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■舞踏会と私5

私を抱えたブラッドさんが、地面に転がる顔無しの人を蹴る。
「素人の集団だったのが幸いしたな。夜目で銃の扱いも悪ければ、統制も取れて
いなかった。城の宰相殿も、こんな三下を侵入させるとは、とんだ失態だ」
「…………」
倒れている人を目にし、夢心地な気分が完全に消し飛ぶ。
そうだ。アリス姉さんとユリウスさんを守るためとはいえ、私は銃で……。
ブラッドさんはそんな私を見下ろし、静かに言った。
「連中を消さなければ、君が消されていた。君が隠れていれば、アリスと時計屋が
消されていた。それでも後悔をするのか?」
「……そう簡単に、割り切れるものじゃないですよ」
人の命はゲームの駒でも何でもない。
「銃を選んだのなら割り切りなさい。彼らは単なる役無しのカードだ。
代わりはいくらでもいる。ここは君がいた世界とは違う」
「…………」
否定は出来ない。でも肯定も出来ない。
そして私は選んでしまった。
そして、城に向かって歩いていたブラッドさんが、顔を上げた。不快そうに、
「……今頃来たか」
私もブラッドさんの見る方向に目をやる。
すると、バタバタ芝生を駆ける音がし、血相を変えたハートの城の兵士さん、
そして白ウサギが姿をあらわした。私たちを見ると立ち止まり、
「……アリスを狙う賊が出たと聞きましたが」
「それならお嬢さんがほとんど排除した。見事な腕前だったよ」
『!!』
ブラッドさんがサラリと答え、白ウサギどころか兵士さんたちまでが、驚いたように
私を見た。白ウサギは悔しそうに、
「会場で騒ぎが絶えず、そちらに人員を割きました。結果として警備の一部に穴が
出来たことは認めましょう。責任者は後ほど厳重に処罰します」
……ここの軍事責任者ってエースさんじゃ。処罰出来るのかなあ。
白ウサギは兵士さんたちに、
「兵士を動員して再度、城を厳重警備しなさい。
今夜、これ以上の不祥事を起こせば、全員の首が飛ぶと思え!」
『はっ!』
白ウサギの命令に、兵士さん達は姿勢を正し、走り去っていく。
そして宰相閣下はブラッドさんに抱かれた、傷だらけの私を見、
「……あなたは救護室へ。僕が案内します」
「えと、すみません」
メイドさんではなく宰相閣下じきじきのご案内。それなりに感謝はされてるっぽい。
「謝る必要はありません。あなたが怪我をしたのは、こちらの責任だ」
白ウサギが私に言うと、今度はブラッドさんが、
「全くもってその通りだ。誠意ある治療を期待したいものだ」
わざわざ嫌味を言う。白ウサギは挑発にはのらず、先に立ち、
「それではこちらに」
「あ、待って下さい!」
私は白ウサギさんを呼び止めた。
「ブラッドさんもすみません。
ちょっと救護室の前に、よりたい場所があるんです」


舞踏会のホールでは、何事もなかったかのようにダンスパーティーが続いていた。
乱闘はおさまり、汚れた場所はきれいにされ、誰もが楽しそうに踊っている。
その中に、アリス姉さんとユリウスさんがいた。
どうやらダンスで酔いを覚ますことにしたようだ。
ステップは不器用だけど、楽しそう。
互いに互いの目を見、微笑みあい、人目を盗んでちょっとだけキスをして笑う。
世界一、幸せそうな恋人達の姿があった。
私たちは、会場の窓の外から、その光景を見ていた。
もちろん外は暗いから誰もこちらには気づかない。
エースさんは相変わらずカクテルを飲み、二人を見て笑っている。
こちらを見て、ちょっとウインクした気もした。
私はずっと、アリス姉さんとユリウスさんのダンスを見ていた。
――良かった……。
守りたかったものを、守ることが出来た。
守られる側から、守る側に行くことが出来た。
銃で人を撃ったことに、後悔はある。きっと忘れられない。
でも心の中に嬉しさと誇らしさが湧き出てくるのも、確かだった。
と、そこでずーっとブラッドさんに抱かれっぱなしだと気づいた。
「あの、ブラッドさんも会場に戻って下さい!
痛みも引きましたし、もう自分で歩けますから……」
「いや、つきあうさ。君が居なければ、あんな退屈な場所にいても意味は無い」
「あ、あの、ではせめて下に下ろして……」
でも無視された。腕力すごいなあ。そんな私を見、白ウサギは、
「ナノ」
「は、はい!?」
緊張で思わず声が上ずる。
「――!?」
見た物が信じられなかった。白ウサギが、私に少しだけ頭を下げた。
「僕のアリスを守ってくれたことに、感謝します。
……それと、いつぞやの侮辱を撤回します。少しは役に立つようだ」
意外なことを言われ、言葉が出ない。ブラッドさんは、
「その悔恨を、宰相閣下の狂った時計に刻んでほしいものだ。
次に彼女を侮辱したら、私では無くナノ自身が君を撃つだろう」
「…………」
ペーターさんはブラッドを睨んだ。
「さあ、行きましょう。救護室はこちらです」
そしてこちらに背を向け、振り向かずに歩いて行った。

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