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■舞踏会と私1

可愛くて優しくて賢い余所者アリス姉さん。
不思議の国中の役持ちたちを、夢中にさせた彼女。
でも彼女のハートを射止めたのは、時計塔に一人こもるユリウスさんだった。
けれどユリウスさんは、皆から嫌われている『時計屋』だった。
その『時計屋』の恋人になったアリス姉さんは『時計屋の女』として、一部の人に
ユリウスさんともども、命を狙われることになった。

だから彼女はこれまでみたいに街で妹と……金魚の何とかみたいに引っ付いている、
もう一人の余所者の小娘と一緒に、暮らすことは出来なくなった。
そしてアリス姉さんは、時計塔に移り、いつまでも幸せに暮らしました。

――そうなってほしい。

…………

舞踏会。それは、このハートの国で行われる催しらしい。
荘厳な舞踏会会場で行われるダンスパーティーは、それは豪華なものだそうな。
私は、眠って眠ってやっと体力が回復し、ゴーランドさんたちに連れられ、舞踏会に
行くことになった。もちろん銃は持ったまま。
薔薇を一輪、胸にさしているのが精一杯のオシャレ。なぜか持ってきてしまった。


そして舞踏会のホールにつき、皆して礼装になったとたん、大声で名を呼ばれた。
「ナノーっ!!」
「っ!!」
突然、知らない人にガバッと抱きつかれ、一瞬身体が固まってしまった。
だって、とんでもなくきれいな人だったから。
「ナノ!遊びに来てって言ったのに、何で一度も来ないのよ!」
周囲の人が振り向く大声で言われ、まじまじとその人を見ると、
「あ、アリス姉さん、ですか……?」
「当たり前じゃない!」
アリス姉さんはドレス姿だ。あんまりきれいだったから、誰か分からなかった。
「もう、しばらく会わないうちに私のことを忘れたの?ひどいわ!」
「ち、違います、違いますよ!」
ポカポカ叩かれ、笑いながら頭を抑える。
「やれやれ。相変わらずだな、おまえたちは」
「やあ、ナノ!」
「ユリウスさん!エースさん!」
アリスさんの後から現れる正装のお二人。
「よう、時計屋、騎士!」
「久しぶり!」
ゴーランドさんたちも、ユリウスさんにあいさつする。領主は領主同士の会話へ。
「アリス姉さん、そのアクセサリー、素敵です!どこで買ったんですか?」
「そ、そう?ユリウスがプレゼントしてくれたの!
あなたこそ、その胸の薔薇、似合ってるわ!」
私たちは女の子同士の会話へ。あ、そういえばゴーランドさん、私が胸にさしていた
薔薇も、そのままドレスに残してくれたんだ。
そしてしばしキャッキャと盛り上がっていると、
「アリス、ちょっといいかな!ビュッフェテーブルまで道案内を頼むぜ!」
後ろから気楽な声を出すエースさん。アリス姉さんは呆れたように、
「ビュッフェはあそこよ、奥の間の。ていうか、ここから見えてるじゃない!」
「見えていても真実とは限らない。俺にはたどり着けないぜ!」
意味ありげでいて全く意味のないセリフを、自信たっぷりに言い切るエースさん。
「お城の中で蜃気楼を見るほど頭が××××になったの?分かったわ。
ついてきなさいよ――ナノ、すぐ戻るわね!」
私には笑顔で手を振るアリス姉さん。
……しばらくお会いしないうちに、ユリウスさんの毒舌が少し移ったのでは。
それとも、私には隠していただけで、元々ああいう方だったのかな?
「ナノ」
「!」
声をかけられ、驚く。ゴーランドさんとの話は終わったらしい。
遊園地の人たちは、ちょっと離れたところで仲間内の雑談に興じていた。
「ユリウスさん!あの……」
久しぶりにお会いすると、何を言っていいのか分からない。
ユリウスさんも同じみたいだ。少し言葉を探すように沈黙し、
「その、遊園地では頑張っているそうだな。だが、身体を壊さない程度にしろ」
「は、はい」
お兄さんみたいに言われ、顔がちょっと赤くなる。
「それと――例の件だが、エースが犯人グループを始末した」
「え……?」
驚いて顔を上げる。アリス姉さんや私を狙っていた顔なしたち。
特徴も何もないから、見つからないと思ってたのに。
「おまえたちが、予想外に早く安全地帯に移ったから、焦ったんだろうな。
私が囮になって街に行き、連中が姿を現したところを、エースに一網打尽にさせた」
「…………」
時計修理のような見事なお仕事と連携プレーに、返す言葉もない。
「ちゃんと時計を止める前に口も割らせた。間違いなくおまえの目撃した一味だ」
「そ、そうですか……」
『時計を止める』という言葉にドキリとするけど、深く突っ込んではいけない気がした。
何より、アリス姉さんがご無事で、舞踏会を楽しめるのは良かった。
けど、疲労で倒れかけてまで銃を練習したのになあ、と意気込みが空回りした私は、
ちょっと気まずい気分。すると、ユリウスさんは優しく笑い、頭を撫でた。
「気にするな。おまえが頑張ったことは、必ず後で糧(かて)になる。
私も予定より早く、アリスと暮らす口実が出来たしな」
「っ!!」
ユリウスさんは、らしからぬイタズラっぽい笑みだった。

「さ、もう何も心配せず、仲間達と舞踏会を楽しんでこい」

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