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■パーティーと私・上

そして、時間帯はちょっと飛びます。

…………

時計塔近くの通りにある、小さな家。
かつて余所者二人が住んでいた家には今、一人だけ住人がいる。


窓にはレースのカーテン、窓辺には鉢植えの薔薇が揺れている。
エプロンはキンガムチェック、オーブンからはクッキーの匂い。
「〜〜♪」
私ナノは鼻歌を歌いながら、オーブンを開けた。ミトンをした手で
黒い角皿を引き出すと、角皿にはきれいに焼けたクッキー。
ふんわりと紅茶のいい匂いがただよう。
「うん、今回は成功ですね!」
ふふん。アリス姉さん直伝、紅茶クッキー!
クッキーを真っ白な器に盛りつけると、テーブルへ。
テーブルには、パーティー用のメニューが並んでいる。
お店で買った各種ケーキにフルーツ、どうにか手作りしたサンドイッチ、
それとフライドチキン、あとプリンにジュースなどなど。
……この世界の豪華なパーティーを色々経験した後では、どうもメニューの
ショボさが否めない。でも私にはこれが限界って言うか……。
「ま、まあ、気持ちですよね。さて、後は飾り付けですね」
ごまかすように自分に言い、壁のリボンやレースを色々直す。
とかやっていると、扉が開いた。振り向くと、
「やあ、ナノ!!」
「久しぶりだなあ!」
「ボリスさん、ゴーランドさん!」
入ってきたのは、私が少し前まで滞在していた、遊園地の友人だった。
「わあ、きれいに飾り付けたじゃない!あのケーキ、ナノの手作り?」
「いえ、お店のものです。私では技術がなくて……」
「でも美味しそうだね!どこで買ったの?すごいお店見つけたじゃない!」
相変わらずチェシャ猫さんは、フォローがお上手だ。
「ナノ!パーティーの差し入れ持ってきたぜ!」
「あ、どうもすみません!」
ゴーランドさんから花束と、手作りスイーツが入ってるらしい大きな箱を
いくつも受け取った。
「俺は高いところの飾り付けを、手伝ってあげるよ!」
身軽なボリスさんがヒョイヒョイとジャンプし、私が届かない場所にリボンや
テープを飾り付けてくれる。
「おい、ボリス!その色だとバランスが悪い!別の色を使え!」
ゴーランドさんは下から指示をしている。その合間に、私に笑った。
「招待してくれて、ありがとな」
「いえ、こちらこそ、来て下さってありがとうございます」
頭を下げると、
「他人行儀になるなよ。元居候なんだから!」
それこそ他人行儀になりそうなものだと思いますが……。
そう。舞踏会が終わって、帽子屋屋敷から戻って。
私は遊園地の滞在を切り上げ、元々住んでいたこの家に戻ってきたのだ。
ゴーランドさんには嘆かれ、ボリスさんには驚かれ、ブラッドと何か失敗
したのかと聞かれた。
でも、帽子屋屋敷は関係ない。何となく一人で生活したかったのだ。
もちろんアリス姉さん達にも、変わらず安全面を心配された。
でも私は、皆の反対を押して戻ってきた。
帽子屋屋敷からは……。
とにかく、一人暮らしは順調だ。

「短い間でしたが、滞在させていただいて、ありがとうございました」
ゴーランドさんに深々と頭を下げると、
「だから他人行儀になるなって!俺たちはすごく楽しかったぜ!
あんたがこの家に戻ったときは、皆でガッカリしたんだからよ」
そしてちょっとかがんで、
「うちとしては、また遊園地に戻ってきてくれてもいいんだぜ?」
「いえ、大丈夫ですよ。銃も使えますし……」
すると、ボリスさんが上からヒラリと一回転し、優雅にご着地。
「おっさん、おっさん。行くなら帽子屋屋敷だろ?野暮なこと言うなよ」
「あ、あはは――」
どうごまかそうかと困ったとき、
「ナノっ!!」
扉をバタンと開けて、アリス姉さんが入ってきた。そのまま、まっすぐ、
「ナノ、ありがとう!パーティーなんか開いてくれて!」
ガバッと私に抱きついてくるアリス姉さん。う、うわ、いい匂い。
ボリスさん達も、
「アリス!おめでとう!」
「よう、アリス!聞いたぜ、おめでとう!」
「ありがとう、皆!」
相変わらずの青いエプロンドレス、長い髪、花のような笑顔。
アリス姉さんは懐かしそうに家を見、
「この家も久しぶりね。何も変わってなくて嬉しいわ。
……ほら、ユリウス、照れてないで入ってきなさいよ」
と、扉に向かって呼びかける。そして皆が扉に注目すると、
「そ、その、こんな気遣いは……」
いつも以上に気まずそうな顔で、ユリウスさんが入ってきた。
――はっ!く、クラッカー、クラッカー!!
私は慌ててボリスさん、ゴーランドさん、エースさんにクラッカーを手渡す。
打ち合わせはしてなかったけど、皆には通じたらしい。
そしてアリス姉さんが、ユリウスさんに駆けよった瞬間に『せーの』と、
『婚約、おめでとう!!』
私、ボリスさん、ゴーランドさん、エースさんの声がそろい、クラッカーが鳴った。
そう。アリス姉さんは舞踏会の後、ユリウスさんと正式に婚約した。
ただ、すでに一緒に住んでいる上、お相手がお相手なだけにちゃんとした
式を挙げるかは微妙だけど……。
ともかく、それで、私が発起人となってお祝いパーティーを企画したのだ。
「ありがとう、皆!」
「…………ああ」
アリス姉さんはユリウスさんに腕を絡ませ、ニコニコ。
ユリウスさんはパーティーの主役にされ、ものすごく居心地悪そうだ。
「……て、エースさん、いつからいたんですか!?」
ギョッとして、いつの間にか参加していたエースさんを見ると、
エースさんはクラッカーを笑顔で持ち、
「あははは!匂いに惹かれて家に入ったら君の家だったんだ!」
……ちょっとちょっと。
「じゃ、人数もそろったところで、パーティーを始めようぜ!」
ゴーランドさんが言い、全員がガヤガヤと席につく。
「…………」
ただし、一人分だけ席が空いている。
家が狭いこともあり、招待状は内輪の人だけに送った。でも陛下は仕事、
ペーターさんは不参加の旨、丁寧な文面にしたためて書簡で返してきた。
何だかんだ言って、あれ以来、扱いが格段に良くなったっぽい。
帽子屋屋敷には送ってない。あちらは時計塔と不仲だからだ。
それでも……。
「…………」
私は扉を見る。もう誰も来る気配はない。
「あれ?あと誰か来るの?そういえばお皿も一人分多いし……」
ボリスさんに言われ、慌てて私は首を振る。
「あ、いえ。人数を間違えちゃったみたいです」
と笑った。

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