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■銃と私

街の時間帯は、夕刻になっていた。
私は人ごみに紛れ、一人、遊園地から家へ向かっていた。
「つ、疲れました……」
遊園地での歓迎ぶりはすごかった。
テンションの高い従業員さん、そしてオーナーのゴーランドさん。
部屋を決める件は、後日にと言ってどうにかお断り出来たけど、歓迎パーティーに
強制参加。その後、ゴーランドさんの独奏会。
ついでに遊園地アトラクションフルコース。
大歓迎されているのは、とてもありがたいけど、ちょっと前まで半分引きこもって
いた身体にはキツすぎた。心身ともに限界だ。
今から帽子屋屋敷に行く余裕はさすがに無い。
もう誰とも会いたくない、お布団に入って寝てしまいたい……。
肩を落とし、とぼとぼと歩く。
そのとき。

「……時計屋を……」

そんな単語が耳に入った。
『時計屋』、すなわちユリウスさん。そういえば嫌われやすい仕事だと聞いた。
私は声の方向を振り向きそうになり、慌てて止める。
いつかのとき、エースさんに言われたように、見ないようにしながら、声の方向を
うかがった。
そばの建物の陰だ。何だか雰囲気の悪い顔無しの男性が、数人集まっている。
私は周囲をチラッと見る。でも知り合いの役持ちの姿は見えない。
ここは私たちの家からまだ距離があり、ハートの兵士さん達は張っていない。
――どうしよう……。
そのとき、空の時間帯が、夕刻から夜に転じる。
「ちっ……暗くなったな」
「いい。話を続けよう」
彼らはそこに留まるようだ。
――……話を、聞くだけ。
単なるユリウスさんの悪口なら、不愉快だけど安心して帰れる。
私は暗闇を利用し、彼らに見えないよう、近くの物陰に身を滑らせた。
彼らはひそひそ声だったけど、どうにか内容は聞き取れた。
「だが時計塔にこもっているし、それなりに強い……」
「女はどうだ?時計屋だけなら難しいが、女の方なら……」
――っ!!
私は声を上げそうになり、慌てて両手で口を押さえた。
「女を撃たれ、ふぬけになった時計屋なら簡単に……」
「だが、外に出るときは兵士が護衛をしている。どうやって……」
――こいつら……アリス姉さんを、撃とうとしてる!?
いや、アリス姉さんだけじゃない。ユリウスさんもだ!
身体中の血液が沸騰した気分だった。
衝動的に、私は腰の銃に手を伸ばしていた。
――ダメ!ダメ!危なすぎる!!
震える身体を、理性で必死に止めた。
敵は複数いる。家まで遠い。私の銃の腕は素人。
どう考えても生き残れる要素がない。
――でもこのまま放置したら、アリス姉さんを撃ちに行くんじゃ……!
不安で不安で、いてもたってもいられない。
ユリウスさんだ。今すぐユリウスさんに伝えに行かないと。
――でも今動いたら、気づかれるかも……。
夜の時間帯になってくれたのはいいけど、人通りまで減ってしまったのだ。
さっきまでにぎやかだった通りは、しんと静まりかえっている。
今、下手に物音を立てれば、気づかれる。
「なら、いつを狙う……」
「舞踏会なら護衛も手薄に……」
「いや出来ればもっと早く……」
彼らはなお物騒な話を続けている。

――撃つしか……?

震える手が、そっとホルダーから銃を抜く。
――あっ。
気がつかなかったけど、汗をかいていたらしい。
汗で手が滑って、銃を落としそうになり、慌てて持ち直した。
――ええと、ええと、まず、どうするんだっけ……。
エリオットさんに教わったことが頭から吹っ飛んでいる。
手も足も膝も、全身が震えている。
全身が氷点下みたいに寒く、なのに汗が止まらない。
だけど物陰から、彼らに銃を向けることには成功した。
彼らはまだこちらに気づいていない。
見られていると気づきもせず、アリス姉さんをどうやって一人にさせ、撃つかという
算段までしていた。
「一緒に住んでいる余所者の小娘がいる。そいつは一人で……」
「足でも撃って、人質にして、時計屋の女を……」
――……っ!!
話が自分のことに及び、再び全身の血が沸騰する。
――本当に、怖い世界なんだ、ここは……。
「だが、そいつはもうすぐ遊園地に移り住むとか……」
「ならすぐにでも……」
私は彼らの一人の頭に銃口を向ける。そして引き金にかけた指に力を入れようとした。
そこで、止まる。
――こんな、簡単に……本当に、いいの?
世界に幕がかかったように現実感がない。
なのに指がガクガク震え、どうしても引けなかった。
この世界に警察はいない。大切な人の身は、自分で守らないと。でも……。
心臓がどうにかなりそうなほど、激しく鼓動を打つ。
銃を持つ手がしびれてきて、今にも落としそうだ。
――でき……ない……。
そう思ったとき、フッと手の力が抜ける。
瞬間、手から銃が、硬い地面に向かってこぼれ落ちた。やけにゆっくりと。
――あ……。
GAME OVER。そう思ったとき。
銃声が鳴り響いた。

――え!?
夜の静寂を破った銃声に、私は顔を上げる。
一瞬、誰かが都合良く助けに来てくれたのかと思った。けど、
「ちっ!抗争か……」
見ると、男の人たちは全然違う方向を見て舌打ちしていた。
私の足下には、間違いなく私の銃。
続いて数発、近くの通りから銃声が聞こえる。
どうやら、宵闇にまぎれ、どこかで無関係の抗争が始まったらしい。
それで、私の銃の落下音が相殺された。不幸中の幸いというしかない。
「こっちの方に来るかもな……」
「場所を移そう。行くぞ!」
彼らが走り出す音が聞こえ、私は慌てて物陰にしゃがみ、息を抑える。
彼らは、私に全く気づくこと無く、闇の中に走り去って行った。

――……撃てなかった。
私は全身の力が抜け、その場にへたりこむ。
いや、撃てたとしても、あんなに緊張していては、まともな動きは無理だ。
逆に撃たれ、本当に人質にされたかもしれない。
そしてアリス姉さんとユリウスさんを……。
なら、どうすれば良かったんだろう。
『”出来れば使いたくない”という甘い考えなら、今すぐ銃を我々に返却し、アリスの元に帰るといい』
ブラッドさんの冷たい声が脳裏に蘇る。
――もっと、私が度胸を持って、冷静に対処していれば……。
「う……」
目にじわっと涙があふれる。止めようとしても、止められない。
――そうだ、ユリウスさんにこのことを話さないと!
立ち上がりかけ、止める。
あんな話を聞いた以上、私自身も警戒して行動しないと。
一人で時計塔まで行くなんて危険だ。
それに、あの男の人たちは顔無しだった。特徴なんて分からない。
――なら、アリス姉さんの無事を確かめないと。
「……〜〜っ!!」
でも動けなかった。私は自分の膝を抱え、声に出さず泣きじゃくる。
明るい時間帯になるまで、私は泣き続けていた。

…………

…………


「ただいま帰りました。遅くなってしまい……」
家の扉を開ける。目も休ませるため、さらに時間帯を食った。
でもこれで、泣いていたとは気づかれないと思う。
「遅いわよ、ナノ!!」
で、お叱りの声が飛んできた!
家の中に、アリス姉さんが仁王立ちしていた!
「あ……!すみません!すみません!途中でお友達に会いまして……」
必死に頭を下げると、アリス姉さんは、
「ナノ。遊園地を出たって聞いてから×時間帯よ!?
本当に心配したのよ?遅くなるなら連絡して。お願い!!」
「はい、すみません……」
私がしゅんとすると、アリス姉さんはやっと声をやわらげ、
「さ、ご飯にしましょう」
「は、はい」
アリス姉さんの後に続きながら、私はアリス姉さんの無事に安堵する。
同時に、世界が全く違ったものに見えることに気づいた。
――あの窓から撃たれたら……ドアの鍵、もっと頑丈なものにした方がいいんじゃ。
急に自分を取り巻く世界が怖くなる。皆から散々言われた『危険』の意味が実感を伴って、自分に重くのしかかる。
「あ、ナノ。私、食事が終わったら、ユリウスのところに行くから」
「え……お一人で!?」
何て危ないことを!
するとアリス姉さんはきょとんとした顔で、
「え?いつもそうじゃない?一緒に行きたいの?」
あ、そうだ。ユリウスさんに危険だと伝えないと。
アリス姉さんには……まだ黙っていよう。ユリウスさんにお任せしよう。
「あ、はい、そうですね!一緒に行きたいです!」
上ずった声で言うと『珍しいわね』とアリス姉さんは笑う。
「そうね。あなたも一緒に来た方がいいかも。あと少しで舞踏会だものね」

「舞踏会?」

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