続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 ■決勝戦!・下(完) 「は?こんなときに何ですか?」 いきなり何を、と警戒むき出しでグレイを見る。もちろん頭の中の式は消さない。 けどグレイは静かに、 「君と会う機会がなかったからな。一応チェックしてもらえないだろうか?」 と、懐から珈琲豆の袋を出す。 「あ……っ!」 そして私の目が見開かれ、ニトロの式が霧散する。 「あー!コピ・ルアクですか!」 コピ・ルアク。ジャコウネコの糞から採取される不思議な珈琲。 その独特な生成プロセスと香気から、珈琲マニアを魅了する至高の珈琲だ。 ただ稀少度が高ければ、お値段も当然高くなる。 お金があるときはブツが無く、ブツがあるときはお金がないという悲劇。 そのため買い逃してばかり、何度も泣いてきた。 「時計屋が君のために買っておいたそうだ」 「ええ!ユリウスが!?本当ですか!?」 ユリウスが私のために!嬉しいなあ!貴重な珈琲を一緒に飲めるなんて!! ついつい、頬がゆるんでしまう。 とはいえ、いくら可哀想な子扱いの私でも、お馬鹿さんじゃない。稀少な珈琲豆や ユリウスの名でちょっと動揺したけど、それでグレイに近いたりは……。 「投げるぞ、受け取ってくれ!」 グレイが振りかぶり、私に珈琲豆を投げる! 「あ、え!?」 ユリウスが用意してくれた貴重なコピ・ルアク!地面に落とすなど冒涜だ!! 私の視線も思考も珈琲豆に釘付け。 そして私の動きはスローモーションのように、神を見た敬虔な信者のような手で。 グレイの投げたものを、忘我の思いでつかもうとして…… 「本当に、困った子だ、君は」 「――っ!!」 いつ移動したのか。耳元でグレイの声が聞こえ、ゾクッとする。 そして視認する前に……首筋に手刀がたたき込まれた。 倒れる直前に聞こえたのはグレイの嘆息と、グレイの勝利を宣言する司会者の声。 そして会場中を揺るがす、大ブーイングであった。 ………… ………… ここはどこだろう。夢の中の空間なことは間違いない。 何しろ薄暗い部屋で、ベッドくらいしか家具がない。ああ、シャワーはあります。 あと枕元に、あまり口に出さない方がいい小物も色々。 そして私はテヘっと笑う。 「決勝戦で負けちゃいました☆グレイ、つよーい☆ でも私だって、決勝まで行けたんだからすっごいですよね!」 だがベッドのかたわらに立つグレイは、なぜか両手をポキポキ鳴らしている。 何をする気なのか、知らないし知りたくもない。 「ああ。『すっごい』な。棄権できる状況で棄権をせず、危険な戦い方をし、ろくに 扱えない爆発物を弄び、時には役持ちに媚びまで売って……」 「ええ。怖かったんですよ。でも、勝利のために頑張っちゃいました☆」 と調子こいて、可愛い子ぶりっこ(死語)してみる。 「あ、あのー……この戦い、賞品がすごいらしいですね」 元はといえば、それで私も参戦したんだけど。 「ああ。興味はない。今、俺はこうして一番欲しい物を手に入れた」 「あ、あは!……ははは!……ははは……」 ちなみに座っている……座らされているベッドはなぜかキングサイズ。 何で夢の中に、そんなもんがあるのか知らない。 そして今、私の目の前でネクタイを外すグレイは、怖いほどに無表情だった。 「え、えーと……グレイ。私はちょっと疲れておりまして……」 「だろうな。待合室で敗者とあれだけ仲良くしていては」 「は、ははは……はは……」 し、知っているし!! いえあの、あれはブラッドに強要されて……ええと……。 「ナノ」 グレイが私に向き直り、私を見下ろす。 それだけでまるでブラッドに相対したときのようにビクーっと背筋が震える。 ヤバイ。完全に目が据わってますよ、グレイ。 そして……根性ゼロのダメダメ余所者は、てへっと作り笑いする。 「や、優しくして下さいね、グレイ☆」 「不可能だ」 ユリウス並みに無愛想な顔でそう言って、私をドンとベッドに突き飛ばす。 ……やっぱり? ………… ……という夢を見た。 「え!夢オチ!?」 ガバッと起き上がって、まず絶叫する。 「え?あれ?あれ?」 何だか頭がガンガンする。全身が気だるく、身体が重い。 「えーと……」 周囲を確認する。もちろん試合会場ではない。ここは室内。歓声も何も無い。 窓の外は見えない。でも遠くから銃声も聞こえる。 「変な夢を見ましたね……」 まさか無力な余所者が役持ちをぶちのめす夢など。調子に乗るにもほどがある。 「でも決勝戦はちょっと惜しかったなー」 ベッドに座り、楽しい戦いを思い出す。 もう少し上手くやれば、油断させてグレイにも勝てた気がするんだけど。 あ、そうだ。私が勝ったみたいに面白おかしく改ざん……コホン、編集して、皆に 聞かせてあげよう。ボリスだったら、きっと大受けだ。 「さて、それでは店の準備を……あれ?」 周囲を見回し、気がつく。 ここ……クローバーの塔だ。 でも内装は客室とちょっと違う。えーと、グレイの部屋? そしてふとベッドサイドの棚の上を見ると、コピ・ルアクの珈琲豆があった。 「え?あれ!?」 とりあえず、珈琲豆を確保しようと手をのばす。 すると珈琲豆を取る寸前、誰かがヒョイッとそれを先にとってしまった。 「あ!」 思わず取った相手を見ると、 「おまえには、言いたいことが山ほどある」 二回戦でぶっ飛ばした時計屋ユリウスが、氷のまなざしで私を見下ろしていた。 「私は君が安全に出られるように、サポートしてきたつもりだった。 だけど君ときたら、だんだん調子に乗って、言うことを聞かず危険なことを……」 早くも説教を始めているのは、やっと姿を見せたナイトメア。 部屋の中央あたりに浮いている。 「時計屋の力を借りてまで、君に勝った。もうこの塔から出すつもりはない」 苦々しい声で言うのは、腕組みして壁にもたれるグレイ。 「えーと、えーと……えーと……」 絶体絶命のピンチを察し、私は……私は…… 「皆さんお疲れ様でした。珈琲を飲んでゆっくり休みましょうよ!」 テヘ☆と可愛くウインク。 そして大人二人+大人か怪しい一人が、ブチッと切れる音が聞こえた気がした。 『ナノー!』 「すみません、すみません!ご心配おかけして本当にすみません!!」 どとうの説教タイムと土下座祭りの始まりである。 もしかするとこれはまだ、悪夢の続きなのかもしれない。 そして、夢だろうと何だろうと当分は塔から出してもらえないだろう。 こっちとしてもユリウスに加え、コピ・ルアクまであるんじゃ出る勇気がちょっと くじかれてしまうし……。 ――『全面戦争』ってこういうことですか、ブラッド……。 塔から私を連れ出すのは、全面戦争を要する事案なのだろうか。 だが天敵に助けられたところで、行く先はまた悪夢。 どこまで行っても悪夢の終わりが見えない。 ――うふふ。もうすぐ夢から覚めるんですよ。私は。目が覚めたら店の中で……。 「現実逃避をするんじゃない!ナノ!」 あーもう。心を読める相手にまで説教され、自分の世界に逃げることも出来ない。 「だいたい、おまえという奴は……」 「私は君を助けようとして……」 「一歩間違えていたら、どんなことになっていたか……」 そしてベッドに正座し、ひたすら三人がかりで叱られ続けるナノでありました。 こうして、夢の中の変な戦いは、無事に終わったのであった。 ……教訓。爆発物は用法・用量・使用上の注意を守り、正しく使いましょう。 おしまい☆ 20/20 続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 |