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■舞踏会と私4

風が吹き、薔薇の花びらがかすかに舞い上がる。
私はまだ震える手を叱咤し、どうにか銃をしまった。
でもひどいことになった。ドレスは薔薇のトゲであちこち破れ、髪もメチャクチャ。
足は負傷し、立ち上がれずに座り込んでいる。
でも、とても静かだった。
そんな静寂を取り戻した月夜の下に、彼は立っていた。
「ブラッド……さん……」
彼を見ていると、自分の心が徐々に落ち着いてくる。
けど、なぜ、どうしてここにいるのか。私を助けてくれたのか。
彼は薔薇の中に立ち、まっすぐに私に近づいてくる。
そして跪くように、私の前に片膝をついた。
「あ、あの……その……」
心臓が激しく鼓動をうつ。何をどう反応すればいいのか、自分でも分からない。
と、とにかくお礼だ、命を助けてくれたお礼!
「あの、助けて下さって、本当にありが――」
全て言い終わる前に抱きしめられた。

「……っ!」
彼の白いスーツが、私の傷で汚れると思った。
けど、痛いほどの力で抱擁(ほうよう)され、動けない。
「ブラッドさん……」
ブラッドさんは一度、私から離れる。
そして息がかかるほどの近さで、私たちは互いに目を見交わす。
頬に手を添えられる。
「ナノ……」
ゆっくりと優しく――唇を重ねられた。
いつかの夢と同じキスだった。

「…………」
何で、どうして。聞きたいこと、言いたいことはたくさんあった。
でも気がつけば私も目を閉じている。
ここに至るまでのこと、今の状況。傷の痛み。
何もかもどうでもよくなってきた。
温かい。ずっと、こうしていたい。
「……っ!」
突然、強くかき抱かれ、何度も何度も口づけられる。
最初は反応を確かめるように軽く、徐々に深く。
気がつけば互いが互いを、強く抱きしめていた。
言葉に出さず、互いに無事を確かめ合い、気持ちを確かめ合った。
「……ぅ……っ……」
急に涙がこぼれてきた。どうして泣くのか自分でも分からない。
頬にこぼれる涙に気づいたのか、ブラッドさんが舌で舐め取る。
でも、また涙がこぼれる。止まらない。
ブラッドさんは『泣くな』と言いたげに私のまぶたに口づけ、愛おしそうに私の
顔を見て、頬を撫でた。そしてまた私に唇を重ねる。
ずっと長いこと、離さなかった。
私たちは月の光の中、口づけを交わしていた。
薔薇の庭園で、ずっと、いつまでも。

…………

そしてまあ、ロマンティックなひとときが過ぎれば、現実が戻ってくる。
「……痛っ」
「我慢しなさい。ゆっくり足を曲げて……」
そう言われ、痛みを押して傷ついた側の足をゆっくり曲げる。い、いたたた。
襲撃犯に撃たれた傷だ。ブラッドさんは、その傷を慎重に確かめ、
「ふむ、靱帯も腱も異常はないようだな。表面を浅く傷つけただけだろう」
そう言われて小さく息を吐いた。そういえば赤いのも止まりかけているし、痛みも
徐々に引いている。ブラッドさんは手早く、手近な布で患部を巻いてくれた。
「どうも、お手間を……」
さっきキスをされたことで、どうにもブラッドさんの顔が見づらい。
よくよく考えると、あちこちに刺客の方が倒れている中での抱擁だ。
何ていうか……ちょっと変だったかも。
「これでいい。あとでしっかり処置をしよう」
布をしっかり巻かれ、痛みがさらに緩和される。これなら、何とか歩けるかも。
ブラッドさんは、薔薇のトゲであちこち傷だらけになった私を見、
「細かい傷は……さすがに薬が必要だな。一度戻ろう」
「え……!」
い、いや戻るのは当然として、この格好で?髪とかドレスとかすごいのですが……。
言葉に出さず慌ててていると、ブラッドさんがフッと笑い、手を一度叩いた。
「――!」
一瞬で、私のドレスは新しいものになっていた。髪も元通りだ。
「す、すみません……ご迷惑ばかり」
「君は謝ってばかりだな。さあ、行くか」
「……っ!ブラッドさん!あ、歩けますよ!!」
両腕で抱き上げられ――えーと、お姫様抱っこ体勢です――もっと慌てた。
「足の怪我を甘く見ない方がいい……それに姫君をエスコートするのは、男の役目だ」
間近で微笑まれ、カーッと赤くなってうつむく。
ブラッドさんが小さく笑う声が聞こえた。

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