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■遊園地と私・中

「アリスから聞いた話じゃ、もっと大人しい子って印象だったのになあ」
私の射撃を、手取り足取り指導しながらボリスさんは言った。
「そうですね」
あ、さすがボリスさん。少し姿勢と持ち方を直したら、照準あわせが楽になった。
「ねえねえ、ナノって彼氏いる?」
「そうですね」
上の空で返し、銃を撃つ!
よし、連続で頭に当たった!何となく分かって来た。
「舞踏会で誰と踊るか、決めてる?」
「そうですね」
もう一度撃つ!狙った場所に……よし、当たった!
でも現実の敵はボードみたいに、突っ立っていてはくれないだろう。
確か、この射撃場では、ボードの的を動かす装置が――。
「ブラッドさんが、あんたのことを聞いてたよ」
「っ!!」
バッとボリスさんを見る。
「あ、やっとこっちを向いた」
ボリスさんのにんまり顔。私はかーっと頬が熱くなるのを感じた。
「え?い、いえ、その……別に、あの……」
「あ、可愛い!さっきまでクールだったのに!」
鼻をちょんとつつかれ、
「か、からかったんですか?止めて下さい」
プイッとそっぽを向く。ボリスはにゃははと笑い、
「あんたのことを聞かれたのは本当だよ。領土交渉でおっさんのとこに来たときね。
ていうか、最近よく来るんだよ。必要がないくらいにさ。何でだろうね?」
「…………」
そういう言い方をされ、ズキッと心が痛む。ブラッドさんが私に関心がないのは、
私が一番よく知っている。あんな冷たい背中を見ては、勇気もくじける。
でも、どうしてだろう。
会わなかったら普通は忘れてしまいそうなのに、ブラッドさんは私の心にどんどん
居場所を広げていく。もう縁が切れたも同然の人なのに。
――あのとき、帽子屋屋敷に住むと言っていれば……。
私は迷いを振り切るように首を振った。
自分に出来ることがあるかどうか分からない。
でも、少しでも銃が上手く扱えるようになりたい。今はそれだけ。
「ボリスさん。ボードが動くように操作していただけますか?」
「オッケー!でも、的が動くならあんたも動かなきゃ。
ちょうど他の客も居ないし、端から端まで走って、動く的に連射してみようよ」
「え?ちょっと待って下さいよ。一足飛びどころか十足飛びすぎですよ!」
弓の使い方をどうにか覚えた人が、いきなり馬弓をやれと言われたようなもんだ。
「大丈夫大丈夫!俺が教えるよ。それにあんたは必死だからね」
「え?」
ボリスさんは楽しくて仕方ない、という風にニヤニヤしている。
チェシャ猫の笑いで。
「必死な人は、一生懸命だから覚えるのも早い。
砂が水を吸収するみたいに、教えたことを飲み込んでいく」
普通ならそうなんだろうけど、銃だ。体力も運動の基礎も怪しい。でも……。
「お願いします」
アリス姉さんは時計塔にいる。
中にいるときも外に出るときもユリウスさんがずっと守ってくれている。
――狙う機会があるとすれば……舞踏会。
連中も確か言っていた。舞踏会なら警備も手薄になると。
「もうすぐ舞踏会だし、頑張らないと」
「それじゃ、いくよ。三、二、一……スタート!」
走る。この世界の人たちみたいに格好良くは無く、ドタドタと。でも、
――可愛くなくても格好良くなくても、当たればいい!
走る端から銃を撃つ。ダメだ。全然撃ち方が違う!
バランスの取り方も身体で考えないと……!
……息絶え絶えに端っこについたとき、見たくもない惨状だった。
「あーあ、一発かすっただけか。ナノ、そろそろ休んだ方がいいよ」
ボリスさんはどちらでもいい、という感じ。
私は柵にもたれ、呼吸を整えると銃を握り直す。
「いえ……もう一度やります。ですから、私の悪いところを教えて下さい……」
「うーん。ありすぎて一度には言えないかなー」
チェシャ猫は嫌味なくらいに正直。
そして、猫の好奇心で、ずっと、ずーっとつきあってくれる。
「いいところはないですか?」
半分投げやりに聞くと、
「ん?もちろんあるよ?」
「どこですか?」
「きれい」
「は?」
フォルムが?姿勢が?チェシャ猫さんは笑う。
「顔を上げて、まっすぐ銃を向けるときのあんたがさ。
そりゃもう、見とれるくらい、きれいだよ」
そして、ポカンとする私の反応を楽しそうに見る。
私は起きるたび鏡を見てる。見目麗しいこの国の人たちや、アリス姉さんも見ている。
彼らと比べたときの、自分の顔のレベルなど、十分ご承知だ。
「あー、ダメダメ。可愛くなくなってきた。もっと顔を上げて目を開けて、笑顔!」
ボリスさんが変な励まし方をしてくる。
「それとさナノ。これ、結構本気なんだけど……俺とつきあわない?」
柵に頬杖つき、ボリスさんが言う。私は笑って首を振る。
「冗談言わないでないで下さい。さ、体力も戻ったし、もう一度走ります」
私はスタートラインで構える。ボリスさんが苦笑する声が聞こえた。

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