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■ブラッドと私・上

舞踏会の夜が終わり、朝が来る。
夜の後に、朝。
そして、時間経過までが珍しく正常に。
この世界での特別な夜が明け――。
…………。
ガバッとベッドから飛び起きた。
「ね、寝過ごしましたっ!!」

「寝過ごした?何に?」
横から気だるい声が聞こえる。
「舞踏会ですよ、舞踏会!もう終わっちゃったんでしょう!?」
慌てふためいて返事をする。
「ああ、終わったよ。君も踊りたかったのか?なら今度、屋敷で舞踏会に負けないほど
盛大なダンスパーティーを開いてあげよう」
「いえ、ダンスはどうでもいいんです!
お城の料理を密閉容器に詰めて、持って帰ろうと思ってましたので!!」
あああー!美味しそうな宮廷料理の数々を堪能したかったのに!!
「……そういう××××な真似は止めなさい」
呆れたように言われた。
えー。ダメですか?やっぱり。
――…………。

そこでふと、私は自分の格好を見下ろす。
ネグリジェ。身体のあちこちにガーゼやら何やら。
まあ全身が薔薇のトゲで傷だらけだったし。
それと足には、看護師さんによって手厚く巻かれた包帯。
あと座っているのは、ふかふかのベッド。
いつだったか、このベッドを見たことはある。だが寝たことは一度たりとも無い。
「もう少し寝ていなさい、お嬢さん。昼間はダルい」
私の隣には、横になっている男性。
いつもの妙……いえ白いスーツではなく、前をはだけたシャツ姿。
間違いなくブラッドさんです。
…………。
「あの……」
「何かな?お嬢さん」
ブラッドさんは、眠そうだった。だが確認せねば。
「ここは、どこですか?」
「もちろん私の部屋だ」
『もちろん』なんだ。
「なぜあなたは、そんな格好なんですか?」
「おかしなことを言う。私が私の部屋で、くつろげる格好をしてはいけないか?」
ごもっとも。しからば、
「なぜ私はこんな格好で、あなたのお部屋にいるのでしょう?」
「知りたいか?ナノ」
ニヤニヤと。帽子屋さんなのにチェシャ猫さんのような笑い。
「……私は……」
後の言葉が続かない。そこで少し記憶をたどることにした。
といっても、思い出せることは多くは無い。

……あの後。ペーターさんに救護室まで案内していただいて。
そして義理は果たしたとばかりに宰相閣下はさっさといなくなり、私は迅速かつ
丁寧に足の怪我や、トゲの傷を治療していただいた。
でも、とてもじゃないけど、ダンスホールに戻れる格好じゃあない。
どうしようかと思っているうちに眠気が来て……それから寝た。
救護室の椅子で。もう後先考えず。ぐっすりと。
それから目が覚めたら、ここにいた。

「…………」
冷や汗がダラダラと流れる。薔薇の迷宮で賊と対峙したとき並に。
ブラッドさんはそんな私を眺め、さらにニヤニヤと笑う。
そして私の手に、ご自分の大きな手を重ねる。
「っ!!」
ぞわっとするけど、ブラッドさんは手を離さない。
「あ、あの、ブラッドさん、その……」
「さて、お嬢さん」
「っ!!」
ぐいっと手を引っ張られたかと思うと、ドサッとベッドに転がされる。
起き上がろうとしたけれど、ギシッとベッドが鳴り、起き上がれない。
ブラッドさんが私の上に居た。私の両腕を押さえつけていた。
いや、押さえつけるというか……これ、押し倒す格好だ。
「待って!本当に、ちょっと待って下さいっ!!」
焦る。もがく。足をバタバタと……い、いたた。怪我をしているのを忘れてた。
「あまり暴れない方がいい。傷に響く」
「そ、そうですね。いえ、そうではなくて!!待って下さい!」
ブラッドさんはそんな私を見下ろし、押さえつけたまま微動だにせず、
「ふむ。待つのは構わないが。だが私も辛抱強い方ではなくてね。
早く心の準備を整えなさい」
「あ、はい。すみませ……」
反射的に謝りかけ、
「いえ、あの!ちょっと変ではないですか?変でしょう、これ!」
「そうだな。君が少し変わった子であることは否定しない。
だが私は、面白みのない美人より、よほど君の方が――」
「そういう意味では無く!」
……あと、さりげにケンカを売られている気がしたんだけど、被害妄想かな。
「あのですね、ブラッドさん!いろいろ省略されている気がして戸惑うのです!」
「省略?戸惑う?」
事を勝手に進められるのが怖くて、必死で言う。
「戸惑いますよ!いきなりあなたの部屋ですし!何で私はここに!」
するとブラッドさん。片手を私の腕から離し、私の頬に当てる。
き、気持ちよくなんてないんだから!
「昨晩のことか?君が急に眠ってしまったから、救護室の顔なしたちが困っていた。
だから私が、帽子屋屋敷に君を連れ帰った。
服はメイドに着替えさせた。君はぐっすり眠っていたから、私は何もしていない」
あ、そうなんですか?あー、良かった……いや、良くない。
「なぜ遊園地の人たちに、ご連絡をしてくれなかったんです」
「遊園地の連中は、騒ぎすぎてほとんどが酔いつぶれていた。
今頃は良くて二日酔い。下手をすれば、全員眠っているだろうな」
「それでしたら、遊園地に帰って、皆さんのご看病をしたいのですが……」
起き上がりかけ、またベッドにドサッと押し戻される。
ブラッドさんはなぜか、さっきより強く私を押さえつけながら言う。
「ナノ。君が帰る場所はここだ」
そう言い切られる。
「ま、待って下さい、あの……」
どうすればいいのか分からず、もごもご言う。
ブラッドさんの肌が、妙に目について仕方ない。触られた箇所がものすごく熱くて、
身体の奥から何かうずうずするものが湧き上がってくる。こんなこと、初めてだ。
「さて、十分に待ったし、説明もした。そろそろ構わないな?」
と、ブラッドさんは私に顔を近づける。
「――いえ、構う構う構いますっ!!」
慌てて叫ぶ。そ、そうだ。一番大事なことを聞き忘れていた!
「なぜ!私たちが、こんなことを!しなければいけないのですか!」
顔を真っ赤にして首を振る。
「こんなこと?君は嫌なのか?」
「え、いえ、その……」
またしても歯切れが悪くなってしまう。
――嫌じゃ無いけど……な、何て言うか……。
これ以上にないほど顔を赤くして、ブラッドさんから目をそらす。
あのときは言葉がいらないって感じだったけど。
――けど、いざこうなると……。
やっぱりちゃんと、段階を踏んで言葉にしてほしいかなって思う。

「君が私を好きだから。それだけだ」

うん。そう。ブラッドさんの方からちゃんと『好きだ』って……。
――……て。ええぇー!?

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