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■アリス姉さんと私2・下

でも移るといっても、どこにしよう?白ウサギのいるハートの城は論外。
帽子屋屋敷も、アリス姉さん目当てで声をかけてくれてるんだし、実際に私が
好意を真に受けて移り住めば、嫌な顔をされるかもしれない。
となると、消去法で遊園地か。あまりなじみがなかったから、不安もあるけど……。
「これからは、遊園地にお世話になりたいと思います」
真面目に考えたものの、実際住むかは怪しいけど。
でも、やっとアリス姉さんは笑顔を浮かべてくれた。
「良かった!ユリウスはゴーランドと仲がいいし、時計塔とも領土が近いわ!
あなたもボリスとすぐ友達になれるわよ。私が話をしておくわね!」
文字通りに手を叩いて喜ぶアリス姉さん。
エプロンドレスがふわりと舞い、笑顔はスミレの花みたい。んで、るんるんと、
「それじゃ、お茶にしましょう!あ、お湯を沸かし直さなきゃね!」
「心配かけてごめんなさい。アリス姉さん」
私は微笑んだ。
懐の銃が、少し重かった。


二人のお茶会はいつも通りに楽しく、でもいつもより、少しだけ気まずかった。
不思議の国に来て初めて、私がアリス姉さんに逆らったからかもしれない。
それでも、私たちはおしゃべりしながら、ケーキを食べる。
「ナノ。何かあったの?顔つきがちょっと違う気がするけど」
「え?別に何もないですよ?」
「そう?ちょっとキリッとしてきたって言うか……」
紅茶を飲みながら、アリス姉さんが不思議そうに首をかしげる。
そういえば、人見知りの私が、エースさんとも普通に話せたし……。
心境の変化なんですかね。よくわかんないけど。
でも私に言わせれば、アリス姉さんも以前と顔が違うと思う。
うん、アリス姉さんは、私にはいつも笑顔だ。でもたまに暗くなることがある。
自分の中の何かと戦ってるような、苦しそうな顔をするのだ。
ずっと前に、こんなことを話してくれた。
『ブラッドって、私が前につきあっていた人とそっくりなのよ』
そして、ただ深いため息。前の彼氏のことで何かわだかまりがあるみたいだったけど
そこまでは話してくれなかった。
顔を曇らせることは、他にもあった。例えば些細な失敗をしたとき。
アリス姉さんが、オーブンの温度を間違えて、クッキーを焦がしたときだ。
『姉さんなら、こんな失敗、絶対にしないのに……』と暗い顔でボソッと呟いた。
そして慌てて私に『ごめんね、もう一度作り直しましょう』と優しく言った。
そのとき、その笑顔が、何だか誰かの笑顔を真似ているみたいだと、なぜか思った。
けど、最近はそんなことも、ほとんど無くなった。
何というか、落ちつき、満ち足りている。
きっと愛されてるからなんだろうな。
「今までずっと一緒だったもの。離ればなれなんて、寂しくなるわね」
「大げさですよ。近くなんだし、会いたいときにすぐ会えますよ」
「そうね」
紅茶を飲むアリス姉さん。寂しそうだけど、とても幸せそうな顔だった。


そして片付けも終わり、お風呂にも入り、さあ寝ようというとき、
「ねえナノ。久しぶりに一緒に寝ない?」
アリス姉さんが枕を持って言った。
「もちろんです!」
私は一にも二にもなく答えた。

ベッドに二人で枕を並べて、おしゃべりをする。
アリス姉さんはたくさん話してくれた。
ユリウスさんとの、ノロケまじりの恋愛話、他の領土の友達の近況、帰りに見つけた
素敵なお店のこと……そして、
「もう、ナノ。私にばかり話させないで。あなたはどうなの?
帽子屋屋敷でのお手伝い、どうだった?」
「あ、あはは……失敗ばっかりで、笑われちゃいました」
的に一発も当てられなかったし。するとアリス姉さんは『うんうん』とうなずき、
「大丈夫よ。最初は皆、失敗するの。繰り返しやれば、上達するわ!」
「そうですよね」
やっぱり継続が肝心かな。また射撃練習に行かせてもらわないと。
私の物騒な思考と裏腹に、二人の話は楽しく続いた。
「ん……」
そして夜の時間帯が続く。私は眠くなり、枕にもたれてウトウトしてきた。
アリス姉さんが髪を撫でてくれるのを感じる。気持ちいい。

「……イーディス」

そう呟くのが聞こえた。どこか痛いものをこらえる声で。
「いいえ、あなたはイーディスじゃない。ナノだわ」
私はウトウトする。
「ありがとう。私に『お姉さんごっこ』をさせてくれて」
なぜだろう。私の胸も、少し痛い。でも、苦しいけど何だか幸せ。
もしかして私なんかの存在が、アリス姉さんの傷を少しでも癒やせたんだろうか。
もしそうなら、とても素敵なのになあ……。
そんな薔薇色のフワフワした思いに包まれ、私は眠りに落ちていった。

…………

「っ!!」
引き金を引いた、と思った瞬間、ボードの的に、穴が空いた。
「やった!」
私は銃を下ろし、拳を握る。
数を数えるのも馬鹿らしいほど撃ちまくって、やっと当たった。腕が痛い。
「おっしゃー!!やったな、ナノ!!」
エリオットさんが飛び上がって喜び、肩を叩いてくれた。
「でも、ほんの端っこに当たっただけですよ」
本当にスレスレ。ボードの肩のあたりをどうにか撃ち抜いた。
「だが銃を初めて持つことから始まり、ここまで来た。大したものだ」
優雅に椅子に座り、ワインを飲んでいたブラッドさんも手を叩いてくれた。
「では、そろそろお茶会にしようか」
「あ、はい」
私は銃をしまい、持参したタオルで汗を拭いた。
そしてブラッドさんのところに歩いて行く。相変わらず、私が射撃に来たときは必ず
教官がエリオットさん。そしてブラッドさんがときどきアドバイスし、終わったら
お茶会、という流れが定番になってきた。
でもブラッドさんは、アリス姉さんとユリウスさんのことは、絶対に知っているはず。
国中で噂になっているし。
もう私を歓待したって、アリス姉さんは釣れない。
なのに何で毎回、わざわざ射撃練習につきあって下さるんだろう。
教官役にしたって、2のエリオットさんじゃなく、使用人さんでいいのに。
いえ、組織の長だもの。根は面倒見のいい人なんだろうな。

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