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■テントの夜4

「おい、いつまで寝ているんだ」
左隣からユリウスに声をかけられ、目を覚ました。
「分かった分かった、分かりましたよ。もう、誰のせいだと思ってるんですか」
昨夜のことを暗に責めると、
「いや、時計塔が無くなったのはおまえのせいだろうが」
と、うってかわって素知らぬフリをされた。まったく。
「二人とも、朝ご飯が出来たぜ!」
エースが外から声をかけてきて、私たちはあわてて外に出た。

…………
陽光射す森の中を歩く。
私はユリウスの腕にしっかり腕を絡ませている。
「お、おい、べたべたくっつくな」
「ふふ。いいじゃないですか、恋人なんだし」
「あははは。イラッとして斬りたくなっちゃうくらい仲がいいなあ」
ユリウスにあしらわれ、エースに茶々を入れられながらも私はご機嫌。
何しろ、このところずっと構ってもらえなかった。
状況的には非常識なんだけど、ユリウスの方から求めてきてくれたことは純粋に嬉しかった。
「お、二人とも、遊園地が見えてきたぜ」
エースが指差す先に、観覧車が見えてきた。

…………
初めて会うオーナーさんはとてもいい人だった。
「そうかそうか、そりゃ大変だったな。部屋を用意するから、好きなだけ泊まって
いってくれ!フリーパスもやるから遊び倒していいぜ!」
ユリウスが全て説明し終わる前に、二つ返事で滞在を許可してくれた。
そして何度もお礼を言う私に、安心出来る笑顔を見せて去って行った。

オーナーさんの姿が見えなくなり、私たち二人はようやくホッとして息を吐いた。
「これでもう安全だ。良かったな、ナノ」
「ええ。ユリウスも、夜中に余計なことにいそしまず、ぐっすり眠れますね」
ニヤニヤと言ってやると、
「そんなに、うるさかったか?」
心配するような顔になった。
真顔で返され、逆に恥ずかしくなる。
「い、いえ、まあ、その……こちらはあまり眠れなかったですかね」
するとユリウスは頭をかき、
「すまん……そんなにいびきがひどかったのか。次は起こしてくれていいからな」
「……え?」
でもユリウスは大まじめだ。私が『いびきで眠れなかった』ことを詫びてくる。
まじめな人だから、からかったり、ごまかしたり含みを残す言い方をすれば、すぐ
にでも分かる。でも、今は本当に本当の真顔だった。
あわてて問いただそうとすると、ずっとやりとりを見ていたエースが、
「それじゃ、俺は城に戻るぜ、二人とも」
「え?え?あ、あの、エース……」
「ああ、ご苦労だったな。エース」
ユリウスは手を振る。
戸惑っているとエースが最後に、私にだけ聞こえるよう、小さく言った。

『今度は三人でしようぜ』

「――っ!」
反応するより早く、エースは私たちに背を向け、遊園地の入り口に去って行った。
隣でユリウスが安堵したように、
「意外だったな。てっきり、おまえに何かちょっかいをかけると思っていたのに」
「そ、そうですね。でもそれほどでもないですから。あ、あはは……」
から笑いすると、ユリウスが身をかがめ私に目線を合わせる。
「どうした?顔色が悪いな。すぐに部屋で休むか?それとも遊ぶか?」
「あ、遊びましょう!ユリウスの好きな乗り物でいいですから!」
目をそらし、ユリウスの背後に回って背中を押す。
「お、おい!押すな!倒れるだろう!」
アトラクションに押しながら、私はひたすら冷や汗で体温が下がるのを感じた。
ユリウスにひたすら申し訳ないというのが一番の気持ち。
お馬鹿な自分への罵倒がその次。
そして、エースはこれきり引いてくれるんだろうかという不安な気持ち。
「どうした?」
足を止め、大きな背中にしがみつく。
するとユリウスが肩越しに振り返り、頭を撫でてくれる。
ユリウスは優しい。やっぱり大好き。私は彼を見上げ、
「ユリウス、キスしてください」
「お、おい!公衆の面前だぞ!そんな……」
「誰も見てませんよ。ね?」
「…………」
ユリウスは周囲を気にしつつ、素早く身をかがめ、一瞬だけ唇を合わせてくれた。
そしてあわてて顔を上げ、また周囲を確認する。
もちろん、みんな普通に歩いている。
遊園地の片隅でいちゃつくカップルなんて誰も見てないのに。
そしてこの大きい人が、もっと愛おしくなる。
「行きましょう、ユリウス」
「あ、ああ」
ぎこちなく肘を出され、もちろんすぐに腕を絡める。
――忘れよう。あれは一度きり。そうですよね……。
アトラクションに向けて歩きながら、私はエースの悪夢を追い払おうとした。
でも頭の中ではエースの声がなかなか振り払えなかった。

『今度は三人でしようぜ』

宣言するような、確信的な言い方。
その言葉を思い返すたびに感じるユリウスへの申し訳なさ。
同時に感じる、ユリウスの押され弱さへのある種の不安。

そして自分の身体の奥に生まれた、小さな熱を……。

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