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■ブラッドさんと私

帽子屋屋敷の庭園は、主の好みに合わせたような、夜の時間帯だった。
そして、いつものお茶会が始まる。
使用人さんに椅子を引かれ、座ると、すぐに紅茶が出された。
ブラッドさんが乾杯代わりのティーカップを持ち、上機嫌に、
「初めて『的』に当たったからな。記念にお祝いをさせていただこう」
大げさなことを言われ、いつも以上に豪勢なケーキが並べられる。
「ど、どうも……」
エリオットさんも笑顔で、
「俺も作らせたぜ!特製ニンジンクグロフに、キャロットクーヘンに――」
以下省略。ご厚意に感謝しつつ、私はフォークを取った。

そして紅茶を飲んでいると、ブラッドさんが言った。
「ときにナノ」
「はい?」
「アリスが、時計塔に移り住む準備をしているそうだな」
「はい。そうです」
そういえば、ブラッドさんには失恋話だ。不機嫌そうには見えないけど。
むしろエリオットさんの方が『時計塔』と聞いて、ピクッと耳を動かし、ムッとした
顔になる。でもボスに睨まれ、何も言わず、ニンジン何とかを食べ続けた。
「それで君はどうする?一緒に時計塔に行くつもりか?」
「いいえ。押しかけるつもりはないですよ」
「では、まさか君のような子が、あんな危険な場所に一人で暮らすつもりか?」
「うーん。アリス姉さんには、他の領土に移ることを勧められましたが……」
するとブラッドさんは満足そうにうなずき、
「それが賢明だろう。では、どの部屋に住むか決めるとするか。
君の希望には最大限沿うし、望む部屋が無いようなら作らせよう」
上機嫌だ。すごく嬉しそうだ。
でも、どういうことなんだろう。私が?帽子屋屋敷に?まさか。
「いえ、私はあの家にいるつもりです。一人で暮らそうと思って」
だから護身に射撃練習をしてるんだし。
すると空気が凍った、気がした。
周りに控えていた使用人さんメイドさんの顔がサッと青ざめるのが見えた。
え?な、何ですか?私、何か失礼を!?
エリオットさん、急に慌てた顔になって、ブラッドさんと私を交互に見、
「じょ、冗談だよな?なあ、ナノ!!帽子屋屋敷に来るんだよな!!」
「何でです?」
アリス姉さんもご結婚されるし、ブラッドさんにとって、私はもうお荷物だろう。
「その……ナノ。君は、私と……我が屋敷と懇意にしてくれているし、何か
あれば頼ってくれるものと思っていたのだが。それは私の勘違いだったか?」
ブラッドさんが言う。さっきまでの上機嫌な様子から一転、不機嫌な顔になっている。
手袋の指が、苛立たしげにテーブルをトントンと叩いていた。
何なんだろう。てっきり、縁の切り時だと喜ぶかと思ったのに。
「ご厚意は嬉しいですが、これ以上ご迷惑をかけるわけには……」
するとブラッドさんがドンっと紅茶をテーブルに置いた。中身が跳ね、テーブルに
こぼれた。その場の全員がビクッとする。私も例外では無く。
「ブラッドさん……?」
「私は……迷惑などとは一度も……!」
な、何だろう。ブラッドさんが怒っているみたいだ。
まさか、私が帽子屋屋敷に住むのを断ったから?
でもブラッドさんは、アリス姉さんが好きだったはず。
アリス姉さんがユリウスさんと恋人になったからって、私に目を向けるはずが無い。
では何だろう。分からない。さっぱり分からない。
賢いアリス姉さんと違って、私は頭が悪いんだから。
そしてブラッドさんは、何とか平静を保ったような声で、
「君は今の居住地でもなく、我が屋敷に住むことが望ましいと私は思っている」
……え?もしかして、建前とかではなく、本当に帽子屋屋敷に住んでいいんだろうか。
うーん。ここは私がもと居た国では無い。はっきりと聞いてみないと。
「私が行っても、ご迷惑じゃないんですか?
本当に私が帽子屋屋敷に住んでいいんですか?」
そう聞くと、ブラッドさんはやっと表情を和らげ、紅茶を飲む。
「あ、ああ、もちろんだとも。なぜなら私は君を――」
そのとき、
「ナノーっ!!」
弾むような声が聞こえた。
振り向くと、ピンクの猫さんがファーをなびかせ、走ってくるところだった。

「ナノ、久しぶり!」
一目散に私のもとに駆け寄ってきた猫さん。私にニコっと笑う。
「えーと……ボ、ボリスさん、でしたよね?」
このチェシャ猫さんとも、アリス姉さんに紹介されて以来だ。
ほんのちょっとだけ人見知りモードになった私は、やや警戒しつつボリスさんを見る。
エリオットさんもニンジンスイーツから顔を上げ、
「ボリス。お茶会のときくらい遠慮しろよ。ガキどもなら門にいるぜ?」
でも、ボリスさんは返事をせず……というか周囲の帽子屋屋敷の人たちに目もくれない。
私にガバッと抱きつき――それで私が『!?』と固まっていると、
「アリスから聞いたよー!!遊園地に住んでくれるんだって?」
ゴロゴロゴロ。あ、ああ!!耳が!猫耳がすぐそばに!!
こんな素敵な人……いえ猫さんだと知っていたなら、もっといっぱいお知り合いに
なっておくべきだった!!で、ボリスさんはやはり周囲の人々をスルーし、私に、
「もう、おっさんも大喜びでさ!あんたの部屋を選ぶから、すぐ連れてこいって!」
……アリス姉さんの行動は思ったより早かったらしい。
そして遊園地の方々の行動も!

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