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■4話「時計屋さんと私」

私はバスケットを抱え、長い長い階段を小走りに上ります。
しかし時計塔の階段は少々長すぎて、少し困るのです。
「つ、疲れましたです……」
しかし、上りに上って、ついに私が勝利する時が参りました。
階段の向こうに時計屋さんの仕事場が見えてきたのです。
私は扉の前に立ち、深呼吸。
そして意を決し、コンコンとノックいたしました。

「……入れ」

私は小さくため息。
時計屋さんが不在だったら良かった……なんて失礼すぎだったかも。
でも、前々から苦手な方ではあります。
私はギイっと音を立てて扉を開きました。


時計屋さんは眼鏡をかけ、修理中のご様子でした。
でも私を見ると、眼鏡をかけなおし、
「ナノ……だったな。何の用だ」
私は慌てて、レースの覆いのしたバスケットをお見せし、
「あ、あ、あの……アリス姉さんから――」
しかし最後まで言い終わる前に、
「いらん。余計な世話を焼くな」
すげなく拒まれました。時計屋さんは強敵です。私はさらに声が小さくなり、
「で、で、でも、食べていただけないと、アリス姉さんが……」
「あいつがナノを怒るわけがないだろう。なら自分で中身を片づけろ」
時計屋さんは冷たいです。
それにアリス姉さんが可哀想です……。
アリス姉さん、時計屋さんのために早起きしてサンドイッチを作ったのに。
私もお手伝いして、パンにバターを塗ったりレタスを挟んだりしたのに。
うう、何だかすごく悲しくなって……
「お、おい、泣くな!」
何だか物凄く焦った時計屋さんの声。
な、泣いてないです!涙ぐんでないです!
「食べる!食べればいいんだろう!?」
時計屋さんの声は、ただ慌てておられました。

…………

所在なく突っ立っていると、コトリと目の前に何か置かれました。
「困った奴だな。ほら、オレンジジュースだ」
「ありがとうございます」
ボソボソっと答え、頭を下げていただきます。美味しい。
苦い珈琲が嫌いだと、時計屋さんはご存知だったみたいです。
時計屋さんは作業台を片づけ、昼食をとる準備をされました。

時計屋さんの前には挽き立て珈琲。
私には瓶からついでいただいたオレンジジュース。
「では、二人でいただくか」
と時計屋さんがバスケットの覆いを外されました。
「……わ、私はいいです」
バスケットお届けに来ただけですし。というか、本当はすぐに帰りたい。
すると時計屋さんは呆れたように、
「バスケットを見ろ、二人分の量だ。私はそんなにいらん」
大きな時計屋さんから、視線をそらし気味に私は言う。
「お友達がいらっしゃったときのため、予備も作ったそうですよ」
「だがいないだろう。あいつはいつ来るか分からんし、それまで放置は出来ない」
そう言ってご自分も椅子に座ると『ほら、座れ』と私に手招きする。
なので私も遠慮がちに、少し間を空けて隣に座った。
そして時計屋さんがバスケットのフタを開けると……。
「……!」
「…………」
知っていたけど、改めて見てもすごかったです。
アリス姉さんお手製のサンドイッチにフィッシュアンドチップス、サーモンのサラダ、
デザートのアップルパイまでついています。
どれも彩り良く、すごく美味しそうでした。
長い階段を上ってきた私も、何かお腹の虫の音が……。
「ほら、ナノ。さっさと食え」
時計屋さんが、ベーコンのサンドイッチを口に運びながら言います。
「あ。はい。い、いただきます」
私も両手をあわせ、言いました。
「ああ」
時計屋さんは言います。

「お、お、美味しいですね……」
私は夢中になってアリス姉さんのお料理をいただきます。
「そうだな」
「そ、そのサンドイッチ、いただいていいですか?」
「かまわん」
「あ、オレンジジュースも、もちろん美味しいです……」
「妙な気を使うな。いいから食べろ」
「はい……」
私たちの昼食会は続きます。
私はちょっとつっかえ気味に時計屋さんと話します。
でもなぜか私は、前ほど気詰まりを感じませんでした。
私を見る時計屋さんの目が、優しかったからかもしれません。

窓からの日差しを浴び、私たちは穏やかに昼食をします。
「アリスの手作りか……」
「ええ……早起きして、作ってたんですよ」
「そうか。私のために……」
ときどき止まりながら、会話は続く。
時計屋さんは、サンドイッチを大切そうにほおばる。
「今度、礼を言わなければな……」
そして私は、時計屋さんがちょっぴり怖くなくなりました。

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