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■遊園地と私・下

泣いていた。夢の中で、私は膝を抱えて泣いていた。
そして遠くで誰かが走る音……扉が音を立てて開かれ、声がする。
『ユリウス!!』
『ああ、来たか、アリス。待っていたんだ。頼む、何とかしてくれ』
ユリウスさんの困り果てた声。
『もう一人の、余所者が来たって……本当なの!?』
その声はすごく息を切らしていた。きっと必死に走ってきたんだろう。
『何を言っても泣いてばかりで、仕事も出来ず困っているんだ……』
そう、私は異世界に来たショックで泣きっぱなしだった。
この××時間帯、口にしたのはカフェオレ一杯だけ。
ユリウスさんも困っただろう。そして私は新しい人が来て、余計に怯えて泣いた。
そして誰かが私の前に、かがむ気配がした。
『ね、お願い。泣かないで』
声。耳元でとても優しい声。
『私、あなたの不安も怖い気持ちも分かるわ』
頭を撫でる優しい手。その手に、私が泣く勢いが少し弱まる。
『だって私も、あなたと同じ余所者だから……』
『……!?』
その言葉を聞き、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。
『私はアリス=リデル。あなたの名前は?』
そこには童話の世界から出てきたような、可愛い少女が微笑んでいた。

…………

誰かが額に、冷たいおしぼりをかけてくれる。
でもお礼を言う気力も無く、私はぐったりとベッドに寝込んでいた。
ここは遊園地の、私の客室だ。
「射撃場で疲れて倒れてたって?ボリス!おまえも見ていてやれよ」
ゴーランドさんの声だ。違います。ボリスさんに責任はないですよ……。
「ごめん。一度部屋に連れて行ったんだけど、隙を見て出て行っちゃって」
私は相変わらず、遊園地でほとんど遊びもせず、射撃場の常連をやっている。
でもさっきは疲れが祟ったのか、フラッとしてしまった。
「ナノ。アリスを心配する気持ちは分かるが、もうユリウスに任せろ。
アリスの恋人はあいつだ。あいつが全力で守るさ」
「そうそう。戦いは男の仕事だよ?俺もあんたを守りたいな」
「ボリス!余計な茶々入れんじゃねえ!……それに、あんたが心配しすぎて、
ぶっ倒れるまで撃ち込みをやった、なんてことを奴が知ったら『そこまで自分に
頼りがいがなかったのか』なんてショックを受けるぜ?」
横でプッとボリスが噴き出す音。
言われてみれば。確かにユリウスさんに失礼だったかも。
この前まで銃を持っていなかった素人が、今さら付け焼き刃で練習したって……。
「でもさ、この子やっぱり悪くないと思うよ。
必死だから教えればどんどん吸収するし、自分でも覚えていく。
最初と今じゃ、動きが見違えるように違うんだ。もう少し体力がつけば――」
「…………」
私はゆらりと起き上がる。額から、ちょっと温かくなったおしぼりが落ちるけど、
気にしていられない。射撃場で撃ち込み再開だ。
目を開けると慌てたようなゴーランドさんが、
「こ、こら、ボリス!!おまえ、どっちの味方なんだよ!!」
「ち、違う!俺、そういうつもりで言ったんじゃ……寝てなよ、ナノ!!」
私をベッドに戻そうと必死。そしてドアがまたバタンと開き、
「すみませーん!オーナー!!交渉相手がお待ちかねですー!!」
「おい、おまえらもこの子を抑えろ!え?銃を撃ちそう?ああ撃たせとけ!
自分は平気で何時間帯も待たせるくせに、どれだけ勝手な奴なんだよ!!」
バタバタと騒がしい遊園地は、ますます騒がしくなったのだった。

…………

私は暗い部屋で横になっている。
結局、皆に説得され……というか半ば力ずくでベッドに寝かされ、体力の限界も
あって眠ってしまった。
――もう少し……もう少しだけ。
夢うつつでも手には銃。私の手は布団を持ち上げ、虚空の的に……。
誰かが、その手を握った。温かい手だ。手袋も何もしていない。
人がいたなんて気づかなかった。誰だろう。いつからいたんだろう。
その人は私の手を、探るように繊細に触れる。撃ちまくっていたから、ちょっと
硬くなっているかも。くすぐったい。
それから、その人は私の手を自分の頬に当てる。
「だれ……?」
力なく聞いたけど、答えはない。
そして、私の手を戻し、その人が椅子から立つ気配がする。
枕の両横にギシッと誰かが手をついた。
「……ん……」

唇に暖かい物が触れた。薔薇のかすかな香りが鼻腔をくすぐる。

瞬間、心臓が跳ねるように大きく鼓動を打った。
私は目を開けようとした。
でも、予想していたかのように、片手で目をふさがれる。
そして視界を閉ざされたまま、もう一度、唇に……。
――暖かい……。
少しずつ眠くなっていく。
そして廊下をせわしなく走る音がして……勢いよく扉が開く。
「大変だ!あいつら、俺たちがまだ帰ってないってことに気づいて……」
最後まで聞くこと無く、私は眠ってしまった。


そして目が覚めたとき。
ゴーランドさんとボリスさんがベッドサイドにいた。
二人そろってどうしたんですか?
私が目で問いかけると、ゴーランドさんが言った。
「大丈夫か?ナノ。皆でこれから出かけるんだ」
「舞踏会だよ!さ、あんたも行こう」
「……そう、ですか。では支度しますね」
起き上がる。ずっと寝ていた割には、なぜか頭がすっきりしていた。
「言っておくが、アリスのことは心配するな。
白ウサギは警備を万全にしておくだろうし、時計屋だってついてる。
あんたは気にせず、舞踏会を楽しむんだ」
「……はい」
そうは言われても……。
「あれ?俺たちがいない間に誰か来た?」
ボリスさんが不思議そうに、布団を見た。
「さあ?」
私はボリスさんの視線を追う。
一輪の薔薇が、そこに置かれていた。

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