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■ボリスさんと私

アリス姉さん、それとユリウスさんは、自分たちが一緒になった後の私の身上を
心配してくれた。最初は時計塔に住んで、と説得された。
けど、私は新婚夫婦(!)の邪魔をするつもりはなかったので、一人暮らしを主張。
でも不思議の国は治安が悪いと、猛反対された。
で、アリス姉さんを説得するため、遊園地に住むと口約束したのだ。
私は二番目の余所者。珍しくもなく、可愛くもない。
当然、遊園地側にも『ふーん』程度に扱われるだろう!
その無関心を利用し、移転をズルズル先延ばし!壮大かつ完璧な先延ばし計画!!
……しかし、遊園地の人たちは想像以上に、私を大歓迎モードだったっぽい。
それで、今の状況。ボリスさんが迎えに来て下さいました。

で、ボリスさんに抱きつかれ、ゴロゴロされていると、
「わっ!!」
声を上げ、ボリスさんがバッと私から離れる。
そして、直後に銃声。
「……っ!!」
銃弾は、さっきまでボリスさんのいたあたりを貫いたらしい。
これ、私の方も、少しでも動いていたら当たっていたのでは……。
そして飛びすさって、危うく難を逃れたボリスさんは、
「ちょっと!ブラッドさん、何するんだよ!!」
銃を撃った屋敷の主に抗議する。
そう、ブラッドさんが銃を構えていた。
しかもボスが撃ったせいで、使用人さん達も一斉に銃を取り出している。
「何をするとはこちらのセリフだ、おチビさん。
神聖なお茶会に乱入し、あいさつの一言もなく、客人に無礼な真似をするとはな」
「ああ、それは悪かったよ、ブラッドさん。でもナノが遊園地に滞在してくれる
っていうから、嬉しくてさ」
ボリスさんは全く悪びれないで、目をキラキラさせている。
「…………」
ブラッドさんは無言で銃を構え直す。
「ま、待って!止めて下さい!」
慌ててボリスさんを両手でかばうと、ブラッドさんは私にも冷たい視線を向け、
「ナノ。ゴーランドの領土に住むと?
君はさっき一言も、そんな話はしていなかっただろう」
「えーと、それは、その……」
住む気が無かったので話しませんでした。
しかし今さら、そのことを話すと、今度はボリスさんたちに失礼になる。
――うう、些細な嘘が、とんでもないことに……!
どう答えたものか迷っているうちに、ブラッドさんは椅子から立ち上がった。
「ここに住むのが嫌だったのなら、最初からそう言いなさい」
「え?べ、別にそんなことは!」
けれどブラッドさんは冷たい目だった。
「私を気遣う必要はない。お茶会は終わりだ」
クルッと背を向け、歩き出す。
「ブラッドさん。違うんです、私は……」
後ろ姿に声をかけるけど、ブラッドさんは振り向かず、
「これからはチェシャ猫に銃を習うといい。
短い間だったが、楽しませてもらったよ、ナノ」
と言い、屋敷の方角へ去って行った。
エリオットさんは、慌てて立ち上がり、ブラッドさんの元に走ると、
「ブラッド。待てよ!そう簡単にあきらめなくても、ちゃんと話し合えば……」
「話し合って、嘘を重ねられても困る」
……その言葉が私に突き刺さる。
使用人さんたちは銃を下ろし、迅速にお茶会の後片付けを始めていた。
私が呆然としていると、
「お茶会終わった?じゃ、行こうか、ナノ!」
空気を読まないのか読んでいても無視しているのか、ボリスさんは私に抱きつき、
ゴロゴロと喉を鳴らしていた。

…………

走る。ボリスさんに手を引っ張られ、帽子屋領の街を走る。
一緒に遊園地に行くところだった。
「ナノ、こっちこっち!」
ボリスさんは帽子屋屋敷での出来事など、完全に忘れた様子で、軽やかに走る。
でも、私の頭の中は、さっきのお茶会の出来事でいっぱい。
帽子屋屋敷に住むことを、あれだけ遠慮しておいて、実は遊園地に行くことに
なっていた。それだけならまだしも、それを隠していた。
理由があったからとはいえ、結果的にブラッドさんに嘘をついてしまった。
――ブラッドさんにちゃんと謝らなきゃ……。
このまま疎遠になるのかと思うと、心が引き裂かれるように痛い。
私たちが走っているのは、まだ帽子屋領土内の街。今なら戻れる。
「ボリスさん、すみません、やっぱり私……」
声をかけたけど、ボリスさんは笑顔で私を振り返り、
「そうだよね、帽子屋屋敷から遊園地って、遠いよね。よし、一気に行こう!」
「え?別に私は、疲れたわけでは……え?ボリスさん!?」
何と、ボリスさんはごく普通の民家に走っていって、そのドアに手をかける。
そして金の瞳で私を振り返り、
「よし、つなげた!行こう!」
「は?『つなげた』?『行こう』って――」
言葉は途切れてしまった。ボリスさんが開けたドアの先は……遊園地だった。
間違いない。にぎやかな音楽が聞こえ、アトラクションが見えた。
「え?は?」
でも、何で民家の中に遊園地が?帽子屋領土内なのに!?
「俺は空間をつなげられるんだよ。さ、早く早く!」
「待って、私――」
でも、ボリスさんに引っ張られ、扉の中に引きずり込まれてしまった。

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