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■白ウサギさんと私


それは家に帰る道中のこと。
賑やかな通りの真ん中で、私はばったりと白ウサギさんに会った。
「あ……」
「理解出来ません!!」
私がそこらの建物に隠れるより先に、白ウサギさんは叫んだ。
道行く人が振り返る大声で!
そして瞬時に時計を銃にチェンジさせた。
「……っ!!」
私はとっさのことに頭が真っ白になり、反応が出来ない。
しかも周囲の通行人さんたちは、知らない顔でそそくさと離れていく。
白ウサギさんはさらに、
「何で、清らかで美しく女神のようなアリスが……こんな……!!」
アリス姉さんの賛美には大いに賛同いたします。
しかしアリス信者同士で盛り上がりたくとも、白ウサギさんは……
「何で、こんな×××××××と住んでいるのですか!」
放送禁止用語という形容さえ生ぬるい罵倒。
私は白ウサギさんに知的生物とさえ、認識されていませんです。
彼は憤怒で銃口をブルブル震わせ、私を睨みつけている。
私は恐怖で身体をブルブル震わせ、逃げる隙をうかがう。
「何でこんな不快な物体を彼女は愛でているのですか!『これ』さえ来なければ!」
『物体』とか『これ』とか。
そして白ウサギさん、何やら決意のまなざしで銃口の震えを止めた。
「彼女に嫌われてもいい……こんな不快生物が彼女のそばにいるなど耐えられない!」
――あ、何かすごく、ヤバイような……。

白ウサギさんは会った時から、全身全霊で私を憎んでいる。
それこそ宿命としか言いようのない頑迷さで殺意を向けてくる。
これはもう、どうしようもないらしい。
こっちだって初対面から、あれだけの嫌悪を向けられたら苦手になる。
話しかけるどころか、できる限り接触を避けていた。
どちらかというと、アリス姉さんの方が、私たちを仲良くさせようと苦戦していた。
三人のお茶会を設けたり、私に手紙を書かせたり。
しかし白ウサギさんは、アリス姉さんの前では笑顔を絶やさないけど、彼女がいなく
なると白い悪魔に変貌。私の目の前で手紙をビリビリに破る。そんな方でした。
私はうつむいて、陰険ないじめに泣きそうになるばかりだった。
私のそういうところも、白ウサギさんを余計にイライラさせたらしい。
で、さらに嫌われたのだった。

「あ、あ、あの、なら、わ、私は、家を、出ますから……」
撃たれたいわけではないので、延命を試みてみた。
震え、ぼそぼそした声でうつむいて話した。
聞いてもらえないだろうし、そもそも物理的に聞き取れないと自分でも思ったけど、
「その言葉に偽りはありませんか?」
白ウサギさんは少し考える顔になった。やはり、アリス姉さんの狂信者。
怒りの渦中にあっても『邪魔な娘を××→アリスに完全に嫌われる!』という最悪の
シナリオは、回避したかったみたいだ。
「今すぐに彼女の前から姿を消すと?」
「さ、さ、三時間帯もあれば……」
「長い!」
「半時間帯で……」
とにかく時計塔に逃げよう。時計屋さんなら、話せばかくまってくれるはず。
「いいでしょう。しかし彼女は天使。
卑小な害虫同然だろうと、あなたを捜すかもしれません」
……読まれた。
「も、元の世界に帰る、と、お、置き手紙をして消えます……」
本当は、元の世界には帰るに帰れませんが。
とにかく、生き延びるしか無い。アリス姉さんにまた会うために。
ついに、白ウサギさんは銃を下に向けた。
私はホーッとして、地面にへたりこみそうになる。
と、白ウサギさんが下ろしかけた銃を再び上げ、私の額につきつけた。
「ああ、それでもアリスの可愛がる娘が息をしていると思うとイライラする。
やはり僕に撃たれて、消えろ!!」
「え……っ」
理不尽な流れに恨み言を言う間もなく、私がこの世界から、いえ、この世から、
消えようとしたとき。

――――っ!!

「……く……っ!」

硬い音がして、次の瞬間、白ウサギが手を押さえていた。
真っ白な手袋に赤い傷と液体。銃は弾き飛ばされ、どこかに消えていた。

「その必要はない」

ヒヤリとした声が聞こえた。

私に向けられた声ではないと、分かっているにも関わらず、ビクッとした。
しかし状況が状況なので、慌てて後ろに下がる。
すると、ドンッと、誰かに背中を抱き留められた。
誰かを確認する間もない。
手を押さえて立ち上がった白ウサギが、忌々しそうに言った。
「ブラッド=デュプレ……」
そう。今、私を背後から抱き留め、
白ウサギに銃を突きつけるのは、帽子屋ファミリーを束ねる人だ。
彼が銃を撃ち、白ウサギの銃を弾いてくれたらしい。
……どうでもいいけど、白ウサギの次に苦手な人だ。
「嫌だからと、それだけの理由で武器も持たぬ少女を撃とうとは。
ハートの城の宰相も堕ちたものだ」
あまり感情のこもってない声で、ブラッドさんは言う。
白ウサギは悔しそうに、
「油断しました。分かりました。今回は諦めましょう」
「『今回は』ではない。金輪際、諦めていただこう。でなければ、私が次のお茶会で、
事の次第を洗いざらい話してしまうかもな……君の愛しい女神に」
「…………」
白ウサギのお顔に最大級の怒気が走る。
一瞬、彼が打算も計算も捨てて、私を撃つのではと思った。
でも私の背後にはブラッドさんがいる。

「……分かりました。その娘の命を狙うことは、もうしません」
白ウサギは、最後には本当に悔しそうに条件を呑んだ。
そして私たちに背を向け、二度と振り返らず、ハートの城の方向に去って行った。

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