続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■舞踏会と私2

舞踏会は華やかに回る。
きらびやかな衣装に身を包んだ男女が、ホールに繰り出しては、美しい輪を描いていく。
「ナノ!ナノ、もう一曲踊ろうよ!」
ボリスさんは何度もダンスに誘ってくれる。
「あ、はい」
ダンスに誘われ、最初は出来ないからと尻込みした。
けど最終的に、ほとんど引きずられるように連れ出され、何曲か踊らされた。
でも猫さんは器用にステップを踏み、上手にリードしてくれた。
おかげで社交ダンスの経験ゼロな私も、基本的な身体の動かし方が身についてきた。
「ナノって、やっぱり身体を動かして覚えるの、得意なんじゃない?」
「ありがとうございます……」
意外な褒め言葉に、ドレスに身を包んで顔を赤くする。ボリスさんは楽しそうに、
「お、可愛い顔。ね、キスしていい?」
「ダメです!」
「ちぇっ」
あまり残念でもなさそうに、でもちゃっかり頬にキスしてきた。
「ボリスさん……!」
危うくステップを止めるところだった。真っ赤になって睨むと、
「親愛のキスだよ。ま、あんまり調子に乗ると視線だけで、怪我しそうだけどね」
「え?」
「向こうの壁際。そっと見てみなよ」
踊りながら、言われた方向をそっと見る。
「……!」
ブラッドさんだ。壁際にたたずみ、ワインを飲んでいた。
もちろんマフィアのボスがお一人というワケはない。
華やかに着飾った女性たちが周りを取り囲んでいる。
話しかけ、微笑みかけ、お酒をつごうと控えていた。
皆さん、マフィアのボスにダンスに誘われたくて、一生懸命みたいだった。
「…………」
何だろう。すごく、イライラする。面白くない。真っ黒な物で心がいっぱいになる。
こんな舞踏会なんて、今すぐ終わってしまえばいいのに。
そのとき一瞬だけ、ブラッドさんと目があった気がした。
でも同時に、一人の女性が、媚びを含んだ笑みでしなだれかかったのが見え、
私はバッと視線をそらす。
「……ダンスに誘ってきたら?」
私を見下ろし、少しだけ寂しそうにボリスさんが言った。
「そんな仲じゃないですよ」
帽子屋屋敷は遊園地の敵対領土。アリス姉さんもユリウスさんと一緒になった。
私はボスのご不興をかい、銃の指導を断られた。
もう私たちがつながる糸は一本もない。
そしてキャーッという、ちょっと大げさな悲鳴が聞こえ、皆と一緒にそっちを見た。
ブラッドさんのところだ。
さっきしなだれかかっていた女性が、床に尻もちをついてボスを見上げている。
どうやらボスに振り払われたらしい。女性は立ち上がると顔を真っ赤にして、その場を
離れた。ブラッドさんはそちらを一顧だにしない。
「あーあ、ブラッドさんも余裕が無いよな。やっぱり誘ってきたら?」
「いいですってば!」
というか、ここで踊っているべき二人はどこにいるんだ。
ボリスさんと踊りながら周囲をうかがうと、
「……時計屋さんたちも何をやってるんだろうね」
ボリスさんも見つけたらしい。呆れ声だ。
どういう経緯でああなったのかは知らないけど、アリス姉さん、ユリウスさん、
エースさんはカクテルバーに陣取っていた。そして飲み続けている。
まあ、楽しみ方は人それぞれなんだろうけど……何だか複雑だ。
そして、また別の方向で悲鳴と盛大にガラスの割れる音。
さっきと比べものにならない悲鳴。
遊園地の人たちがいる一角だ。
――ゴーランドさん!?
あの遊園地のオーナーが、どこかの男性をシャンパンタワーに突き飛ばしたらしい。
タワーは崩れるし、男の人は怒ってゴーランドさんに殴りかかろうとしているし、
もう乱闘寸前だ。警備の兵士さん達が慌てて駆けつけるけど、もうゴーランドさんは
男性の胸ぐらをつかみ――あーあ、すごいことになってる。
「ケンカ!?面白そう!俺、見てくるね!!」
ボリスさんは、ダンスより好奇心が勝ったらしい。私の手を離した。
「ちょっと、ボリスさん!」
するとボリスさんは、ちょっと切なそうに笑うと、
「ブラッドさんと、上手くやりなよ」
「!!」
私の耳元にささやきかけ、乱闘の場所に行ってしまった。
「そんなこと言われたって……」
ホールのど真ん中に一人取り残され、どうしたものかとオロオロしてしまう。
とりあえずダンスの輪から離れよう。
遊園地の人たちのいるところは……うん、何かね、もうね。近寄りたくない。
アリス姉さんたちのところは……ダメ、あそこはお酒コーナー。私はちょっと無理。
ダンスの邪魔にならないよう動きながら、どこに行こうか周囲を見ていると、
「っ!!」
またブラッドさんと目が合った。
彼はまっすぐ私を見据えていた。
そして、私の胸元の薔薇に視線をとめた。
瞬間、ブラッドさんはワインを一気に飲み干す。
そして傍らに控えた使用人に、空のワイングラスを放り、壁際から離れた。
まとわりつく女性たちを、うるさそうにはらうと、歩き出す。
私から視線を離さず、まっすぐ私のところに歩いてくる。

その目は間違いなく、こう命令していた。『逃げるな』、と。

そんな視線を受け……。
「――っ!!」
もちろん、私は速効で身を翻し、逃げてしまった。

20/32
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -