私に好意を抱いてくれている。そんな人のお屋敷にお世話になる。
その意味するところは――マフィアのボスの女。
「…………」
困ってうつむく私にブラッドは、
「ナノ。何もマフィアに入り、荒事をしろと言っているわけではない。
私の部屋で寝起きし、お茶会に参加し、チェスの相手をしてくれればいい」
「いえ、それは出来ません」
そう言って、顔を上げる。

「守られているだけっていうのは、嫌なんです」
ブラッド=デュプレ。私がいつの間にか恋をしていたボスは、私と同じく
まっすぐに私の瞳を見ていた。
「私は、大切なものはこの手で守りたい」
胸に手を当てて言うと、ブラッドが噴き出した。本気にしてないなあ。
「その『大切なもの』に私が入っていると、うぬぼれていいのかな?」
「もちろんです」
するとブラッドは声を上げて笑った。
「くく。マフィアのボスが、自分の女に守られるとはな」
ツボに入ったのか、ブラッドは大受けだった。でも構わない。
「もっと銃の扱いを教えて下さい。あなたを守れるようになりたい」
真面目な声で言うと、ブラッドも笑うのを止めた。
「君がそんなことをする必要は無い。
自分の女を前線に立たす男がどこにいる」
そっと、ブラッドは私を抱き寄せた。温かい。
私は顔を上げ、自分からブラッドにキスをする。そして顔を離し、
「ダメなんです。私は馬鹿だし弱いから、あなたの物になったら、
もうあなたのことしか考えられなくなる。抗争に行かれたら、心配で心配で
きっと銃を持って飛び出していっちゃいます。その方が危ないでしょ?」
そう言うとブラッドも私を抱き寄せ、キスしてくれた。
身体が密着し、彼の時計の音と、私の心臓の音が混ざり合う。
胸にもたれると、髪を撫でられた。とても愛おしそうに。
「銃など教えるのではなかったな。こんな子になるとは思わなかった」
「ダメ、ですか?」
「ナノ。マフィアは君が思うより、はるかに残酷で無慈悲な世界だ。
要求される技術は高い。凄惨な光景も多く目にするだろう。
余所者で、銃と無縁の世界に育った君に、耐えられるとは思えない」
そう言いながら、ブラッドは何度も私にキスをする。
そんな仕草に、言葉と裏腹の、彼の本音を見た気がした。
「そうですね。そのときは、あなたに寄りかからせて下さい」
「何を言っても無駄なようだな」
ブラッドは笑う。そして私たちは、森の中でキスを交わす。

そして時間帯が夕暮れに変わる。風がちょっと冷たくなった。
「さて」
ブラッドは私から一度離れ、私に手を差し伸べる。
「では、帰るか」
「はい!」
私は迷わずにその手を取った。

帰る。
帽子屋屋敷に。
私の恋人が住まう場所に。
私がこれから混じる、銃弾飛び交う世界に。

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