続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 ■アリス姉さんと私2・上 「よし、準備完了!」 キンガムチェックのエプロンをし、腕組みした。 テーブルには、帽子屋屋敷でいただいた高級スイーツがゴージャスに並んでいた。 紅茶の準備も万端。花瓶には薔薇の花が、咲き誇っている。 「アリス姉さんがお帰りになる前に、ちょっと休みますか」 椅子を引き、そっと座る。 そして……腰のホルダーから銃を外す。 テーブルに置く。鈍い輝きを放つ、まぎれもない銃。 触れてみると、冷たい。 でも握ってみると、最初の時より、しっくり手になじむ気がする。 ――扱いこなせても、一人でここに住めるのかな。 どう考えても無謀だ。かといって男性の元に転がる気も無いし、見知らぬ領土に、 今さら身を移して……というのもちょっと怖い。 なら、時計塔だろうか。きっと二人は私を受け入れてくれる。 ――でもなあ。 時計塔は嫌いじゃないし、ユリウスさんも尊敬してる。 けど、やっぱり新婚(!)家庭に転がり込んで、居座るのは抵抗がある。 ユリウスさんだって、妻はともかく、その義理の妹まで養う余裕はあるのかな。 時計屋は繁盛してるけど、生活は質素だって、アリス姉さんも言ってたし。 いずれアリス姉さんに子供が出来たりすれば、もっとお金も……。 ――いやいやいや!何で私が、ユリウスさんの経済状況を憂えているんですか! 金銭問題など、不思議の国にあるまじき現実!ユリウスさんに失礼だ! ――でもアリス姉さんの子供かー。可愛いんだろうなー。見てみたいなー。 自分にツッコミを入れつつ、ふわふわ悶えていると、扉の向こうでバタバタと 走る音がして――バタンと扉が開く。 「ナノ!ごめんね、遅くなっちゃって!!」 アリス姉さんが、転びそうになりながら、家の中に駆け込んできた。 うんうん。機械油の匂いがしますね。ユリウスさんは今回も……コホン、失礼。 私はそっと銃を懐に隠し、微笑んだ。 「おかえりなさい、アリス姉さん」 「ただいま、ナノ」 アリス姉さんは、私に笑い、そしてテーブルの上のスイーツに目を見張り、 「うわあ!すごいわね!これ、どうしたの!?」 「帽子屋屋敷でいただいたんです。ブラッドさんが、アリス姉さんにって」 「ブラッドったら、多すぎだわ……」 アリス姉さんは困った顔。 「でも、せっかくだからいただきましょうか。ね、ナノ」 「はい!紅茶をお淹れしますね」 私も笑う。立ち上がったとき。 「あ、ねえ、ナノ」 声をかけられた。 「そろそろ、荷物の整理をしない?」 「荷物の整理?」 振り向き、首をかしげると、アリス姉さんは顔を真っ赤にし、しばらく口ごもった後、 「そのね……と、突然の話で驚くと思うんだけど……。 じ、実は、その、私、ユリウスと……」 え!まさか、今頃になって、ユリウスさんとつきあってることを、私に説明!? 鈍い私でも、さすがに気づいてましたが! 「おめでとうございます。アリス姉さん!」 とりあえず笑顔で、祝福の言葉を贈る。 でも私が気づくくらいだから、もうかなり広範囲に知れ渡っていると思うけど。 「あ、ありがとう。それでね、ユリウスが……ええと私も賛成なんだけど、あなた 一人で、ここに暮らすのは危ないから、あなたも時計塔に移ってこいって……」 真っ赤になって、しどろもどろにアリス姉さんはそう言ってくれた。 「はあ。ユリウスさんが」 私のことも考えてくれてるんだ。本当に良い人と結ばれたな、アリス姉さん。 「でね、移り住むなら、計画的に荷造りをしなきゃって、言うから……。 いろいろ配送の準備とかもあるし……」 もう具体的な転居計画に入ってるんだ。 ユリウスさん、少しでも早くアリス姉さんと暮らしたくてウズウズしてるとみた。 それに、何かすでにお二人の中では、私も一緒に住むことになってるらしい。 もちろん部屋は別なんだろうけど。 私の表情に気づいたのか、アリス姉さんは慌てて、 「大丈夫よ。ユリウスは素敵な人だし、あなたも今まで通り、楽しく暮らせるわ」 そうでしょうね。きっと時計塔に移っても変わらない。 今までみたいな、夢の国にいるみたいな、素敵な生活がいつまでも続いていく。 そして、胸を切ない吐息がかすめる。 「大丈夫ですよ。私は一人でここに住みますから」 どうにか、そう言うことが出来た。 …………その後のことは、少々割愛。 どうしてかって?ずっとアリス姉さんの説得が続いたので。 何で一緒に暮らさないの? お二人の邪魔になりますから。 気にしないわ、大丈夫よ!ユリウスも大歓迎! いえ、でもですね、私もそろそろ一人で……。 アリス姉さんは、最初は私が過度に気をつかってるからだと思い『大丈夫』と 繰り返しなだめてきた。それでも私がうなずかないから、今度は、あの陰気な塔の 『劇的ビフォアアフター』計画……ゴホンゴホン!素敵な新生活プランについて、話してくれた。 ええ、ええ。あの閉鎖的な塔の壁をぶち抜くのは、さぞ快適でしょうね。 ユリウスさんは怒るだろうけど、最後には許しそうだなあ。 それでもさらに私が拒むので、『お姉さん』っぽく、危険な場所に一人暮らしという ことの危険性をこんこんとご説明。賢いアリス姉さんは、ペーターさんの護衛兵士 派遣にとっくに気づいていたらしい。彼らがいなくなると、あなたが危ないわ、と。 でもでもでも、私がうなずかないので、 「それなら、せめてどこかの領土に住まいを移して。ね、お願い」 ちょっと疲れた顔のアリス姉さん。紅茶がそろそろ冷めちゃうかな。 それに、これ以上拒めば、引きずってでも連れて行かれるか、泣かれそう。 ――口約束だけでも、どこかに移るって言おうかな。 罪悪感はあるけど。 「分かりました、アリス姉さん」 10/32 続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 |