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■エースさんと私

そして夕刻の時間帯。
「ナノ、また来てねー!!『お姉さん』によろしくー!!」
「次は『お姉さん』も誘ってきてよー!!」
双子の門番に見送られ、私は帽子屋屋敷を後にする。
「はあ、こんなにお土産はいらないのに……」
両手には紙袋。中はアリス姉さんへのお土産に持たされたもので、シェフ特製の
スイーツがどっさり。そしてずっしり重い。
――本当にアリス姉さんはモテるなあ。
当然という、ちょっぴり誇らしい思いと、
――ユリウスさんとのこと、言っておいた方が良かったかなあ。
という軽い罪悪感。
でもエリオットさんはユリウスさんのこととなると、なぜかすぐ感情的になる。
アリス姉さんとのことは伏せて正解だったと思う。
――というか、腰が痛いなあ……。
荷物に加え、腰のホルダーにさした銃も重い。
銃。結局、返すことはなく持ってきてしまった。
「ちょっと休もうかな……」
と、肩を落としつつ思ったとき。片方の手の重みがフッと消えた。

「え?」
「持ってあげるよ」
振り向くと、キラッと光る歯、爽やかな笑みが見えた。
「エースさん!」
赤いコートに大きな剣。ハートの騎士、エースさんだった。
「俺は時計塔に行くんだ。途中まで道が同じだろう?一緒に行って良いよな?」
許可を求めながら、反対側の手の荷物も持ってくれる。
「ええ、もちろんです。ありがとうございます」
手も限界だったので、ご好意に預かることにした。
それで、私は家までの道を、エースさんと何気ない会話を交わすことに――
「ナノ。そういえば、銃を持つことにしたんだって?」
……何気なく無くなりました。

「な、何でご存じなんですか!?」
銃を持ち始めたのは、本当にここ何時間帯かのことなのに!
「ん?君の歩き方かな。銃を持ってる方の腰がちょっと下がってるし、君もそこを
すごく気にしてるみたいだったしね。あとは、勘?」
「な、なるほど……」
さすが軍人。しかし今さら否定しようにも、もう認めてしまった。
「エースさん。このことはアリス姉さんには内緒に……」
恐る恐る言うと、
「いいぜ。知られたくないなら話さない!親友の彼女の義理の妹の頼みだもんな!
そんな深いつながりの子に、頼まれたんなら引き受けないと!」
……親友の彼女の義理の妹って、深いどころか、ほぼ赤の他人では。
とはいえ、他の人に『アリスの妹』として扱われるのは嬉しいので、黙っておく。
それと、エースさんの方は、アリス姉さんとユリウスさんの仲をご存じらしい。
「でさ、銃のことを黙ってる見返り……と言ったら何だけど、俺とつきあわない?」
「は?何なんですか?いきなり」
斜め上のことを言われ、ポカンとする。エースさんはニコニコニコと、
「アリスとユリウス、アリスの妹の君と俺。ダブルカップルで悪くないだろ?」
いえ、意味不明ですって。
「お断りします。第一、私たち、ほとんど知り合ってないじゃないですか」
そう、他の領土へのお手伝いはアリス姉さんにばかりお任せして、家にいることが
多かったので。
「ははは。これから知り合うんじゃないか。
恋人になることから始まる恋ってのも、いいだろ?」
「いえいえいえ……」
でも『恋』と言われ、フッとブラッドさんの顔が浮かぶ。
――な、何を意識してるんですか、私!
首を振る。ブラッドさんは、アリス姉さんのことが好き。
だから私に声をかけてきた。
疑いようがない。アリス姉さんは、明るくて器用で家事もこなせて、何より可愛い。
私なんか見てもらえる理由は、何一つない。

昼の市場通りはにぎやかだ。私はエースさんと通りを歩いて行く。
「でも、俺に決めておいた方がいいと思うけどな」
「何で『いい』んですか……」
呆れて言うと、エースさんは思ったより真顔で、
「だってさ。アリスに彼氏が出来たんだろ?あれだけ時計塔に通ってれば、そのうち
噂になって知れ渡る。そうしたら、今までアリスを見ていた連中は、今度、君に
目をつけると思うぜ?君もいちおう、余所者なんだし」
微妙に傷つく物言いですね。でも、だから自分とつきあえって?
……どこまでが冗談で、どこまでが本気なのか、つかみがたい。
でもエースさんには未だにケーキを持って頂いているので、逃げられない。
「だから、俺が先に君をモノにしようと――」
「すみません勘弁して下さいケーキ上げますから地平線の彼方に行って下さい!」
「あはははは!そう照れるなよ、俺は弱くないし、収入もあるぜ?」
早足で遠ざかる私に、それ以上の早足で横に並びながら、エースさんは笑う。


おうちまでもう少し、というとき、やっとエースさんは、からかうのを止めてきた。
「なら、君はアリスについて時計塔に住むのかい?」
「いえ、アリス姉さんたちのお邪魔をするつもりはないですよ。
今の家に、一人で住み続けるつもりです」
「えー!君は変わってるなあ。俺は君と恋人になって、二人でユリウスのところに
押しかけさせてもらおうと思ってたのに!」
ダブルカップル構想は本気だったのか。
しかもそれ、あなた以外の全員に、超絶に迷惑がかかるんだけど……。
とか何とか妙なやりとりをしてるうちに、やっと家が見えてきた。
「そ、それじゃあ、どうもありがとうございました」
誠意のない口説きを受け、私の笑顔もちょっと崩れ気味だ。
「いやいや!可愛い女の子を守るのは騎士の指名だからさ!気にしないでくれよ!」
エースさんから荷物を受け取り、頭を下げ、家に向かおうとする。
「あ、でもさ」
呼び止められ、振り向いた。
「俺はダメでも、君がここで一人ぼっちで暮らすのは不可能だと思うぜ?」
「分かってますよ。今までみたいな援助は期待していません」
今までは、アリス姉さん愛しさに色んな人が援助物資を贈ってくれた
けど、姉さんが時計塔に移れば、それも止まるだろう。
「だから、これからは街のお店で働かせていただいて――」
「分かってない、分かってない。ペーターさんが、護衛の兵士を引き上げちゃうって
ことだよ。君はオオカミの群れの中の羊状態になってしまう。危ないぜ?」
「え……?」
白ウサギが?今まで護衛の兵士を?
「ほら、そっと見てみなよ。あそこの民家の陰と、あそこと……」
「あ……」
気づかれないように横目で見ると、確かに、家の周辺あちこちに兵士さんが見えた。
白ウサギさんが……だから、私たちは今まで何も心配せず、安全に……。
エースさんは笑う。私の困惑を楽しむような顔で。
「銃か時計塔か。どこに身を寄せるか、早く決めておいた方がいいぜ?
ちなみに俺は、誠実な恋人になれると思うな。浮気はしないし、あっち方面も――」
「ありがとうございました。では!」
セクハラな方向に話が行きかけたので、慌てて頭を下げ、今度こそ振り返らず、
家に向かう。後ろからはくったくのない笑い声が、
「あーあ、フラれちゃった。時計塔に行って、ユリウスたちの邪魔でもしてくるか」
エースさんはとんでもないことを言いながら……もちろん全然違う方向に行ってしまった。
私は両手の荷物を重く感じながら、ため息をつく。
レースのカーテン、チェックのエプロン、焼きたてパンの匂い、窓辺に揺れる花。
そして、童話の世界から出てきたみたいな、アリス姉さん。
夢の中にいるみたいに幸せな生活だった。
――ずっと、魔法の国でいてほしかったのに……。

アリス姉さんがいてくれたから出来た。
アリス姉さんだけなら、ずっと出来た。

でも、アリス姉さんはもうすぐいなくなる。
私には無理だ。魔法の国を維持する器量も才能も特技もない。
あと、現実的な話になるけど、こんな世界で若い娘の一人暮らしは、確かに危険かも
しれない。かといって、身を寄せたい場所もない。
私はため息をついた。
――アリス姉さんと、時計塔に行くしかないのかな……。
でも何となく、それではいけない気がする。
自分でもなぜだか分からないけど。

そして、ハタと気づく。
「あれ?私、さっき、普通に話して……」
ほんのちょっと前まで、男の人とちゃんと話せなかったのに。 
首を傾げるけど、理由は自分でも分からなかった。

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