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■ブラッドと私2・上

ハートの城と、帽子屋屋敷。それに大きな塔と広い森。
これらの領土のある国を、クローバーの国というらしい。
でも時計塔と遊園地は……どこにもない。
そして、大きな塔近くの通りで、余所者の少女とマフィアのボスが言い争っていた。

「ですからブラッド、それどころじゃないんですよ!時計塔を探さないと――」
「そんなことはどうでもいい!
なぜ君の家に行っても扉を閉ざし、お茶会の誘いも無視した」
あー、家に来ていたブラッドの手紙は、お茶会の誘いが主だったみたい。
ホッとしたようなガッカリしたような……。
「それこそ『そんなこと』でしょう!とにかく、私はあの塔に行きますから!」
「待ちなさい、ナノ。私の話は終わっていない」
手首をガシッとつかまれた。
「放して下さい!私は時計塔を探すんです!」
ちなみに道行く人は、ただならぬ空気を感じてか、そそくさと離れていく。
「こっちに来なさい」
ブラッドは無理やり私を引っぱり、道の脇の細い路地に連れ込んだ。
「ブラッド!」
薄暗く、表通りより人目につきにくい場所に連れ込まれ、ちょっと我に返る。
「あの……」
ブラッドは私の前に立っている。
さっきより小さく、でも威圧するような声で、
「私は君に弄ばれたということか?お嬢さん」
「は?」
予想しなかった言葉に相手を見上げると、面白く無さそうな顔があった。
「自分が優位に立っていると、ひけらかしたかったか?
マフィアのボスを振り回して、楽しかったか?」
「あの……何のお話ですか?」
意味の分からないことを言い出すブラッドに戸惑う。
「手に入れた魚には興味がないということか?
さすが、誰にでも愛される余所者だな。奥手に見えて遊びが上手だ」
「…………」
うーん。足りない頭で考える。素っ気なくしたことを怒られてるんだろうか。
とはいえ、私が捨てた、みたいに思われていたとは予想外だ。
でも今、そんなこと言われたって……。
「あのですね、そのことはお詫びしますから、今はアリス姉さんを……」
イライラしたように遮られる。
「彼らは他に飛ばされた。しばらく会うこともないだろう。それより――」
「え……?ちょっと待って下さい、『会うこともない』!?」
「そうだ。彼らはこの国にはいない。現に時計塔はどこにもないだろう?」
――……嘘……っ!
だって、つい数時間帯前だ。時計塔に遊びに行き、カードゲームをしたのは。
アリス姉さんの手料理をごちそうになり、笑顔で手を振って普通に別れた。
信じられない。でもブラッドの言うとおり、時計塔はどこにもない。
「ふ、二人に連絡を取る手段はないんですか?手紙は?電話は!?」
「ない。君一人が時計塔から切り離され、クローバーの国に来た」
「……そんな……」
まだ実感がわかない。でも身体の力が抜け、後ろによろめき、レンガの壁に
背中をぶつける。ブラッドは不機嫌な顔はそのままに、話を続けた。
「君は余所者だったな。にわかには受け入れがたいだろうが、事実だ。
そしてこの世界では、当たり前のことだ。時計は常に巡り、盤面も動く」
「……会えないんですか?アリス姉さんにも?ユリウスさんにも!?」
「ああ。少なくとも、ここクローバーの国では」
ブラッドの言葉が、自分の内に浸透するにつれ、体温が下がっていく。
膝の力まで抜け、私は地面にへたりこんだ。
「アリス姉さん……ユリウスさん……」
「そこまで、あの二人と引き離されたことがショックだったのか?」
誰かが目の前にしゃがむ。もちろんブラッドだ。
呆然とする私に、子供にするように頭を撫でた。
「強いのか弱いのか、分からない子だな」
「アリス姉さんは、今どうしているんですか?無事なんですか!?」
「もちろん無事だ。時計屋も一緒にいる。心配することは何もない」
「そう、ですか」
ブラッドの言葉に一安心する。そして、
「私、塔に行ってきますね」
立ち上がった。聞くだけじゃ心配だ。
本当にアリス姉さん達がどこにもいないのか、自分の目と耳で確かめないと。
まずは時計塔があった場所に立っている大きな塔だ。塔の人に話を聞こう。
「ナノ、待ちなさい」
「わっ!」
走りかけて、また手を引っ張られた。転ぶところだった。
「怒ったり落ち込んだり、落ちつきのない子だな」
さっきより声はやわらかい。
「……すみません」
と、そのあたりで時計塔消失のパニックが抜け、現状を把握する。
――て、ブラッド……!
ハートの国では舞踏会以降、延々と避け続け、今も、私を落ち着かせて
くれたというのに、お礼も言わず、塔に行こうとしていた。
それに……何か……すごく照れくさいというか……恥ずかしい!
「あ、あの、その、すみません。ずっと避けていて!その、すごく
会いたかったんですが……嫌ったり、遊んだりしていたわけじゃなく……」
耳まで真っ赤になり、うつむいて両手の指を意味もなく絡ませる。
――どうしよう、どうしよう!
すると、ほんの少しだけ沈黙があり、
「ナノ」
「っ!!」
ブラッドに抱き寄せられる。
路地裏とはいえ、表通りからそう離れてないのに……。
「どうやら、私は弄ばれたわけではないようだな」
ブラッドの声は、自信たっぷりなものに戻っていた。
「あ、当たり前ですよ」
指で顎を持ち上げられ、上を向かされる。
「ブラッド。私、塔に……」
「一緒に行くから安心しなさい。だがその前に……」

強く抱きしめられ、唇を重ねられた。
そして路地裏で、私たちは長い長いキスをした。

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