続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■エリオットさんと私

「それじゃ、行ってくるわね」
「いってらっしゃーい」
今回も時計塔にお手伝いに行かれるアリス姉さん。
私は玄関で手を振って、エプロンドレスが遠ざかるのを見送った。
気のせいか、アリス姉さんの足取りが軽い。時計塔に行くのが嬉しそう。
そしてアリス姉さんの背中が見えなくなってから、静かに扉を閉め、
「さて……」
アリス姉さんがお手伝いに行かれるときは、私が家の中のことを頑張らないと。
壁にかけたキンガムチェック地のエプロンを取り、戦闘準備完了。
日のさす家の中で、戦いを始めた。

…………

扉がノックされ、お皿を洗っていた私は顔をあげた。
「はい、いますよー」
笑顔で応え、いそいそと玄関へ。
また誰かが生活必需品なり、食品なりをお届けに来て下さったんだろうか。
白ウサギなら会いたくない!どうかウサギではありませんように!!
ドキドキしながら扉を開けた。
「あ……」
「よお!ナノって名前だったか?アリスに紹介されたとき以来だな」
ウサギはウサギでも、白ウサギではなかった。
立っていたのは、ただでさえ高身長に、ウサギ耳が加算された三月ウサギ。
でも本人はウサギであることを、かたくなに否定するエリオットさんだ。
彼とも、アリス姉さんに紹介されたとき、会ったきり。
「えと、あの……どうも……」
自分のテリトリー内だというのに、人見知りモードが発動し、私はうつむいて顔を
赤くする。
「へえ。ブラッドが言った通りだ。本当にうじうじしたガキだなあ」
――ブラッドさん〜……。
ちょっと傷ついた。
「入るぜ。いいよな」
「あ……ええと……」
でも返事を待たず、エリオットさんは私を押しのけるようにして入ってきた。
「そう緊張するなよ。荷物を置いたら、すぐ出て行くって」
そういえばエリオットさんは大きな包みを抱えている。
彼は、私を見下ろし、人懐こい顔でニッと笑った。
「いえ、あの……」
ただ恥ずかしくて、真っ赤になってうつむくしかない。
そしてエリオットさんは室内に視線を走らせた。
「アリスは?」
私は小さな声で、
「と、時計塔に、お手伝いに……」
するとエリオットさんの顔が不機嫌なものになる。
「何?時計野郎のところに!?冗談じゃねえ!今からでも追いかけて――」
身をひるがえし、家の外に行こうとする。
「だ、ダメ!ダメです!!」
時計屋さんとアリス姉さんの邪魔はさせたくない。
慌てて服をつかんで止めると、エリオットさんは驚いたように私を見た。
「何だ。ちゃんとした声も出るんじゃねえか。
いつもそういう風にしゃべれないのか?」
「あ……その……」
服の裾を離し、やはりボソボソと何か話すけど、自分にすら聞こえない。
「まあ、いいか」
エリオットさんは気勢を削がれた感じで、改めて室内に入ってきた。
「二人だけで生活してるって、ブラッドから聞いたぜ?
いろいろ持って行ってやれってさ」
余所者は好かれる。
ましてそれが、余所者二人きりの生活だ。
よって周囲の人たちが色々、援助して下さるのだ。
「あ……いつも、すみません……」
でも帽子屋屋敷だと、いつもは屋敷の使用人さんが持ってきてくれる。
今回は何で、ナンバー2のエリオットさんが使いに出されたんだろう。
エリオットさんの後からついていき、首をかしげる。
そしてエリオットさんはテーブルに行き、大きな大きな包みをドンと置いた。
そして中から出るわ出るわ……。
「これが産地直送ニンジン、屋敷で作ったニンジンブレッド三斤、ニンジンスープの
缶に、キャロットミックスジュース1ダース、こっちの箱はニンジンケーキ。
あと缶を開ければ膨らむ防災用ニンジンマフィン……」
「…………ありがとう、ございます」
主にニンジンのお仲間が、というかニンジンのお仲間だけが、次から次に、袋から
取り出されていく。
……まさかニンジンの在庫処分に、私とアリス姉さんが選ばれたのでは……。

「あと……これだ。ブラッドから、あんたに」
最後に、エリオットさんが私に何か包みを渡した。
私はそれを普通に受け取り、
「……っ!!」
重い!取り落としそうになり、かろうじて持ち直した。
「おいおい。気をつけろよ。いきなり暴発させたら、俺がブラッドに怒られちまう」
「な、何で……」
中を見て確認する。

入っていたのは……銃だ。本物の。

「どうして、私に……こんなものを……!」
ボソボソ声も忘れ、エリオットさんに言う。
「必要だと思うなら使い方を教えるし、必要じゃ無いと思うなら、好きに処分しろってさ」
エリオットさんは普通の顔だった。
「ああ、何なら今から練習に行くか?屋敷が遠いなら射撃場でもいいし……」
「いえ、私は……!」
私が受け取ったのがどんなに重大なものか、分かってないみたいだ。
何でブラッドさんは私にこんなものを。
異世界の人特有のズレた贈り物かもしれない。
でもどうして、アリス姉さんではなく、私に……。
「そ、そ、その……か、考えて、みます……」
「そっか?なら、その気になったらいつでも屋敷に来いよ」
エリオットさんは耳をピンと立て、去って行った。

…………

「ごめんね、ナノ。遅くなっちゃって」
時間帯が経ってから帰ってきたアリス姉さんは、やはり機械油の香水をつけていた。
でもとても幸せそう。
そんなアリス姉さんを見て、私も嬉しく、そしてどこか切ない。
「大丈夫ですよ、アリス姉さん。今、温めますね」
私はニコニコして、お台所に行く。
後ろからは、テーブルに積まれたオレンジの物体を見たアリス姉さんが、
「うわ、どうしたの?これ……エリオットね、もう……」
呆れた、という声がする。
「ナノ、他には何かもらわなかった?高価なものはお返ししないと……」
私はちょっとだけ沈黙し、
「いえ、何もなかったですよ」
と微笑んだ。
そしてお台所に入ろうとすると、
「ねえナノ」
「はい?」
振り向くと、アリス姉さんが、どこか真剣な顔をしていた。

「あのね、一緒に時計塔に移らない?……って言ったら、どうする?」

「……ええ!?」
さすがに驚いた。するとアリス姉さんは慌てて、
「ち、違うの!別に今すぐにって言うわけじゃ無くて!
ゆ、ユリ……向こうも返事は、すぐじゃなくていいって言ってたし!!
あ、あなたなら、一緒でも構わないって言うし!
でも!!私だって、急な話だし!!べべべ別にOKしたわけじゃあ!」
……アリス姉さんがすごーくすごーく混乱してる。
言ってることが、分かるけど分からない。

……分かりたくない。

そしてアリス姉さんは混乱の挙げ句、
「い、今のは無し!今の話は忘れて!お願い!!」
大事なアリス姉さんに頼み込まれ、はいはいとうなずいた。でも、こうして慌てた
姿を見ると、崇拝していたアリス姉さんも、一人の女性なんだと気づかされる。
「えと、そ、それで、こここ今度の舞踏会がね……」
微笑んで、いつものおしゃべりに戻ろうとするアリス姉さん。
「あの、アリス姉さん」
私は微笑んで、まだ慌てているアリス姉さんを、やんわり止める。
そしてオレンジの物体だらけのテーブルを指さし、

「私、このお菓子のお礼に、帽子屋屋敷にお手伝いに行こうと思うんです」

7/32
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -